ハイデッガーの超越論的な思惟の道

丸山 文隆

 本論文の課題は、マルティン・ハイデッガーが1927年の著作『存在と時間』において提示した「存在の意味への問い」を、その全射程において明らかにすることである。扱われるのは、『存在と時間』と、それ以降、1929年までの彼のさまざまなテクストである。先行研究においてしばしば見られた構図によれば、ハイデッガーは『存在と時間』を「前半部」として公刊したのちに、この「後半部」の執筆に向けてさまざまに思索をめぐらせていたが、結局「存在の意味への問い」の超越論的性格の内的な困難に直面することになり、1929年にはこの問いからの軌道修正を迫られたとされてきた。これに対し、本論文は、1927年および1929年のハイデッガーはそれぞれの仕方で超越論的な思惟を維持しており、これらの思惟には何らの内的な困難も見当たらないことを示した。

 本論文は三部から成る。第一部「『存在と時間』は何をどこまで明らかにしたのか」では『存在と時間』公刊部の全体が超越論的問題設定として解釈された。第二部「存在の意味への問いと有限性」と第三部「超越論的な思惟と無の形而上学」とは、第一部の成果をもとに、『存在と時間』以降の講義録と1929年の「形而上学」三部作を段階的に解釈した。そこで明らかになったのは、ハイデッガーの存在の意味への問いが特に有限性の問題という困難に直面し、この問題の解決が超越という事象に即してさまざまに試みられていたということであった。

 第一部は二章から成る。第一章「『存在と時間』における超越論的問題設定について」が主張するのは、『存在と時間』第一部第一篇における「事情全体性」に関する超越論的な議論は、先駆的決意性の操作を経てはじめて正しいものとして経験されうるということである。本章はまず、事情全体性の議論を超越論的親和性の拡張として解釈する道筋を示した。しかし、この議論はわれわれの日常的なあり方に対して隠されている構造を述べるものである。それゆえ、われわれは「先駆的決意性」によって自由なものとして自己を了解することではじめて、事情全体性の議論が述べていたことを確認することができるのであり、先駆的決意性はフッサールの「現象学的還元」と同様の方法論的機能をもっているのである。

 第二章「現存在の存在の意味が時間性であるとはどのようなことか」の前半(A)は「時間性」概念を解明した。まず、三つの脱自態を、この三つの現象がそれぞれ、存在者、存在、諸可能性という三つの水準の区別からして解釈した。さらに、ここで形式的に取り出された三つの脱自態の構造が意味するところを自己性の文脈から解釈し、三つの脱自態の教説が本来性と非本来性とを構造的に区別するためのものであると理解する筋が示された。続いて第二章後半(B)は、時間性が「現存在の存在の意味」であるという主張を解釈した。まず、『存在と時間』第六十九節(c)の、脱自の運動にそれぞれ「図式」が属しているという主張が解釈された。続いて本章は、地平的図式の教説が、われわれが「時間」と呼んでいるものを説明することができるかを検討した。

 第二部は三章から成る。第三章「存在論的な学と有限性の問題」は、1927年夏学期「現象学」講義の解釈により、存在の意味への問いがこの時点でもっていた、方法、射程、中心的関心、困難と、この困難へのさしあたりの解決方針を明確化した。すなわち、存在の意味への問いの方法は〈漠然と了解されていたものを明示的な企投によって把握する〉という「学」の方法である。射程は存在論の歴史における四つの根本問題である。中心的関心は眼前性を解明することである。困難はこの眼前性の位置づけにある。この困難の解決方針として「超越」が注目されはじめている。すなわち、眼前のものは、それに内世界性が属していることを前提することなく、現存在が世界へと超越し、世界内存在しはじめる場面への遡行において解明されようとしていた。

 第四章「超越の問題の先鋭化」の前半(A)では、1927/28年冬学期「カント」講義が扱われた。この講義では、「現象学」講義に見出された存在論的な学と現存在の有限性という二つの動機の対立が先鋭化する。問いは、現存在はその有限性にもかかわらず、どのように存在者の存在をあらかじめ了解しているのか、である。この問いはやはり超越の分析において求められるが、この時点で解決は明瞭ではない。後半(B)で扱われる1928年夏学期「ライプニッツ」講義は、この二動機を、「基礎存在論」と「メタ存在論」という二つの問題系の両立として体系化する。われわれは、存在了解の問いとしての基礎存在論が、眼前性の問題のゆえにメタ存在論への「転換」を迫られる、と解釈した。メタ存在論はこのとき、存在了解――すなわち超越――の生起を問題にする、「全体における存在者」の問題系である。

 第五章「超越論的な思惟の道と存在論の存在者的基礎」は、「メタ存在論」がどの程度「超越論的」であるかを、『ブリタニカ』草稿をめぐるフッサールとのやり取りと比較しつつ解釈した。『ブリタニカ』草稿と「ライプニッツ」講義は、ともにハイデッガーの「存在論の存在者的基礎」への関心に導かれている。前者ではその基礎は「現存在」であるのに対し、後者では「全体における存在者」と称されることになる。『ブリタニカ』草稿においてハイデッガーは、〈存在者それ自体の存在〉という意味は、超越論的還元を経てもなお了解可能でなければならないと主張するが、この要求のうちに既に「全体における存在者」の問題系が存している。存在了解が総じて存在者において生起するのであれば、そうした存在了解以前の存在者は、存在了解に依存しないものとして問題となる。だが、こうした理路は、超越論的な問題設定の文脈内で理解されうるものであるが、整合的な立場としては理解されえない。メタ存在論は過渡期的立場として評価されるべきである。

 第三部は二章から成る。ここにおいて、「哲学入門」講義および「形而上学」三部作が、一個の立場を表現するものとして解釈された。第六章「『哲学入門』講義と『根拠の本質について』とにおける超越の問題」の前半(A)は、1928/29年冬学期「哲学入門」講義の解釈に充てられた。「哲学入門」講義は、学的現存在と神話的現存在とを区別し、これらが二つの世界観の相違であって、そこに超越の「重心移動」が生じていると主張する。こうした主張はどの程度哲学的に正当化されうるのか不明であり、にわかに受け入れがたいものであるが、しかしこれによって、あらゆる存在了解に先行するものとして「全体における存在者」を主題とする「メタ存在論」の理論的欠陥は克服されている。「哲学入門」講義において、神話的現存在は被投性の契機が強かったとされるが企投の契機を欠いていたわけではなく、こうした神話的現存在に対しては、その被投性によって「全体における存在者」が顕わであったとされる。続いて後半(B)では、「哲学入門」講義と「根拠の本質について」とを併せて読むことにより、この時期の超越の分析を総括した。ここで超越は、そこにおいてはじめて自己と非自己とが区別されるような事態である。だがもはや、こうした区別以前に存していたものとして「全体における存在者」が素朴に語られることはない。全体における存在者への被投性は常に何らかの企投とともに開示される。さらに、「根拠の本質について」末尾の自由の分析は、こうした事情を判明にする。ここで超越は、存在者との対決に先立って存在者への被投性があり、またこの被投性に先立って世界企投がある、という序列として語られる。

 第七章「無の形而上学」は、『カントと形而上学の問題』に基づいて、「形而上学とは何か」における「無」についての議論を解釈した。まず、第五章の成果に基づいて、現象と物自体の区別に関するカントの教説に対するハイデッガーの態度が「カント」講義から『カント』書までのあいだに変化していたことが指摘された。すなわち、「現象学」講義以来一貫した関心事である存在了解の有限性の問題からして、ハイデッガーは、カントのいわゆる「物自体」そのものを認めないまでも、そこから無限的認識へのコミットメントを除外した「超越論的対象」に関してはこれを認めるようになっていたのである。そして実際、『カント』書のテクストからこのことが示された。ハイデッガーは、カントの超越論的対象を「無」と称し、この無が、存在者が存在者として全体において、或る非必然的な仕方で顕わになることを可能にしていると主張する。そして、これは「形而上学とは何か」の主張そのものである。現存在の存在了解に無が先行しており、そしてこの無に対して現存在の自由が無力であるということを述べる無の形而上学によって、有限性の問題を超越に即して解明するというハイデッガーの課題は完成するのである。

 最後に「結論」では、これまでの成果を総括したうえで今後の課題を提示した。すなわち、ハイデッガーの超越論的な思惟の道は三つの仕方で継続されうる。第一に、自然に内世界性が属していないという1927年夏学期講義の主張を拒否して存在論的な学のプロジェクトを継続することがなお可能である。第二に、ハイデッガーが1929年の諸著作で述べた無の形而上学を引き続き発展させることである。しかし、ハイデッガーはこのいずれの道をもとらなかった。むしろ1929年夏学期講義以降、彼は急速にカントの超越論性から離反していく。第三に、この超越論性からの離反の理由をさらに追求することが可能である。

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