ミラン・クンデラにおける運命

須藤 輝彦

 本論文は、チェコスロヴァキアに生まれフランスに移住したミラン・クンデラ(1929-)の文学世界における運命の多面的なあり方とその本質を、おもに『冗談』以降のフィクション作品の読解をすることで捉えようとする試みである。

 ミラン・クンデラは1929年にチェコ第二の都市ブルノで生まれた。早くから詩人として名をあげ、1967年に出版された『冗談』はベストセラーとなった。18歳のとき当時の多くの知識人たちと同じく共産党に入党していたクンデラは、1968年の民主化運動「プラハの春」で文化人として重要な役割を果たすが、この運動はソヴィエト連邦主導の軍事介入によりあえなく挫折。1970年には共産党から除名処分を受け、作品を全て禁書に伏され、1975年、クンデラは46歳でフランスに亡命する。1984年に『存在の耐えられない軽さ』を出版、1990年に刊行された『不滅』も前作と同様に高い評価を受け、現代世界文学を代表する作家としての地位を確立した。2011年には作品がガリマール社の文学全集として定評ある「プレイヤード叢書」入りを果たしたが、これは存命の作家としては異例の快挙であった。

 クンデラは、〈中央ヨーロッパ〉という地理・文化概念を戦後ヨーロッパ世界へと適応可能なかたちで革新した作家としても有名である。ロシアと西欧に挟まれた小国の集まりであるこの地域は、歴史を主体的に動かすことのない、つねに大国の力によって存亡が左右される「歴史の客体」であった。その帰結として、中欧の国々のほとんどが大戦中のナチスによるホロコースト、さらに戦後のスターリニズムという「二つの全体主義」の猛威を受ける。20世紀を振り返るとき無視することのできない中欧の歴史経験は、この地域に生きる人々の運命観にも多大な影響を与え、オーストリアのジークムント・フロイトからチェコのボフミル・フラバルに至るまで、それぞれの思想や文学に反映されている。

 クンデラは他方で、18世紀のヨーロッパ小説全般、とくに啓蒙思想家ドゥニ・ディドロの作品を再評価し、その小説『運命論者ジャック』を戯曲へと翻案したことでも知られている。1995年に出版された『緩やかさ』以降フランス語で創作したこの作家にとって、18世紀(フランス)文学は内容面でも形式面でも、強い重要性を帯びている。

 チェコ、中央ヨーロッパ、そして18世紀文学。クンデラを対象として研究するさいの切り口は数多くあるが、本論はクンデラにおける運命という問題を、この3つの文脈と、それに連なるほかの主要モチーフ──歴史、メランコリー、アイロニー、ロマン主義、啓蒙、悲劇、反出生主義、あるいはチェコの小国性、ひいては小説そのもの──を貫くものとして考察する。

 序論では、ヨーロッパ文学および思想における運命の歴史を概観するなかで、文学と思想が運命について対立する態度を取っていたことを確認しつつ、それがラテン語にいうfortunaとfatum、様相概念にいう偶然と必然の「ふたつの顔」を持っていることを指摘した。運命はそもそもクンデラ研究においてこれまで充分に焦点化されてきたとはいえないが、数少ない言及においてもそれが政治か文学いずれかの観点からのものだった。本論はフィクション作品における運命の仔細な分析を立脚点とし、とくに初期クンデラにおいて、それが政治と文学双方の領域で最重要のモチーフだったことを示す試みでもある。

 第1章は、フランシス・フクヤマが提唱した有名な仮説〈歴史の終わり〉を背景に、クンデラの長篇第一作『冗談』の世界に描き出される「共産主義の崩壊」から生じたメランコリーの様態を、主要登場人物がそれぞれに経験する喪のあり方から論じつつ、作品終盤に描かれる不思議な運命観との照応関係のうちに読み解く。

 第2章は、長篇第二作『生は彼方に』に自己批判という観点からアプローチする。それは作品執筆当時すでに国をリードする若き知識人となっていたクンデラにとっての「チェコ問題」とも深く関わっており、小国としての「宿命」を背負ったチェコが、偏狭なナショナリズムに絡めとられることなく国際的なコンテクストで文化を営んでいこうとする際に必要不可欠だと考えられた要素が、ヨーロッパの伝統だった。『生は彼方に』には、そんなチェコの小国性をヨーロッパ的国際主義によって打開しようとするクンデラの意識が強く反映されている。

 第3章はディドロの小説『運命論者ジャック』とその「変奏」であるクンデラの戯曲『ジャックとその主人』を比較する試みである。そのなかで、18世紀フランス啓蒙と20世紀中央ヨーロッパ文学に共通する主題としての運命や、後者にとって決定的だった歴史の問題、そしてチェコ期のクンデラ作品に特徴的な笑いとアイロニーの問題を論じる。

 第4章はクンデラ独自の世界文学論「3つのコンテクスト」を検討し、そのひとつである「中位のコンテクスト」の重要性を指摘しつつ、フランス亡命後第一作である『笑いと忘却の書』を分析するなかで、亡命という危機のうちに掴まれた特異な語りのパースペクティブを取りだす。『笑いと忘却の書』とは、フランスにいる語り手がボヘミアを語るときに、またボヘミアから亡命した語り手がボヘミア以外のことを語るときに生まれる「視差 parallax」のうちに、「チェコの宿命」を見つめながらも「世界」からの眼差しを捉えかえす試みだった。

 第5章は様相概念を用いて『存在の耐えられない軽さ』を詳細に読み解いていくことで、偶然性と必然性とのあいだで形成されるものとしての運命のダイナミズムを描きだす。この小説世界においては、登場人物に実存の自由はほとんどない。彼らにとって世界は必然的なものとして揺るぎないかたちであらわれる。しかし、たとえテクスト的現実においては可能的でも偶然的でもないとしても、彼らは作者との関係、メタフィクションの世界においては可能的ないし偶然的な存在である。小説の読後に生まれる「逆向きの回想」を可能にしているのもまた、必然的なものを偶然性の光のもとで描く「実存の実験」であった。

 第6章は身振りと根拠というふたつのモチーフに焦点を当てて『不滅』を分析し、作中に隠された「悲劇の散文化」という企図を炙りだす。ここではハイデガーやキルケゴール、またアリストテレスへの応答としてのクンデラなりの悲劇観が説明されるとともに、一見悲愴に思える作中の運命のあり方のうちに、理解という積極的な契機を見いだす。さらに「隠喩としての運命」という側面にも光を当てつつ、あらためてクンデラの小説観を検討する。

 第7章は『無意味の祝祭』を、反出生主義の克服という観点から、それ以前の作品との比較のなかで論じる。クンデラはとくにその初期作品において、「人生は罠である」といった悲観的な人生観を表現しており、それは彼の小説観にも密接に結びついていた。またそのフィクション世界にはつねに重々しい「終わり」の気配があった。おそらくクンデラ最後の小説となるだろう『無意味の祝祭』には、それまで否定されてきた生の「始まり」を、偶然の賭けを通じて肯定しようという企図を読み込むことができる。

 結論では、「歴史的なもの」と「超越的なもの」という観点から、クンデラにおける運命のありようを振り返る。前者はまずもって、スターリンおよび彼に関連する事物や人物に表象される。『冗談』においてスターリンは、フルシチョフによる「スターリン批判」で「歴史的必然性」の象徴たることをやめ、いわばすでに脱神話化されていた。次いで『ジャックとその主人』や『笑いと忘却の書』が問題としたのは、現実の歴史が「書き直される」という事態であった。そして『不滅』に至っては、ボヘミアの歴史は逆にほとんどその姿を見せず、歴史それ自体も基本的にはゲーテとベッティーナを中心とした文学史的エピソードの陰に身を潜め、「フランス語小説」の最初の三作において歴史はほとんど時間的にも空間的にも遠くで起きる「世界的ニュース」の様相を呈する。『冗談』や『存在の耐えられない軽さ』が描いたような「運命的」歴史は『不滅』以降、ボヘミアから、そして登場人物たちの元から立ち去り、すでに過去のものとなってしまっていた。しかしクンデラは、〈歴史〉に押し流されていく「スターリン」の後ろ姿を目を凝らしながら見つめ続けていた。晩年に至るまで、彼は彼なりのやりかたで、問題としてのスターリンを手放さなかったと言える。

 またその「笑い」のあり方に象徴されるように、中期作品において天使は多く否定的な意味合いを持たされていたが、〈歴史〉がその存在感を薄めていくにしたがい、天使に代表される「超越的なもの」は、クンデラのフィクション世界において逆に存在感を増してくる。クンデラにおける運命は、「超越的なもの」も「歴史的なもの」も、「偶然的なもの」も「必然的なもの」も、それらのあいだの絶え間ない振幅において、つねに反映し続けてきた。

 運命はなにより人間の世界認識の有限性にその根拠を持っている。そしてこの有限性は、あるときはナショナリズムやコミュニズムといったイデオロギーとして、あるときはロマン主義や抒情詩といった文学ジャンルとして、あるときは「無知」や「キッチュ」といった「人間の条件」として、姿を変えながら作品のなかに脈打ってきた。しかし運命は同時に、「理解」や「解釈」のための積極的な契機であり、クンデラが「美の法則」と呼ぶ人生の構成原理の別名でもある。運命とは、人間の弱さと創造性に基づいた、本質的に文学的な観念なのだ。

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