本研究は、盲点領域に照射された光刺激が通常視野の知覚に及ぼす影響を調べた。第1章では、序論として本研究に至るまでの先行研究や本研究の目的について述べた。本研究は、ヒトが眼の網膜で受容した光情報を利用する二つの経路のうち、概日リズムや対光反射のコントロールを行う非撮像経路ではなく、知覚世界を構築する撮像経路に注目した。この二つの経路はいずれもヒトが生活する上での重要な機能に関与しており、光情報の受容がいかに重要なものであるかが窺える。だが、網膜の一部には、光受容を一切することができないと言われてきた領域が存在している。視神経円板がその領域にあたり、ここは全ての神経節細胞の軸索の通り道となっているが故に錐体細胞や桿体細胞が一切存在していない。直接この領域に照射される光は受容されることも知覚されることもないため、ここは視野上では盲点と呼ばれている。この盲点に関係する研究は、いかに「視野上の盲点」を埋めるかという知覚的充填に関連するものが主であり、盲点に直接当てた光に注目した研究はほとんどない。しかし、ある先行研究は、通常視野の光刺激と同時に盲点領域に光刺激を提示すると対光反射が増強されることを明らかにしている(Miyamoto & Murakami, 2015)。つまり、受容されないはずの盲点への直接的な光刺激が非撮像経路の機能の一つである対光反射に関与したということであり、この結果は盲点に何らかの光受容メカニズムがあることを示唆している。この先行研究においては、盲点の光受容メカニズムが盲点領域に発現するメラノプシンという視物質にあると説明された。メラノプシンは内在性光受容性網膜神経節細胞(ipRGC)の細胞体・樹状突起・軸索に存在しており、軸索にも存在するが故に、全ての網膜神経節細胞の軸索の通り道となる視神経円板に発現している(Hattar, Liao, Takao, Berson, & Yau, 2002)。また、メラノプシンは対光反射や概日リズムなどの非撮像経路に主な働きを持つことが知られている(Nayak, Jegla, & Panda, 2007)。以上により、盲点に照射した光が、そこに存在するメラノプシンによって受容されて対光反射を増強させたのではないかというのが先行研究における考察である。

 だが、上述の通り、ヒトは受容した光情報を非撮像経路だけではなく、撮像経路においても利用している。しかし、メラノプシンの撮像経路への関与は明らかになっていない点も多く、盲点のメラノプシンが光受容をしていたとしても、それが撮像経路の機能に対して効果を持つとは限らない。また、盲点に直接光を照射した試みは少なく、盲点への光が我々の知覚世界にどのように影響を持つのかについても未解明であった。そのため、本研究では、盲点領域に光を照射しながら、通常視野で光検出課題と明るさ弁別課題を行い、盲点領域を刺激することによって撮像経路にどのような影響が及ぼされるのかについて調べることにした。また、盲点への光が撮像経路に及ぼす影響の背景にあるメカニズムについても明らかにすることを目的として実験を行った。

 第2章では本実験で使った盲点の測定方法について述べた。また、第3章では、盲点領域に光を提示しているときに、同時に通常視野に提示した光刺激の検出成績が変わるのかを調べた実験1を紹介した。実験1-1では、実験参加者が検出すべきテスト刺激が暗黒背景上の通常視野に提示され、この刺激は実験参加者ごとに見えるか見えないかギリギリの光強度に設定されていた。また、メラノプシンを最も刺激しやすい波長帯域を持つものとして選んだ青い光刺激を盲点領域に提示し、これを盲点刺激と呼んだ。この盲点刺激は実験1-1に限らず、この他のほとんどの実験において使われた。実験1-1には二条件があり、試行の中で盲点刺激が提示される盲点有条件、盲点刺激が試行の中で全く提示されない盲点無条件であった。この内容で光検出課題を行ったところ、盲点有条件では、盲点無条件よりもテスト刺激が検出しにくくなることが分かった。つまり、盲点への光刺激は何らかの形で受容され、通常視野の光刺激を検出しにくくする効果を持っていたということである。一方で、実験1-2として、背景輝度を高輝度に変え、それに伴ってテスト刺激の輝度も上げてコントラスト閾ギリギリの光強度にしたところ、盲点有条件でテスト刺激の検出成績が悪くなるという効果はなくなった。ここから、盲点への光刺激がテスト刺激の検出成績を悪くするという効果は、背景輝度が低いときにのみ起こると考えることができる。この結果を受けて、本実験においては盲点への光刺激が高次の注意メカニズムに影響を及ぼしたのではなく、ノイズを加算する形で通常視野の光検出課題に影響を及ぼした可能性が高いと考えられた。もちろん、そのためには盲点への光が受容されることが必要であり、そのメカニズムとしては二つの仮説を立てることができた。一つは盲点に存在するメラノプシンが光受容をして視野全体の内部ノイズを高めた可能性であり、もう一つは散乱光である。眼球に入ってきた光は例外なく散乱することが分かっているため、盲点刺激が散乱して、周囲の錐体細胞や桿体細胞が散乱光を受容することによって網膜性のノイズが加算されると考えることが可能なのである。この二つの可能性を切り分けるために、実験1-3でコントロール実験を行ったが、その結果、本実験の結果は散乱光で説明することは難しいという結果になった。つまり、盲点に存在するメラノプシンが光受容をしたことによってメラノプシンを含むipRGCが活性化し、それによって生まれた網膜性のノイズが光検出課題の成績を変えたという説が、現在考えられる説としてはもっともらしいということである。従来、絶対閾付近での光検出は、信号の検出もそれに伴うノイズの生成も桿体細胞が行うと言われてきた。だが、本実験では新たに、ヒトの最も基礎的な視覚機能の一つである光検出にメラノプシンが関与していることを明らかにする結果となった。

 次に、第4章で実験2の明るさ弁別課題について述べた。明るさ弁別課題では、閾上の光強度の刺激の明るさが盲点刺激の有無によって変わるのかを調べた。この課題でも、盲点有条件と盲点無条件の二条件が用意され、この実験の結果、盲点有条件で、同時に提示した通常視野のテスト刺激を盲点無条件よりも暗く知覚することが分かった。この結果を説明するためには、まず前提として、実験参加者が判断した「明るさ」を「背景とテスト刺激の明るさをもたらす光強度の神経信号の比」と考える必要がある。この前提をもとに考えると、もし盲点刺激が視野全体の明るさ感を上げるのであれば、背景と刺激の明るさの比が下がり、テスト刺激が暗く知覚される現象の説明をすることが可能になる。つまり、盲点刺激が持つ効果は、視野全体の明るさ感を上げるというものになる。この効果を生み出すメカニズムにはやはり、実験1と同様にメラノプシンと散乱光の二つが可能性として考えられた。メラノプシンへの刺激が明るさ感の上昇につながるという先行研究もあるため、盲点が全ての神経節細胞の軸索の集まる場所であるという特性を考えると、盲点のメラノプシンの活性化が全てのipRGCの活性化につながり、全視野的な明るさ感の上昇につながったと考えることが可能である。また、散乱光も全視野的に散って古典的な光受容細胞に受容されたと考えれば、本研究の結果を説明することができるだろう。この二つの仮説を、三つのコントロール実験で検証したが、これらの結果からは散乱光仮説が否定された。そのため、明るさ弁別においても、盲点刺激がメラノプシンによって受容され、課題が影響を受けたという仮説が現状考えられる仮説としてはもっともらしいことが示された。

 以上のように、本研究の結果からは、盲点領域に直接的に照射した光が、光検出・明るさ弁別の両方の課題に影響を及ぼすことが分かった。また、盲点の光受容のメカニズムとしては両実験ともに、現状で考えられる仮説としてメラノプシンの可能性が高いことが示された。本実験は撮像経路の機能に対する盲点刺激の効果を見ていた。この実験結果において盲点刺激の効果が見られ、その背景メカニズムにメラノプシンが考えられるということは、つまり、まだ明らかになっていない部分の多いメラノプシンの撮像経路への関与が示唆されたということになる。

 第5章では、二つの実験から得られた結果を元に総合考察を行った。実験1ではノイズの調整という役割でメラノプシンの光受容が光検出課題に関与していることが示唆された。一方で実験2では、全体の明るさ感を上げるのがメラノプシンの役割であり、これによってテスト刺激が暗く知覚されることが示唆された。錐体細胞や桿体細胞は局所的かつ相対的な明るさの変化に対して判断を行うが、この判断を支える「明るさの基準」としてメラノプシンが働いていることを示している。本研究から得られた結果を考察すると、錐体細胞や桿体細胞だけがヒトの撮像経路をコントロールしている光受容細胞なのではなく、メラノプシンも撮像経路に対して何らかの役割を持っていることは明らかである。だが、メラノプシンの働きは古典的な光受容細胞である錐体細胞や桿体細胞とは明らかに異なっている。古典的な光受容細胞が局所的な光強度の変化を受容して活動をしているのだとすれば、メラノプシンはより広い視野で全体的な周囲の光情報を受容していると考えることができる。ここから、メラノプシンは撮像経路においても重要な働きを持っており、錐体細胞や桿体細胞と相互に働きあうことで我々の知覚世界の構築に関与していることが本研究から示唆されることとなった。

 

【引用文献】

Hattar, S., Liao, H. W., Takao, M., Berson, D. M., & Yau, K. W. (2002). Melanopsin-containing retinal ganglion cells: architecture, projections, and intrinsic photosensitivity. Science, 295(5557), 1065-1070. doi:10.1126/science.1069609

Miyamoto, K., & Murakami, I. (2015). Pupillary light reflex to light inside the natural blind spot. Scientific Reports, 5, 11862. doi:10.1038/srep11862

Nayak, S. K., Jegla, T., & Panda, S. (2007). Role of a novel photopigment, melanopsin, in behavioral adaptation to light. Cellular and Molecular Life Sciences, 64(2), 144-154. doi:10.1007/s00018-006-5581-1