最不遇者への配慮を基軸とした分配的正義の実現可能性 :実験社会科学によるアプローチ

上島 淳史

 本論文は、限られた資源をいかに分配すべきか、という分配的正義(distributive justice)の問題に対して、一連の実験社会科学的な研究から経験的(empirical)にアプローチしたものである。本論文の目的は、人々がどのような資源分配を選好するかについて経験的に探究することで、社会的に希少な資源の分配を取り決めする際に、人々の議論の出発点・共通基盤となる分配の価値を検討することである。

 第1章では、先行研究をレビューして、本論文の扱う問題を設定した。分配的正義について述べる前に、まず正義一般についてその現代的な重要性について論じた。続いて、正義という規範的(normative)に扱われることの多い概念に対して、経験的にアプローチすることの意義を論じた。次に、本論文で扱う分配的正義が、近代以降の分配的正義に区分される可能性を論じ、本論文の扱う正義の範囲を歴史的観点から整理した。その上で、分配的正義に関する経験的研究をレビューし、本論文ではマキシミン的配慮、平等的配慮、功利主義的配慮という3つの分配に関する価値の関係に注目することを述べた。本論文におけるマキシミン的配慮とは、資源分配における最も恵まれない人々に対する配慮である。同様に、平等的配慮とは、資源分布のばらつき(不平等性)への配慮であり、功利主義的配慮は、資源分配における総効用に対する配慮である。特に、本研究では、マキシミン的配慮、平等的配慮、功利主義的配慮を弁別できるパラダイムや解析手法を用いて、功利主義的配慮との関係(トレードオフの可能性)を踏まえつつ、マキシミン的配慮と平等的配慮の異同に注目した一連の実験社会科学的研究を行うことを説明した。これに関連して、マキシミン的配慮と平等的配慮が異なる政策的含意を持つことを論じ、これら2つの配慮を区別した実験研究が必要とされる理由を論じた。

 第2章では、平等的配慮とマキシミン的配慮が、功利主義との関係において異なる性質を持つ可能性を検討した(研究1)。社会設計のあり方はしばしば平等性と効率性の対立で語られるが、これは時に平等性と効率性を交換可能な価値として考えることが困難である、つまりトレードオフが困難である、という可能性を示唆している。一方で、マキシミン的配慮が、(平等的配慮と同じく)功利主義と対立関係にあるのかは明らかではない。そこで研究1では最不遇への配慮と功利主義的配慮が対立関係にあるのか、それともトレードオフ可能な関係にあるのかを明らかにする2つの実験を実施した。1つめの実験では、マキシミン主義者と比較して、平等主義者は功利主義的な価値とのトレードオフが少なかったことを明らかにした。2つめの実験では、このような個人レベルの違いを超えて、同じ分配問題を「平等性と効率性」の次元に沿ってフレーミングすることは、「最低額と効率性」の次元に沿ってフレーミングするよりも、参加者全体でトレードオフの少ない選択を促進する可能性を明らかにした。これらの結果は、一見似ているように見えても、マキシミン的配慮と平等的配慮は、功利主義的配慮とのトレードオフの作り方において異なる、という本研究の仮説を支持していた。資源分配に関する議論は、社会的セーフティネットはどの程度強化されるべきか、普遍的なベーシックインカムは保障されるべきか、などに及ぶが、これらの議論はしばしば実りがないものに終わり、妥協できない価値観を互いにぶつけ合う状況に陥る場合もある。研究1は分配価値の不毛な対立から生じる問題の低減に向けて有益な示唆を与えるものと思われる。

 第2章(研究1)が個人的な分配の意思決定を扱っていたのに対して、第3章では社会的合意形成場面における分配の意思決定を扱った(研究2)。実社会での分配の意思決定は多くの場合単独個人で下されるわけではない。そのため、個人の意思決定を合意形成場面に拡張した点は、どのような分配原理が広く人々に配慮される可能性があるかを考える上で重要である。ここでは特に、平等的配慮とマキシミン的配慮の間の概念的混同が、他者との議論の過程で解消される可能性を3つの実験から検討した。1つめと2つめの実験では、議論が分配選好に与える変化を検証した。その結果、実験参加者は他者との議論を経験することで、平等的配慮とマキシミン的配慮の異同に気が付くという可能性が、議論を通じて参加者の分配選好に生じた変化を分析することで明らかになった。これら2つの実験を報告した後、3つめの実験では議論による選好の変化が議論の後どの程度持続したかを2つめの実験の参加者への追跡調査で検証した。その結果、議論によって生じた分配選好の変化は、議論の後5ヶ月間は維持される可能性が示された。これらの結果は、議論が参加者の分配的配慮に深いレベルでの変化を与えた可能性を示唆している。研究2は民主主義の主要な要素の一つである人々の間での議論と社会的分配に関する配慮の関係を明らかにした。また、研究2は、マキシミン的配慮と平等的配慮の異同と議論の影響に注目することで、議論が分配価値の洗練を促進するという側面に光をあてた点で政治学的な含意も有すると考えられる。

 第4章では、よりマイクロなプロセスに注目し、意思決定に至るまでのプロセスにおいて、平等的配慮とマキシミン的配慮が弁別されているかを検討した(研究3)。マウストラッキングと呼ばれる手法を用いて、参加者がコンピュータ上で分配の意思決定を下す際の、マウスカーソルの軌跡を取得し、時系列解析によって、2秒程度の意思決定のどの段階においてマキシミン的配慮と平等的配慮がそれぞれ考慮され始めるのかを検討した。マウストラッキングを用いた実験の結果、資源分配における最低額の要素(マキシミン的要素)は、資源分布のばらつき(平等的要素)よりも、意思決定プロセスの早期から意思決定時のマウスカーソルの軌跡に影響を与えていた。この結果は、人々の分配意思決定に関する認知プロセスが、平等的配慮よりもマキシミン的配慮によってより強く決定されている可能性を示している。本研究では、マキシミン的な分配と平等的な分配を区別して参加者に呈示するのではなく、マキシミン的かつ平等的な分配を呈示した際に、参加者が自発的にどちらの要素をより重視するかを検討した点で、これまでの研究とは異なる新規性がある。つまり、本研究のパラダイムでは参加者に対してマキシミン的配慮と平等的配慮の区別を押し付けておらず、分配の決定において人々が自発的に分散の次元よりも最低額の次元を優先するという主張に対して、より厳格な知見を提供している。また、本研究の結果は、分配の意思決定がどのような心理プロセスに支えられているかを、詳細に理解するための知見を提供していると考えられる。

 第5章では、第2章、3章、4章の研究を要約しつつ、それぞれの研究の持つ含意についてより詳細に議論した。その上で、本論文が新たに提起した問題について述べ、その問題については今後の研究で明らかにされる必要があることを記述した。例えば、第3章の研究2では、社会的合意形成場面における分配の意思決定において、マキシミン的配慮が合意形成の中心的議題となり、それが参加者の分配選好に変化を与えることを示した。しかしながら、研究2では二者が直接議論する状況を扱っており、より実社会の状況に近い大規模なネットワーク上での社会的合意形成場面で同様の結果が得られるのかについては十分に明らかではない。本論文が持つこのような実験室実験としての限界は、近年の社会科学領域で台頭している計算社会科学的なアプローチによって乗り越えられる可能性などについて議論した。さらに、本論文のもう一つの限界として、実験ゲームを用いた多くの研究では、⾃他の利益のトレードオフ問題が扱われている⼀⽅で、本論文ではいずれの研究においても第三者の視点をとった際の倫理的判断の問題を扱っているため、実社会で問題となる自己利益の観点も踏まえた意思決定は扱っていない点に言及した。最後に、本論文では「どのような分配の意思決定が下されるか」に注目している一方で、実社会においては「分配の意思決定が下された後、人々がどのように振る舞うか」、つまりある分配政策が実施されることによる、人々の選好の変化を検討することも重要であることに言及し、本論文の今後の発展可能性について議論した。

 本論文では、人々が社会という相互依存関係の中で協働するためには正義原理が不可欠であるという観点を基礎に、分配的正義(限られた資源をいかにして分けるか)に特に焦点を当てた研究を行った。規範的研究によるアプローチが主流である分配的正義に対して、本論文は実験社会科学の手法を用いて経験的にアプローチした。一連の実験から得られた知見は、社会的に希少な資源の分配を取り決めする際に、マキシミン的な分配価値が議論の有効な出発点となる可能性を示唆していた。本論文から得られたこのような知見が、実社会の施策にどのような含意を持ち得るかについては、今後実験室を出てより実社会に近い状況における追加検討が不可欠である。近年のコンピュータ科学の発達によって大規模な実社会データを取得し解析することが可能になっている。本論文が実験室実験を通じて明らかにした知見と、より実社会に近い状況で得られる知見を有機的に組み合わせるアプローチが、より良い社会設計に寄与する知見を生むと考えられる。

一覧へ戻る