本論文は、(1)の選言表現を含む構文および(2)の選択疑問文を研究対象として、特に「か」と「どっちか/どっち」、eitherとorとの関係に着目しながら、日本語と英語の比較を通して、その統語構造と意味計算を明らかにすることを目的とする。
(1) a. 太郎はコーヒーか紅茶のどっちかを飲んだ。
b. John drank either coffee or tea.
(2) a. 太郎はコーヒーか紅茶のどっちを飲みましたか?
b. Did John drink coffee or tea?
「AかB / A or B」が、(1)では平叙文、(2)では疑問文の中で用いられる。日本語では「どっちか」と「どっち」に形態的共通点があり、(1)と(2)の構造上の関連が明示的である。
本論文は、導入および選言表現を含む構文と選択疑問文(以下、「両構文」)の先行研究を概観する第1章、日本語の両構文の統語構造と意味計算を検討する第2章と第3章、英語の両構文に焦点を当てた第4章、結論の第5章からなる。以下は各章の概要である。
第1章では、両構文の統語構造と意味計算に関する先行研究を概観し、特に日本語に関する研究がほとんどなされていないことを示した。本研究にとって重要な先行研究として、英語の選言表現を含む構文の統語構造について提案されている削除分析(Schwarz 1999)、A or Bの意味が二つの選言肢AとBの集合であるとする分析(Alonso-Ovalle 2006)、orの意味が選択関数であるとする意味分析(Winter 2001)に注目した。
第2章では、日本語の両構文の統語構造を明らかにするために、部分構造との共通点に着目した。部分構造の例(3)では、「本棚にあった本」と「3冊」が、「うちの」でつながれて部分と全体の関係にある。(部分要素と全体要素を四角括弧に入れラベルPart/Wholeを付す。)
(3) 太郎は[Whole 本棚にあった本の]うちの[Part 3冊]を読んだ。
(4)のように「うちの」の使用という点で両構文は部分構造と類似している。
(4) a. 太郎は[Whole コーヒーか紅茶の]うちの[Part どっちか]を飲んだ。
b. 太郎は[Whole コーヒーか紅茶の]うちの[Part どっち]を飲みましたか?
語順においても部分構造との共通点がみられる両構文は、部分構造の一種であり類似した統語構造を持つと主張した。部分構造の統語構造については、部分と全体に相当する要素がそれぞれ限定詞句(DP)を投射し、二つのDPの間には部分と全体の意味関係を担う機能範疇句(FP)が存在するという分析を提案し、(3)は(5)の構造を持つと論じた。
(5) 太郎は[DP [DP本棚にあった本の] [FP うちの] 3冊を]読んだ。
この分析を採用することで、部分と全体の要素がそれぞれ名詞、数詞、類別詞を持つ表層形が可能だというデータやさまざまな語順が可能であることが説明される。
(1a)と(2a)も部分構造と同様の統語構造で説明できる。両構文では、部分構造同様、「どっちか/どっち」と「AかB」がそれぞれ名詞、数詞、類別詞を持つ表層形が可能なので、それぞれが階層的な統語構造を持つDPを投射していると考えられる。部分構造の分析と異なるのは、選言表現を含む構文の「どっちか」がDP内のNumber句の中で数詞を修飾する位置にあるという点である。以上の議論により、(1a)と(2a)は表層では「AかB」と「どっちか/どっち」を「の」でつなぐ単純な構造に見えるが、実際にはDP二つとFPを含む複雑な階層構造を持つという結論に至った。
第3章では、統語構造に基づいて意味計算が行われるという考え方に立ち、(1a)と(2a)の解釈を導くための意味分析を提案した。存在量化の助詞または疑問の終助詞として使われる「か」が選択関数の意味的役割を果たすという先行研究の分析に、不確定代名詞の「どっち」が選択関数の集合としての意味的役割を果たすという分析を組み合わせたものである。選択関数は項として集合を取ってその中の一つの要素を返すものである。
Cable (2010)は存在量化の助詞または疑問の終助詞として使われる「か」が選択関数の意味的役割を果たすと指摘し、Rooth (1985)等の代替意味論に基づいて、「か」は構造上姉妹関係にある要素の焦点意味値、すなわちその要素の代わりになるような要素の集合を項として取ると提案した。本論文では、このCable (2010)の分析と「AかB」はAとBの集合を意味するというAlonso-Ovalle (2006)の分析を採用し、不確定代名詞「どっち」が焦点意味値として選択関数の集合の意味を持つと分析した。この分析によれば、「どっち」と「か」が組み合わさった「どっちか」の意味は、「か」が意味する選択関数が「どっち」が意味する選択関数の集合を項として取りその中の一つを返した意味計算の結果、つまり、「どっちか」は選択関数を意味することになる。(1a)の「AかBのどっちか」は、「どっちか」が意味する選択関数が選言肢の集合を項として取りその中の一つを返した結果を意味する。(2a)で疑問の終助詞の「か」が項として取るのは、構造上姉妹関係にある節の焦点意味値で、選択関数が選言肢の集合を項として取りその中の一つを返した結果を含む命題の集合である。「か」より上の位置にある疑問演算子の働きにより、文全体の意味は「か」が命題の集合を項として取ってその中の一つを返した結果の集合となる。これは、Hamblin (1973)の疑問文の意味理論によれば選択疑問文の意味である。さらに、「どっち(か)」が生じていない(6)は「どっちか」を持つ(7)と同様Yes/No疑問文の解釈しか許さないので、音形を持ったり持たなかったりする「どっちか」が存在すると仮定する必要があることを示した。
(6) 太郎はコーヒーか紅茶を飲みましたか?
(7) 太郎はコーヒーか紅茶のどっちかを飲みましたか?
第4章では、英語の両構文の統語的・意味的特徴について、日本語と比較しながら分析した。統語的には、英語の選言表現を含む構文の重要な特徴は、先行研究で観察されているeitherがA or Bに隣接する基底の位置以外にも生起する(8)の現象である。
(8) Taro either drank coffee or tea.
意味的には、英語の(9)が日本語の諸例と比較すべきタイプの例文であり、選択疑問文とYes/No疑問文の分布が異なることを観察した。
(9) a. Did John drink coffee or tea?
b. Did John drink either coffee or tea?
日本語では、「どっち」がある(2a)は選択疑問文の解釈しか持たず、「どっちか」の有無に関わらず(6/7)はYes/No疑問文の解釈しか持たない。それに対し英語では、eitherがない(9a)は選択疑問文とYes/No疑問文の解釈が両方可能だが(イントネーションで区別する)、eitherがある(9b)はYes/No疑問文の解釈のみ可能である。
これらのデータは、以下の統語および意味分析で説明される。統語的には、日本語でも英語でも「AかB / A or B」は「どっちか/どっち」やeitherや選択疑問文に存在する音形を持たないwh演算子に隣接した構造を持つ。ただし、「どっちか/どっち」はDPを投射するのに対して、eitherは量化子で副詞的な性質を持ちさまざまな統語的位置に付加できるため、日本語の方が複雑な選言構造が可能となる。英語の(8)についてはSchwarz (1999)の削除分析を採用し、基底ではA or BのAとBは統語的に同じ大きさだが、削除を経て表層で異なる大きさになっていると論じた。
意味的には、eitherやwh演算子は選択関数の意味を持ち、隣接するA or Bが意味するAとBの集合を項として取ってその中の一つの要素を返す。(9a)の2つの解釈については、Romero & Han (2003)の疑問演算子の意味分析を採用すれば、(9a)の選択疑問文の意味が、(9a)に音形を持たないeitherを仮定して(9b)と同じ構造とし、日本語と同様のYes/No疑問文タイプの疑問演算子を想定すれば、Yes/No疑問文の意味が説明される。さらに、Larson (1985)らが選言表現を含む構文について観察したorの作用域が狭い/広い読みの分布も、削除分析とeitherが選択関数を意味するという意味分析によって統一的に導かれることを示した。
以上のように、本論文は日英語の両構文の統語分析に基づいて、可能な解釈が妥当に導かれる意味計算を提案した。また、日英語の差異は語彙の統語的な違いから生じるが、解釈を導く意味計算は日英語で基本的に同じであることを明らかにし、個別言語間の差異は統語や語彙という形式に関わる部門から生じることを論証した。