明清白話小説の「語り」 ――『三国志演義』『水滸伝』を例に

佐髙 春音

 本論文は、『三国志演義』『水滸伝』を例にとり、テクスト分析を通して、明清時代に刊行された長編白話小説の物語の語り方を明らかにすることを目的とするものである。中でも、作品の言説を地の文とセリフに大別した上で、地の文の多様なあり方に着目し、地の文の中で作中人物の情報がどのように読者に伝達されるかという問題に焦点を当てる。

 序論では、本論文がテクスト分析の方法として参考とする物語論(ナラトロジー)の概要を述べるとともに、物語論的アプローチをとる日本及び中国の先行研究を整理し、続いて分析対象である『三国志演義』『水滸伝』の成立と展開について概説した。中国における中国古典文学研究では、西洋の物語論が積極的に利用される一方、個別の理論を直接的に当てはめすぎるという問題点が存在する。反対に、日本における中国古典文学研究では、物語論的アプロ―チの採用に対して懐疑的、消極的な傾向が強い。本論を通して、両作品における地の文の多様なあり方に迫りつつ、「語り」の分析が『三国志演義』『水滸伝』のような個人創作とは異なる世代累積型の作品に対しても有効性を発揮し得るのかという問題を検証していく。

 第一章では、容与堂本『水滸伝』を対象に、「作中人物の性格・性質に言及する地の文」に注目して分析を行った。これらの地の文は作品全体に用いられているわけではなく、分布に偏りが存在する。その大半は、閻婆惜・潘金蓮・潘巧雲などの女性人物が登場する男女のエピソードに集中しており、「何某は××な人である」という断定的な説明によって人物の性格・性質が強調されている。明代には「酒色財気(飲酒・好色・財欲・短気)」が人の忌避すべきものとして考えられていたが、『水滸伝』に見える「作中人物の性格・性質に言及する地の文」は「色」に関わる部分に集中しており、それに加えて「色」に付随する「酒」「財」及び一部の「気」に関わる部分にも用いられていることがわかった。それぞれが異なる来歴を持つと思われるエピソードに、このような同一或いは類似の叙述形式が現れる背景には、一編の長編白話小説として『水滸伝』を集大成した「編纂者」の筆致が関わっている可能性が考えられる。

 第二章では、容与堂本『水滸伝』の地の文に見える、マイナスの価値判断や認識を帯びた呼称表現を切り口として分析を行った。通常『水滸伝』の地の文が人物を指示する際には、名前やあだ名、職業身分名などの比較的ニュートラルな呼称が用いられるが、少数例として、「這廝」「那廝」「賊禿」「賊臣」などの、人を罵ったり貶めたりするマイナスの呼称が用いられることがある。その指示対象には偏りがあり、蔡京・童貫・高俅・楊戩ら四人の奸臣、梁山泊勢と敵対する方臘勢のほか、閻婆惜と張文遠、潘金蓮と西門慶、潘巧雲と裴如海、賈氏と李固など、色事に関連する男女のエピソードに集中している。地の文におけるマイナスの呼称は、主人公側に感情移入する読者の共感を煽り、より一層読者を物語世界に引き込むとともに、悪玉人物の悪玉としての位置づけを強調し、作品が設定する価値観念を正しく読者に伝達するという二つの機能を果たしていると考えられる。第一章で論じた「作中人物の性格・性質に言及する地の文」と同様に、地の文に見えるマイナスの呼称にも、『水滸伝』を集大成した「編纂者」の筆致が関わっている可能性が高い。なお、百二十回本は容与堂本とほぼ同じ結果を示すが、百二十回本をベースとする金聖歎本では、石秀の「眼中」から潘巧雲と裴如海を語る際に、石秀の見るに堪えないというマイナスの認識や感情を反映するという目的のもと、両者の地の文における呼称を途中から「淫婦」「賊禿」に統一するよう書き換えており、マイナスの呼称が作中人物の認識や感情を反映する要素として活用されている。

 第三章では、金聖歎本『水滸伝』の評語に散見する、作中人物の「眼中」に関わる批評に着目して分析を行った。「眼中」のターム自体は百二十回本李卓吾評でも数例見られるが、金聖歎本ではその使用数と言及数が格段に増加している。調査の結果、金聖歎は「作中人物+知覚動詞」「只見」に続く文を、作中人物の「眼中」を示すものとみなしていることがわかった。白話小説中に用いられる「作中人物+視覚動詞」「只見」は、必ずしも「作中人物が見る」ことに直結するものではなく、語りを進めるための仕組みとして機能しているが、金聖歎はこれらの表現を作中人物の「眼中」と結び付け、作中人物の「眼中」から描く際のマーカーとして捉えている。また、「眼中」に関わる本文の書き換えも行われており、第二章でも取りあげた「淫婦」「賊禿」の例や、李逵の「眼中」のことであるという理由から、李逵が知らないはずの「玉枢宝経」「雲床」を「什麽經號(何かのお経)」「日間這件東西(昼間のあれ)」に書き換えている例などについて論じた。評語と書き換えの分析により、金聖歎が想定する作中人物の「眼中」は、単なる眼の中にとどまらず、作中人物の心の中や頭の中、すなわち作中人物の内面世界まで包括する概念として用いられており、金聖歎が物語論の「視点」に近似する概念を有していることが明確になった。

 第四章では、毛宗崗本『三国志演義』を対象として、再び「視点」に関わる問題に切り込んだ。嘉靖本、李卓吾本などの毛宗崗本より前に編まれた版本では、視覚動詞を用いて「作中人物が見る」ことが示唆された後、その人物が見ても知覚・認識できないはずの情報が続けて示されることがある。このような現象は、視覚動詞を用いて「作中人物が見る」ことを示唆する記述が、多くの場合、場面に新たな作中人物を導入し、語りを進めるための仕組みとして機能しており、必ずしも作中人物の視点を反映することを意図したものではなかったことに起因していると考えられる。しかし、毛宗崗本に至ると当該箇所は大幅に書き換えられ、前述の、「見る」ことが示唆された後、その作中人物が知覚・認識できないはずの情報が続けて示されるという現象は解消する。また、毛宗崗本の本文に附された批評には、しばしば作中人物の「眼中」から描くことの意義と効果について明言されており、その書き換えが意図的なものであったことは明らかである。以上のことから、毛宗崗本には「視点」の概念に近似した、文章表現そのものに対する極めて高い意識が存在し、その意識が毛宗崗本における改変に大きく関わっているという結論を得た。毛宗崗本の批評のスタイルは金聖歎本『水滸伝』を踏襲しており、「視点」に関わる文章観という点でも、金聖歎の影響を受けていることが明らかとなった。

 第五章では、作中人物がどのようにその存在を指示され、どのようにその情報を紹介されるのかという作中人物導入・紹介の方法に注目し、長大な歴史を持つ三国志物語の叙述的変遷を明らかにした。分析対象としたのは、歴史書『三国志』、『三国志平話』、『三国志演義』の諸版本である。歴史書『三国志』や三国志物語に関するエピソードを載せる逸話集では、初めから固有名詞を用いて初出の人物を指示するのが常であったが、『三国志平話』では、「一人……(ある一人の人が……)」といったように、初出の人物を不定の存在として指示した後でその情報を明かす方法が混在するようになり、『三国志演義』では、初出の人物を不定の人物として指示した後で、姓・名・字・出身地などのプロフィール情報を明かし、固有名による指示に移行する方法に統一されるという、導入方法の転換が生じている。このほか、毛宗崗本以前の版本では、既に姓・名・字・出身地などのプロフィール情報を開示している人物に対して、地の文の中で再度同様の情報を列記するケースが見られるが、毛宗崗本はそれらの重複を徹底的に回避するよう書き換えを行っており、毛宗崗の微細にわたる改変方針の一面が浮き彫りとなった。

 終章では、各章を通して得られた新知見を振り返りつつ、言説を区分し、地の文のあり方に着目して「語り」の分析を行うアプローチ方法が、『三国志演義』『水滸伝』のような世代累積型の作品に対しても有効に作用し得ることを再確認した。両作品が一編の長編白話小説として集大成された際の「編纂者」による編集や執筆の痕跡は、何らかの法則性をもってテクストに残されていると考えられ、作品に存在する「語り」の法則的な偏りを分析することは、作品の成立問題を探るための切り口になり得る。また、金聖歎本『水滸伝』と毛宗崗本『三国志演義』については、思想面においても表現面においても、それ以前に編まれた版本をはるかに上回る統一がなされていること、版本間の比較対照作業を通して、書き換え部分や新たな執筆部分を判断可能であることから、「語り」の分析はより一層有効である。

 終章の末尾では、白話小説の「語り」の諸相をよりきめ細やかに表すことができるよう、「語り手の顕在化(人格化)」の度合い並びに「語り手と作中人物の同化」の度合いという二つのモデル図を示した。

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