出版を巡る流通と文化 文化資源学の視座による取次を軸とした出版流通分析

鈴木 親彦

 本論文は日本の出版流通、特にその中心的なプレーヤーとしての役割を果たしてきた「取次」を対象とし、文化資源学の立場から分析を行うものである。出版流通と出版文化という2つの軸を、相互に関連するものとして捉え直すことで、現代日本の出版流通に対して新たな見方を示す。同時に、文化資源学の視座による研究が、現在進行形で変化している産業に対してどのような分析をなしえるかという実験を行うものでもある。

 

 序文「文化資源学から考える出版取次」では、論文全体の問いと構成を述べるとともに、出版流通研究の置かれている状況を概観する。本論文の問いは以下のとおりである。日本の出版流通産業はいかなる枠組みで改革が行われてきたのか。そしてその際に「出版文化」ということばで語られてきたものが、どのような役割を求められ、実際には何を担ってきたのかということである。この問いに答えるには、出版産業の内外で使われている出版文化という語を分解し、再構築する必要がある。また出版文化とともに進められてきた具体的な出版流通改革の事例を再検証する必要がある。

 この分析に必要なのが、文化資源学の視点を持って取次と出版流通を見ることである。文化資源学において、利益追求型の活動をしている企業や産業の動きが議論されることはこれまで少なかった。しかし、文化と産業を二項対立にせず分析するためにも文化資源学的枠組みが活用できる。むしろ、文化財にとどまらない「ことば」と「かたち」からなる文化的事象を、そしてそれを支える制度を研究する文化資源学の考え方からは 、今回対象としている出版文化という概念的な側面と、取次や出版流通といった産業の具体的な変化や効率化を同時に評価し、その関係を整理することもできる。

 

 第1章「「出版」「流通」の整理と取次の機能」では、出版流通に関わる先行研究の議論と、流通を実際に担うプレーヤーが持つ機能を整理する。この整理を通じて出版流通を分析対象とするための前提を明確にしていく。これは出版流通をより広い概念の中で位置づける整理でもある。まず、「流通」を本論文ではどのように扱うか、先行研究をレビューしながら整理する。その整理の一環として、少なくとも今日の状況までは出版流通を支える重要な存在である取次(出版販売会社)の機能をまとめる。

 軸の一つとなるのは「出版流通の転換期」という言説である。出版産業を巡って明治時代から現代まで繰り返し語られてきた「転換期」を見ると、個別の議論は異なるが、そこには二つの共通項がある。一つは出版流通の変化に関する推進と抵抗という衝突点を巡る議論であり、もう一つはその中で守るべきものとしての出版文化を巡る議論である。

さらに現在の出版流通を支えるインフラとなっている取次の機能を、以下の五つに整理する。「物流機能」「仕入・配本機能」「営業機能」「開発機能」「取引(金融)機能」である。こうした実際に取次が担える部分と、出版流通改革で求められる内容を整理するために、出版流通の経路を一覧化・概念化し一種の「フロー図」としてきた村上信明や蔡星慧の研究も確認する。取次機能がカバーする範囲、つまり流通の担い手が改善しうる範囲と、出版業界として流通改革に期待してきた範囲を比較すると、大きな齟齬を見出すことができる。

 

 第2章「「出版」「文化」の整理と出版流通の射程」では、「出版文化」という言葉に一定の枠組みを与えることで、議論に利用していくための整理を行う。そのために、現在の出版流通システムにつながる変革の歴史も再確認する。

 歴史的には出版流通の範囲は変化してきた。その変化とともに語られる出版文化もまた、幅広い意味を持ち、時には発言者の権益を守るために恣意的に利用されてきた。出版文化の射程は一義的に決められうるものではなく、定義を巡る議論も結論が出る性質のものではない。しかし、出版文化がいかに語られてきたかを一度整理することで、議論の筋道を立てることは可能である。出版文化「で」何でも包含してしまう状況から、出版文化「を」整理し、本論文において出版文化をどのような概念として議論を進めるか、その射程を定めておくことが可能となる。

出版文化がどのように使われてきたのか、テキスト共起分析を利用して整理を行う。その成果は

1.出版物を生み出し世に送るものとしての文化

2.出版物を読むことで生まれる文化

3.出版物を作り出し世に送る人々の振る舞いとしての文化

である。これらを踏まえて出版流通と出版文化の関係を文化資源の視座から問題としてとらえ直していく。

 

 第3章「ジャパンブックセンターに見る書籍流通改革の諸要素」からは、1・2章での概念面での前提整理を受けて、出版流通改革の事例を再検証していく。第3章では、ジャパンブックセンターと呼ばれる流通改革を軸に置く。ここで示される改革と挫折は、以降の第4・5章で見ていく各事例を考える起点となる問題をも提起する。

ジャパンブックセンター(JBC)とは、1990年代に計画された書籍流通改革構想であり、そこで計画され長野県須坂市に建設される予定であった物流基地の名称でもある。歴史的には雑誌中心で拡大してきた出版流通であったが、1990年代にはその限界が指摘されていた。それを乗り越えるために出版業界横断でなされるはずだったJBCによる改革は、スローガンとしては出版物が内包する出版文化を支えることを打ち出していたが、実態的には出版産業のふるまいとしての文化を部分的に変えようとしつつも、大きな視点では変化に抗う動きにつながっている。

 JBCが解決を目指した問題は、出版流通改革の諸事例を考える起点となる。雑誌中心の構造が作られてきたプロセスと経路依存性の経緯は、第3章において確認する。またJBCの終了後、2010年頃から安定的であった取次によるインフラが崩壊し、出版流通を支える取次が否応なしに変化せざるを得なくなっていく。この状況は第5章で確認する。

 

 第4章「雑誌流通改革に見る衝突と協力」で扱うのは、雑誌流通の問題である。具体的には雑誌の流通が確固たるものになったのちに生じた発売日問題、そして雑誌が出版産業の主軸となっていく根源となった定価販売制の確立について具体的なプレーヤーの動きを追っていく。

 雑誌流通は、近代以降日本の出版流通の主軸となってきた。しかし、出版産業の中心となった東京からの距離によって雑誌発売日が遅れていくという事態も生じてきた。明治時代の全国読書圏の成立から改善を要求され始め、2000年代に入っても要求され続ける問題である。全国にできるだけ均質に物流を行うという動きは、漫画雑誌の全盛期において「届いている雑誌の発売日を遅らせる」という逆向きの動きに発展する。鉄道弘済会売店での早売りに対しての議論が巻き起こった「発売日論争」である。作る・読むことで生まれる出版文化からの要請と、これまで積み上げてきた出版業界の振る舞いとしての出版文化を守る動きの衝突、すれ違いとしてみることができる。

 雑誌を巡る出版文化護持の動きは、より制度的な部分にまで踏み込んだ事例からも見ることができる。その早い例は1914年に、雑誌の販売競争と割引を防止するために大手出版社と大取次によって作られた東京雑誌組合である。この動きは、1970年代から活発になる再販制護持運動での出版文化の扱いに通底する。ここに産業の振る舞いとしての出版文化とその歴史的な連続性を考えることができる。

 

 第5章「取次の変化、出版流通の変化」は、出版流通改革の事例を確認する最後の章となる。雑誌を主軸にした取次による大量流通が限界を迎える状況を確認する。既存の流通インフラが限界を迎えた2010年前後の状況を軸に、その中での取次の変化を見ていく。

 2000年以降の出版流通の変化を「取次の危機」と考えることができるが、「取次の危機」は、実は歴史的に繰り返し発生している。そこで現代の大手取次の経営危機を、取次の倒産と再編が出版産業全体を変え結果として日本の出版流通を大きく変えた明治末・大正初の状況と比較する。関東大震災という天災を一つの契機に取次が倒産し、業界の再編が行われた大正時代の取次の危機と比較することで、外的要因ではなく恒常的な赤字の結果としての今日の危機が、従来型の流通インフラを揺るがす根深いものであることが明らかになる。

 さらに、ネット通信販売大手アマゾンが上陸したことで、取次のみならず、出版社・書店の流通に関する振る舞いが大きく変化したことを示し、読者の購買行動の変化につながった可能性を示す。今日の出版流通改革は、各社が取次に「求める」ものではなく、取次そのものが生き残るために「進める」ものとして根本的に意味を変えてきたことを確認する。

 

 本論文のまとめとして、第6章「出版文化のせめぎあいとしての出版流通改革」では、文化資源学としての視座からの先行研究を確認する。それを踏まえて、テクスト空間と実際の出版物のストック形成を軸に、出版文化と出版流通の関係を整理していく。

 流通の変化はフローのあり方を変え、形成されるストックも変える。ストックの変化は、結果として読者・作者がアクセスできるテクスト空間を変える。テクスト空間は、概念上は物体としてのテクストが集まり重なった循環・蓄積を接点として、無限のテクストへとアクセスできるものではある。しかし、現実的には有限の、かつ出版流通の結果として形成されたストックを介さざるを得ない。今日の取次の危機及びそれに伴う流通改革は、読者のテクスト空間を豊かにする可能性も、狭める可能性も持ち合わせている。

 本論文の問いへの回答は「出版流通の変化は、出版文化のせめぎあいがその枠組みを規定してきた。そして出版文化は、変化を生む駆動力にも停滞させるバリアーにもなってきた」ということになる。

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