本論文は、経営者層の結社活動の実証的分析を通して経済領域に根ざした市民性のあり様を検討したものである。

 第1章では本論文全体を貫く問いと作業課題の提示を行った。従来、主流の市民社会論は「非国家」「非市場」という領域論的前提のもと、左派的な社会運動・市民運動を主たる対象とし、経済団体のような権力や利益に関わるような結社活動を理論的射程に収めてこなかった。そのため、市民社会の分析概念としての可能性が狭められ、日本における市民的活動の理解を妨げられてきた。これに対して本研究は、結社と社会関係資本に関わる諸理論、とりわけパットナムとスコッチポルによるメンバーシップや市民的交流を重視する「古い結社」をめぐる理論を市民論としての下敷きとし、経済領域に隣接する結社を通じた相互作用によって生じた市民的な可能性がいかなるものかを、経営者層が主要な担い手となってきた「青年会議所」という具体的な市民結社の事例をもとに実証的に明らかにしようと試みるものである。これに基づき、本研究がとるべき具体的なアプローチとして、その成立基盤、組織構造と内外の社会関係、組織外部への影響、および所属する個人の結社活動キャリアと行為原理の変容という異なる4つの視点からの本論文の作業課題が提示された。

 第2章では青年会議所という事例選択に関わる本論文の方法論的な特性と調査方法についての説明を行った。青年会議所という事例選択は以下の条件に従ったものである。第一に、「非国家」・「非市場」という理念の厳密な適用に対するオルタナティヴの提示を企図するがゆえに、活動とメンバーシップにおいて、何らかの経済領域の特質を備えた市民結社であること、第二に同様の理由から、結社は集合的な経済的利益のみではなく、何らかの具体的な「市民的」価値、より具体的には参加者たちの閉じられた利益や経済領域に関わる働きかけ以上の公益を強く指向したものであること、第三に、「参加」を中心に据える市民観から、運営においてメンバーが中心となるような結社であることが条件として提示された。この事例選択に則り、青年会議所において「いかに」参加が成立しているかという記述的推論を方法論的な指針とした。その上で、福岡県飯塚市、埼玉県深谷市、東京を中心としたインタビューおよび文献資料を用いた質的調査の内実についての説明を行った。

 第3章では、青年会議所の結社としての形成過程と諸特性を記述し、制度的環境からの影響に着目しながら、他国(アメリカ、ドイツ)との比較の中で、日本の青年会議所がその組織的拡大を可能とした背景についての検討を加えた。特に論点となるのは、青年会議所が全国規模の組織として自己形成をする過程において、どのように国家(制度)・経済領域との関係性を築き、また市民結社としての集合的なアイデンティティを背負い、主体的に位置付けて直してきたのかという点である。この点にアプローチするために、他国(アメリカ、ドイツ)と比較しつつ青年会議所が存在する前提となる制度的環境に言及した上で、各国の青年会議所の展開について論じ、加えてメンバーシップの特性と組織として掲げてきた活動理念について比較を行った。その結論として明らかになったのは、1.公益志向の強力な市民結社設立が制度的に困難であった日本において、特別法によって安定的な存立基盤を持つ商工会議所の後ろ盾や会員階層の資本力が相対的な強力さを発揮したこと、2.加入義務があり国家機構に近いドイツと私的結社としての性格の強いアメリカとの中間に位置する日本の商工会議所制度の位置付けが、青年会議所において経済団体と市民団体という二つの特性を同居させるための柔軟で動的なアイデンティティを支えたこと、その最適化の成功が日本における青年会議所の特異な発展を促したと考えられるということであった。

 第4章では青年会議所がどのような組織体制を有し、その条件下においてどのような性質を持った人間関係が形成されてきたのかという点に焦点を絞り分析を行った。結社が市民社会に対して持つ大きな意義の一つは、それが市民的な態度を育み、自発的な活動の実効性を高めるようなネットワーク構築につながるという点であり、それは組織構造と内部で行われるコミュニケーションの内実によって規定されるということが社会関係資本論者たちによって指摘されてきた。特に社会関係資本を創出しやすい社会関係の形として、多くの論者に水平的で対面的なコミュニケーションが挙げられてきたが、本章では地域組織間の関係性や役員選挙のプロセス、先輩後輩関係など様々な観点を追加して分析の精緻化が図られた。最終的に青年会議所の組織構造が備える特性として明らかになったのは、会員の参加を補完するスタッフの役割や、階層構造の明確な役職と年齢階梯の文化による垂直構造と厳密な選挙制度によって担保される流動性や友情を育む親密性、フォーマルな構造の外部に広がる地域間交流をもたらすトランスローカル性など、既存の市民社会組織の分析枠組みでは論じられてこなかった諸要素の存在であり、このような枠組みを通して個別の結社の分析の蓄積をなすことの重要性が示唆されることとなった。

 第5章では、飯塚青年会議所の地域祭礼「山笠」の復活運動とその運営などを中心に、青年会議所の基礎単位である地域(基礎自治体)レベルにおいてその対外的活動を記述し、その活動を規定する組織的動機と結社の外部としての地域社会への直接的な影響を明らかにすると共に、青年会議所が地域社会のネットワークにどのように埋め込まれているかを分析することが目指された。飯塚の事例においては商工会議所の影響下の経済領域の活動から地域活動へと軸足を移していく過程が確認された。この背景には全国統括組織の社会開発という新たな方針や商工会議所からの独立といった要因があり、それは産業誘致の運動が一段落した中で、飯塚における青年会議所の役割が見直される必然性の中で起こった変化でもあった。しかし企業誘致運動等を通して行政と経済領域に連なる地域開発を担う成長マシーンのような閉鎖的ネットワークが途絶えたわけではなく、山笠という経済外のフィールドにおいてもそれは利用され、近隣集団ではなしえなかった山笠復活につなげることができたのである。復活後の山笠は順調に地域の自発的参加に支えられるものとなり、それを通じて衰退した近隣社会の紐帯の再生と維持に貢献してきた。山笠の運営体制の自律性が高まる中で青年会議所に残された役割においては、復興運動時のような政治的・経済的リソースの動員という側面が後退した一方、献身的で運営能力を習得した人的リソースの供給は期待され続けることとなった。そうした役割を支える目的意識は、長期的な集合的利益というよりも、青年会議所の公式な行動原理「3信条」のうちの「修練」や「奉仕」という価値判断であったと考えられ、しばしば対立する二つの原理において組織活動が葛藤を抱える場面も観察された。分析を通し、広い意味での経済的関心と、直接的な利益に必ずしも還元できないような献身的参加の規範とを結びつける場として経営者の結社である青年会議所は重要な役割を果たしたと結論づけられた。さらに、この事例は埼玉県深谷市の「深谷まつり」をめぐる運営体制とも比較され、「奉仕」と「修練」の組織規範間の対立などの共通した傾向や、地域経済などのローカルな構造に規定される元々の祭を運営する近隣集団の残存の度合いに依存する青年会議所の関与の仕方やその継続性の違いが地域の特性として明らかになった。

 6章では、これまでの章で集合的に捉えられてきた青年会議所の動的な特性を、個人が結社に所属し、相互行為の中で行為の意味づけを変質させていくようなプロセスの中で、経済領域でのキャリアとも関連付けながら再解釈することを試みた。そのために、青年会議所を入り口に様々な市民的活動を行ってきた人々のライフヒストリーを整理し、キャリアのパターンと行為の原理という2つの観点から分析を行った。分析の結果、市民的行為の主観的意味づけにおいては、ビジネスに関連した利己的な参加動機が結社所属と活動を通して変化し、利他的組織原理の内面化されるといういわば市民化のプロセスが観察されたほか、社会的圧力/期待からの受動的・経路依存的市民キャリアの存在も明らかになった。経済合理的行為原理や受動的参加を結社という装置を通して市民化するプロセスが、地域への参加者の再生産を可能としてきた。一方でそれは資源による限界づけを伴い、その後のキャリア選択も必ずしも常に市民的原理に基づくものではないことも指摘された。

 終章では分析全体を踏まえた上で、結社のメンバーシップに着目したことで導かれた市民概念の精緻化の方向性について論じた。本論文では、特定の制度条件下で、経済活動の動機に導かれながらなされる結社への所属が、相互行為を行うことによって制度的に再生産される地域への参加的態度や経済領域を超えた様々な地域活動の前提となってきたことが明らかとなった。こうした市民性の存在は従来の市民運動論からは導かれ難い知見であり、今後も様々な角度からの再検討が求められるであろう。今後の市民論の見通しとしては、1.結社を所属によって個人や人間関係が変化していく場として捉えること、2.市民的能力など市民活動を構成する要素を更新することという2点を提示し、市民論の実証研究の拡張可能性についての結論とした。