本論文の目的は、生成文法理論に基づき、日本語に見られる述部の統語的反復の形態・統語的特性と意味上の効果について実証的に明らかにし、それらについて理論的に説明することである。統語的反復はさまざまな言語で見られる現象である。日本語の述部は、語幹となる動詞や形容詞に多くの束縛形態素が付加されうるので、どのような要素が反復可能かが明示的で、反復の背後に働いている原理が解明しやすいと考えられる。本論文では (1)に挙げる3つの日本語の統語的反復現象を取り上げ、(2)に示す4つの問いに関して研究を行なった。

(1)          a.           動詞句焦点指定疑似分裂文

             b.           述部分裂文

              c.           強調反復構文

(2)          a.           各構文において、どのような形態の述部が反復可能で、どのような形態の述部が反復不可能なのか。

              b.           各構文において、束縛形態素や述部の反復にどのような条件が課されているのか。

              c.           各構文において、その構造と派生はどのように説明されうるのか。

              d.           各構文において、反復はどのような意味解釈を担いうるのか。

 5つの章からなる本論文は、序論の1章で先行研究と理論的背景を概観し、2章で動詞句焦点指定疑似分裂文を、3章で述部分裂文を、4章で強調反復構文を取り上げ、各構文の反復の特性や反復を引き起こす要因を解明し、5章の結論で知見をまとめた。

 1章では、先行研究の概観により、述部分裂文はよく研究されているが、動詞句焦点指定疑似分裂文と強調反復構文はほぼ研究されていないことを示し、これらの構文の構造と派生を検討するにあたって、日本語の句構造が、動詞句(VP)、上位動詞句(vP)、受動態句、否定句、時制句、極性句、焦点句、話題句、言語行為句等からなる階層構造をなすことと、移動のコピー理論とを前提とすることとした。

 2章では、Den Dikken et al. (2000)の英語の指定疑似分裂文の分析をふまえ、「太郎がしたの本を読むことだ。」のような、動詞句を焦点とする指定疑似分裂文の構造と派生を考察し、動詞句焦点指定疑似分裂文は疑問文に対応する前提節とその答に対応する焦点節の2つの節から成っていることを論証した。動詞句焦点指定疑似分裂文では、受動態を表す束縛形態素-(r)areが前提節に現れる場合、必ず焦点節にも同じ要素が生起しなければならないが、このような条件は、疑問文とその答との間にも課されるので、Den Dikken et al.の分析をふまえた動詞句焦点指定疑似分裂文の疑問応答分析が妥当であると主張した。また、前提節が話題のマーカー「」で終わることに着目し、情報構造の観点からも前提節が疑問文に対応すると分析することが支持されうると論じた。

 種々の言語について動詞反復を伴う話題化や焦点化の構文を考察したLandau (2007)は、これらの構文の特徴として、(i)島の制約に従う、(ii)低い位置の動詞は通常の活用を伴った形で現れ、高い位置の動詞は不定詞や名詞化された形などのデフォルト形で現れる、(iii)動詞反復が義務的である、という3点を挙げた。3章では、「太郎は本を買った[こと/の/に]買った。」のような述部分裂文にも、上記の3つの特徴が見られることをまず示した。この構文では、同じ形式の述部が反復される場合と、2つの述部が部分的に異なる形式で現れる場合があり、Nishiyama and Cho (1998)が指摘した時制の不一致のほかにも、個人差はあるものの、使役や受身、可能等の要素が述語の語幹に付加しているかどうかで異なる形式となることを許す話者がいることを観察した。この観察に基づき、高い位置に起こる述部は、低い位置に起こる述部と同じ形式か、あるいは低い位置に起こる述部の一部分からなる形式を持たなければならないという一般化を提示した。また、時制句外の要素は反復されないので、Nishiyama and Choの分析を拡張し、述部分裂文は時制句またはその一部の話題化移動によって派生されるという分析を提案した。極小主義に基づく生成文法理論では、要素が移動した場合、元位置には移動した要素のコピーが残り、多くの場合、発音されるのは移動先の要素となるが、Nunes (2004)等が主張したように、移動の元位置に残されたコピーが発音されるような現象もある。述部分裂文内の述部が反復されるのも、移動の元位置のコピーが発音される場合に該当すると論じた。述部分裂文に現れる2つの述部が異なる形式を持つ場合には、時制句の一部をなす構成素が話題化により前置され、残留接辞フィルターの要請によって、残留した時制辞等が移動の元位置に残されたコピー内の動詞等と共に発音されなければならず、述部反復が生じることを示した。一方、同じ形式の述部が反復される場合には、時制句が話題化により前置され、元位置では時制句の主要部の時制辞が述語の語幹やそれに付加する要素と共に発音されて述部反復が起こることを示した。述部分裂文は、意味的には、話題句によって提示される命題が真であると主張するverum 焦点として解釈され、さらに対比的話題のマーカー「」の働きにより、反意の含意が誘発されると論じた。

 4章で考察した強調反復構文には、「ご飯食べた?」というYes/No疑問文に対して「うん、食べた食べた。」のように答の一部として起こる反復と、先行文脈がなくても独立に起こる反復とがある。いずれも述部全体が繰り返される必要があり、一部だけの反復は許されない。また、時制辞で終わる述部の反復は容認されるが、真性モーダルや補文標識、終助詞で終わる述部の反復の容認度には個人差が見られ、形態的に複雑な要素や韻律的に重い要素の反復の容認度は低いことを観察した。さらに、Yes/No疑問文への答となる場合、過去の否定形の動詞はその反復が容認され難いが、否定疑問文に対する答として、肯定を表す応答小辞「はい」で始まる文中ではその反復が容認されることを観察し、ここで強調されるのは、述語に含まれる否定辞ではなく、「はい」や「いいえ」等による極性であると論じた。Yes/No疑問文の答として起こる強調反復構文の派生は以下のようであると論証した。Holmberg (2013)の提案をふまえ、極性を表す素性は、述語の否定とは別に、時制句の上にある極性句の主要部に生じるとし、動詞はその位置まで主要部移動していると分析した。さらに、強調反復構文は主節でのみ起こる現象なので、平叙文では、主節の右端の言語行為句主要部に音形を持たない断定の要素が生じると仮定し、強調反復構文は、動詞の主要部移動の結果、移動先と移動の元位置の2カ所で発音されることによって生じるという分析を提案した。強調反復構文では、断定の要素を持つ言語行為句主要部と、極性句主要部とが各々強調素性を持つので、極性句主要部まで移動した動詞の複合体が、強調素性によってさらに言語行為句主要部まで移動し、そこで随意的に、断定の要素の持つ強調素性と形態的に融合される。Nunes(2004)は、連鎖内の形態的融合を受けた要素はKayne(1994)の線上一致の公理に不可視となり、融合を受けなかった連鎖の要素とともに発音される、という移動のコピーの発音に関する理論を提案している。この理論では、動詞複合体が形態的融合を受けることによって移動先のコピーが線上一致の公理から不可視となり、極性句主要部に残ったコピーが移動の連鎖を表す要素として発音されると考えられるので、時制を持った動詞が2カ所で発音されると分析される。強調反復構文の意味解釈は、文脈や反復される述部の種類によって異なる。Yes/No疑問文の答となる強調反復構文は、肯定や否定を表す応答小辞によって値を定められた極性の強調として解釈され、独立に起こる強調反復構文は、述部が動作や状態を表す時には程度の強調の解釈が、述部が遂行や達成を表す時には動作の反復としての解釈が、極性の強調の解釈に加えて可能となることを示した。

以下は3つの構文の研究から得られた主な知見である。

3つの構文は一般に有標の「構文」とみなされているが、普遍的原理で説明される部分がかなりあることを示し、真に有標な部分を峻別することで、それらの特性を明示化した。統語的反復は、各構文に特有の操作や素性と普遍的な原理によって可能になることを明らかにした。

統語的反復は必ずしもある特定の意味を表してはいないことも示した。強調反復構文では述部の反復は極性や程度の強調や動作の反復を表し、述部分裂文では述部の反復が構文全体の表すverum焦点の解釈に間接的に寄与しているが、動詞句焦点指定疑似分裂文においては受動形態素の反復が新たな意味を加えないことを示した。動詞句焦点指定疑似分裂文で義務的に起こる受動形態素の反復は、意味的要請ではなく、質問に対応する前提節の主語と答に対応する焦点節の主語がアクション階層上同じ役割を果たさなければならないという独立の条件によることを明らかにした。

3つの構文の容認度には文脈依存性が見られることも示した。例えば、強調反復構文では、それがどのような質問に対するどのような答として起こるかによって反復される述部の容認度が異なるため、文文法を超えた談話レベルの情報が反復の可否を決定するのに必要であることを明らかにした。

本論文は、削除同様、反復も、統語論や意味論のみならず、形態論や音韻論、語用論など文法のさまざまな部門の相互作用によって成り立っており、言語理論に重要な知見をもたらす現象であることを示した。