1.問題の所在,及び本研究の目的

 本研究は1990年代に国際人口移動転換を経験した日本について,外国籍人口の定住化に着目し,その状況を移民研究の国際的に標準的な手法である社会的統合アプローチを用いて分析したものである.

移民研究の国際標準と言うべきものにはM. Gordon(1964)の社会的同化理論の流れをくむ「新しい同化理論」(Alba and Nee 2003)及び,それを米国以外の経験へ応用した社会的統合アプローチ(Alba and Foner 2017)がある.これらのアプローチはいずれも移民の階層的地位を軸にその移住過程を明らかにするという特徴がある.

一方,日本の移民研究では,こうした階層論及び社会的統合過程を軸とした国際的な移民研究の流れとは別に,独自の理論的展開が進んだ.代表的なものとしては,90年代の新宿,池袋など大都市インナーエリアへのアジア系外国人の流入を分析した奥田道大らの都市エスニシティ研究,梶田孝道らの日系ブラジル人を対象とした「顔の見えない定住化」研究などを挙げることができる.

これらの研究の最大の問題は,欧米で主流である社会的統合アプローチと異なり,移民の移住過程の多様性や経時的な変化を捉えられないということである.つまり,これらの研究では日本における外国人の社会経済的状況は,外国人に対して閉鎖的な日本社会の制度・構造的要因によって決定されており,それは個人の人的資本の違いや居住期間の長期化に伴う社会的適応によっても変化することを積極的に想定しない.これを本研究では構造分断的アプローチと呼んで批判的に検討している.

さらに,構造分断的アプローチは日本における外国人受入の経験が進むにつれ,その実態を捉えきれないものとなってきており,最近では日本の移民研究においても一部,社会的統合アプローチを意識した研究が行われるようになってきている.しかしながら,依然として明確に同アプローチを採用した研究は稀であることから,本研究では移民の階層的地位に焦点を当てることで,日本における移民の社会的統合の状況について明らかにすることとした.

 

2.本研究の命題,及び方法

社会的統合アプローチの応用に当たっては,欧米の移民研究においても見られるように,センサスのような大規模データによってそのナショナルレベルでの社会的統合の状況を定量的に明らかにすることが望ましい.本研究では2000年と2010年の国勢調査のマイクロデータを分析に利用した.また,社会的統合アプローチの日本の経験への応用に当たっては,同アプローチにおいて重視される階層的地位に関連する重要な側面として労働市場,ジェンダー,世代に着目し分析を行った.

 

3.分析結果

その結果,以下のことが明らかになった.第一に,移民の日本の労働市場への統合状況は,その人的資本の国際的な移転可能性(international skill transferability)が制約されることで,同程度の学歴や就労経験を持つ日本人よりも低い傾向にあること,しかしながら,日本での居住期間が長期化するにつれ,社会的適応が進むことで,次第にキャッチアップしていることが明らかにされた.これはこうした変化がこれまで見込まれてこなかった(日系)ブラジル人についても妥当することが示された.また,日本の労働市場の閉鎖性を象徴する長期雇用慣行を前提とした日本的人事管理の内部においてもこうした傾向はわずかながら確認された.以上のことから,先行研究とは異なり,日本において個々の移民の移住過程における労働市場への緩やかな統合が見られることが明らかにされた.

第二に,日本では外国人女性の階層的地位は個人,及び世帯のいずれでみた場合も日本人女性よりも相対的に低く,その原因は日本人夫の学歴が低いことや,(夫の国籍にかかわらず)結婚後の労働参加率が低いことによるものであることが明らかにされた.これは外国人女性が日本人女性よりも家庭におけるケア役割を担うことが多いことを示唆するものである.その一方で,労働市場における職業的地位達成においては,日本人女性よりも労働市場のジェンダー化された構造に埋め込まれていないことから,一部ではかえって高い職業的地位を達成している場合も見られた.こうしたことから,“移民女性の社会的統合が移民であることと女性であることによって妨げられる”という「二重の障害」モデルは日本の経験には部分的にしか妥当せず,外国人女性は専ら家庭的領域におけるケア役割の担い手としてのみ位置づけられることが明らかになった.これは国際的に進む「再生産活動のグローバル化」(Sassen 1988)という流れにおいて,日本がまだその途上にあることを示唆するものである.

第三に,外国籍の親を持つ子ども(移民第二世代)の高校在学率に焦点を当てた分析を行ったところ,移民第二世代に属する子どもは両親ともに日本人である子どもに比べて,その教育達成において親の階層的地位の影響を受けにくいことが明らかになった.これは移民と現地人の階層的地位の格差が世代を経て拡大するとされる「分節化された同化理論」(Portes and Rumbaut 2001)が日本で妥当しないことを意味する.その一方,移民第二世代に属する子どもの教育達成は日本での居住期間の長期化によっても,両親ともに日本人である子どもに比べて(平均的に)低い傾向が見られることから,多言語での情報提供や日本語教育を始めとする移民第二世代の教育達成へのより一層の支援が必要であることが示された.

 

4.結論

以上の分析結果から明らかになったことは,日本における個々の移民の移住過程において緩やかな社会的統合が見られるということである.ここでいう社会的統合とは,移民第一世代移民男性の労働市場への統合,ジェンダーの影響を踏まえた移民女性の社会的統合,及び移民第一世代と第二世代の階層的地位の世代間移動の3つの領域における状況を踏まえたものである.また,「緩やかな」とはこれらの領域における社会的統合がいずれも日本人との階層的地位の差を完全に埋める程ではないものの,それを縮める方向にあるということを踏まえた表現である.

以上の結果は,その探求が試みられつつも,従来の日本の移民研究では明らかにされてこなかったものであり,移民個人を分析単位としつつ,階層的地位に着目することで,制度・構造的な要因も視野に入れることが可能な社会的統合アプローチを採用することで初めて可能になったものといってよいだろう.

例えば,外国人の労働市場における阻害状況を明らかにした研究はこれまで多いものの,本研究において,その典型ともいうべき日系ブラジル人について人的資本の蓄積がその職業的地位の決定において重要であることを定量的に示したことの意義は大きい.職業的地位達成が進みつつあることが一部で認知されつつあった高学歴中国人男性についても,専門的・技術的職業だけではなく,日本的人事制度において中核的地位を占める管理的職業並びに正規事務職での地位達成も少しずつではあるものの,進みつつあることが示されたことは画期的といえよう.

さらに,これらの結果から,外国人の社会的統合にとって重要なのは,まずは来日後の人的資本の移転可能性が適正に担保されること,及び人的資本の蓄積の機会が十分に担保されることであることが示されたことは,今後の移民の社会統合政策を考える上で重要な示唆を与えるものである.

また,これまで定量的に分析されることのなかった外国人女性の階層的地位について包括的に分析し,そこで移住過程のジェンダー化の影響がどの程度見られるのかを定量的に示したことは,今後,日本でもさらに進むであろう「再生産活動のグローバル化」の展望を予測する上でも非常に重要なものである.従来の研究はともすると個々のケースに引きずられ,「阻害された存在としての外国人女性」というイメージからなかなか抜け出せずにいた.

しかし,本研究において,実際に観察される外国人女性の階層的地位の低さが主に本人,及び配偶者の学歴の低さや,結婚,出産後の労働参加率が低いことに起因する一方,労働市場においては日本固有のジェンダー化された構造からは「排除」されているがゆえに,かえって職業的地位達成が進む可能性すら示されたことは,こうしたイメージを塗り替えるものといえよう.

さらに,第二世代の教育達成の問題については,学校教育の現場では認知されて久しいものの,そこではもっぱら学校内の問題に終始する傾向があった.しかしながら,本研究において,学校外の社会構造一般とのかかわり,つまり親の階層的地位との関係を明らかにした結果,日本人の場合ほど親世代の階層的地位の影響を受けないことが示された.これは移民的背景を持つ子どもの教育達成の遅れを解決するのは,日本語能力の向上という主に技術的な問題であることを明確にした点で有益であるといえる.このことは,移民的背景を持つ子どもの学校文化への適応とそこにおけるアイデンティティについて論じる「分節化された同化理論」が日本の経験には妥当しないことを示すものであり,国際的な移民研究の文脈においても重要な知見といえよう.

最後に本研究では日本の移民受け入れの経験に社会的統合アプローチが妥当することを明らかにしたものの,データの制約もあり,明らかにされたのはあくまで全般的な状況であり,個々の移住過程ごとに見た社会的統合の状況については不明な点も多い.今後は独自の調査を行うなど,詳細な移住過程について明らかにすることで,こうした点について明らかにしていきたい.