本論の目的は、大卒就職活動において、マッチングはどのようになされているのかを明らかにすることである。確かに入職におけるマッチングのあり方については、これまで経済学、教育社会学、経済社会学で多く研究されてきた。ただし従来の研究はマッチングを、一方向的選抜として描いてきた(応募者による企業の選択と、企業による応募者の選抜を切り離し、前者が確定した後に後者がなされるとしてきた)。もちろんこのような視点をとることには、賃金決定のなされ方、教育達成と初職の関連などがより単純化され分析しやすくなるという利点もある。しかし他方で第 1 に、そのような視野の限定により見えづらくなる側面もあると考えられる。第 2 に、視野の限定を伴う枠組みが、別の目的を掲げる研究や実践に、特に正当化がなされないままに暗黙の前提として適用されているならば、そうした研究や実践にとって不要な歪みが生じる可能性がある。

中でも本研究が問題としたのが、日本の新規大卒者の採用・就職活動研究における、一方向的選抜の枠組みの正当な手続きを欠いた適用である。結論から述べると、日本の新規大卒者の採用・就職活動を対象とした研究には、一方向的選抜の枠組みが必然性のないままに適用され、それにより、実態と、それについての記述との間に乖離が生じている。さらに大卒就職についての規範的議論でも、現状と異なるあり方の可能性が十分に提示されてこなかった。

そこで本論は、学生へのインタビュー調査をもとに、双方向的な評価の実態を明らかにし、それに一方向的選抜の枠組みを適用することの弊害を示した。さらに、大卒就職活動をより正確に、そしてより多様な問題関心(選抜局面の定式化、当事者の主体性およびそれを制限するものの把握、負担の説明と軽減への道筋の構想、従来型メリトクラシーとの違いの説明)に対応できる形で描けるようにするためのより包括的な枠組み――双方向的評価図式を提示した。以下が各章の内容である。

まず 1 章では、本論の問題関心と、従来の研究と異なるアプローチについて概説した。

2 章では、先行研究を詳しく検討し、ジョブ・マッチング研究における視点の偏りを、具体的に示した。ジョブ・マッチングに関する経済学理論、社会学的研究、そして日本の大卒就職に関する研究を取り上げ、それらの多くが企業による応募者の選抜に関心を集中させてきたことを示した。本論はこのような視座が、応募者側の選択の単純化に基づいていることを指摘した。それは、より高い賃金や企業規模の企業を応募者は選択する、という功利主義的前提に基づくものである。これに対し本論は、そうした前提により説明できないような実態をデータを通じて示した。

3 章では、本論が用いたデータと分析の仕方を説明した。本論は国内 4 地域(東北、北関東、首都圏、九州)の 4 年制大学および大学院の卒業時に民間企業への就職活動を行った 50 名への緩い半構造化インタビューのデータを用いた。本論は各対象者の事例分析と、対

象者間の比較分析を併行して行った。続く 4 章から 7 章では、この分析の結果を提示した。

4, 5 章は、新たな枠組みの基礎的な部分に関するものである。

4 章では、学生が、企業との相互行為を通じ、常時企業への志望を変化させている実態を明らかにした。学生の志望は、就職活動前に予め定まっている場合や、明確な志望に基づく選択がなされないままである場合もあったが、一方で企業との相互行為を通じ志望が形成される場合も多く見られた。これは、学生の選択やマッチング結果を説明する上で、事前に形成されたキャリア意識や社会的ネットワークの観点に加え、相互行為論的視点が必要だということを示すものである。就職活動前に予め志望形成がなされているような場合でも、相互行為を通じた特定企業への志望形成は見られ、それは当初の志望を上回るようになる場合もあった。本論にとって特に重要な点として、選考を通じた志望の形成・変化がある。企業側による選抜に限定されて描かれてきた選考は、学生による志望形成・変化の重要な場でもあった。企業の選抜と学生の選択は、通常考えられているように別々の物として切り離されているのではなく、相互に関連しあうものである。同時的、双方向的、ダイナミックな過程が一方向的選抜図式では見逃されてきた。

5 章では、前章で示した選考を通じた志望形成・変化が、いかにして可能となっており、他方でどのような制約を受けているかを説明した。そのために、日本の大卒就職における学生の、企業の採用基準についての認識や対応のあり方を、「複合ゲーム」として定式化した。学生は就職活動全体については、様々なサブ・ゲームから構成される複合ゲームとしてとらえていた。複合ゲームで見られる企業ごとの選考基準の比重の多様性は確かに、それに基づく企業の評価・選択を可能にしている面もあった。一方で、多元的な基準の中で特にどのような基準が重視されているかは、必ずしも読み取りやすいものではなく、このような評価を行うことが困難であるという語りも多く見られた。こうした際、一方向的選抜図式に基づく相互行為のルールは、学生の採用基準の認識を難しくさせていた。このように、学生による選考基準を用いた企業の評価や適性の判断は、一部で見られたものの、相互行為のルールの影響もあり、限定的なものに留まっていた。つまり、企業の採用基準のシグナルとしての活用は現状では限定的であった。

 6,7 章では、4,5 章で示された基礎的な実態を踏まえ、就職活動で問題とされてきた、不採用が続く学生の「自己否定」および、機会主義的行為について、それとは異なるあり方を示すとともに、それが当事者の認識枠組みの限定(一方向的選抜図式の優位)のもとで生じることを示した。

6 章では、学生の選考の不通過についての解釈や反応について、従来描かれてきた「自己否定」、あるいは「努力・修正」とは異なる解釈・反応のあり方を提示した。一元的な序列や一元的な選抜の仕方のもとでは、応募者はこのように評価に同意するか、もしくは同意しないものの社会に対する不満をつのらせる、という反応をとることになる。本調査の対象者にもこのような反応は見られたが、一方でこれらとは異なる、正当な選抜を求めての移動、という反応が見られた。これは前章で挙げた複合ゲームにおいてこそ生じる反応である。またこの反応は、「自己否定」に陥らない要因ともかかわる。この反応は多元的な序列の認識に基づくものであり、当事者が一方向的選抜図式をとっている場合、抑制されるものでもある。

7 章では、機会主義的な自己呈示をあえて行わないとする学生の語りを取り上げ、功利性よりも包括的な合理性を重視する学生の態度とそれに基づく行為を描き出した。そこで学生は、自身が活躍できる企業に就職することを目標としていたが、どのような企業がそれに当てはまるかについては決定しておらず、それは企業側と自身がそれぞれ随時内的に検討していくものとしてとらえていた。またそこでは、自身の内的な検討だけでは不十分な中で、企業側による検討を信頼し、それをより妥当な検討のために活用しようとする態度が見られた。この態度のもとでは、機会主義的行為は、この活用を困難にするものとして避けられ、率直な自己呈示がむしろ必要とされる。機会主義的行為の抑制の積極的な理由は、企業選択について「きつい目的」を仮定する功利主義的前提を保留し、「緩い目的」のもとでその内容を吟味するという合理性から説明されるものである。

8 章では、これまで示されてきた従来とは異なる就職活動についての像をまとめ、これを説明できるより包括的な認識枠組みとして、双方向的評価図式を提示した。さらに新たな枠組みの提示が、就職活動をめぐる規範的議論に対しもたらす示唆を検討した。まず、就職活動においてこれまで問題とされてきた、不採用が続く学生の「自己否定」や、機会主義的行為が横行するゼロサムゲーム的状況といった事態には、本論が問題としてきた認識枠組みの限定が関わっていた。つまり一方向的選抜図式を当事者がとらざるを得なくなることが、これらの事態と結びついていた。これに対し、双方向的評価図式の広まりは、これらとは異なる事態をもたらす可能性がある。その 1 つとして本論が提示したのは、より正当なマッチングをもたらすための、シグナルとしての評価基準情報の活用である。評価基準情報がシグナルであるというのは次の意味においてである。学生にとって企業の評価基準についての情報は、第 1 に入社後も活躍できる企業を判断する上で有用なものである。第 2 に、選考結果に対する理解を可能にすることで、次の応募先や進路を選ぶ上での有用な情報となる。企業にとっても、第 1 に学生の自己選択により予め入社後のミスマッチの可能性を軽減することに、第 2 に、選考の納得感を高めることにつながる。またそれは学生間、企業間においても、実質的有用性を持たない競争を軽減することにつながる。つまり評価基準情報は有効に活用されるならば、マッチングにかかるコストを減少させつつ結果を改善させる、重要なシグナルとなると考えられる。ただし 5 章で示したように、このようなシグナルは現状では部分的にしか活用されていない。学生側のシグナルのみに頼ったマッチングが負担の増大や納得感の低下を招いている中、効率性の原理と当事者の QOL の原理を両立させる第三の道として、企業側のシグナルを活用可能にし、双方向的評価の潜在的可能性を活用する道が考えられることを、本論は示した。

 

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