本研究は、構文文法論の理論的枠組を用いて、現代中国語の複数の構文と、数量詞および数量表現のはたらきとの相互作用を論ずるものである。数量詞とは“三个人[三人のひと]”における“三个”のように、数詞と量詞の結合により構成されるフレーズを指す。

中国語の数量詞は様々な独自の特徴を持ち合わせており、例えば、容器性を備える名詞は、数詞の“一”と結びつき、数量詞の形式を構成することによって“一抽屉衣服[引き出しいっぱいの洋服]”“一脸汗[顔じゅう汗だらけ]”のように遍満状態の領域を描写することができる。この種の描写性をもつ数量詞には一定の生産性が見られることから、構成要素となる名詞は臨時量詞の一種(本研究では「描写性臨時量詞」と呼ぶ)として、一つのカテゴリーを形成していると見做すことができる。中国語の量詞は、類型論的には、日本語の助数詞と同じく類別詞として扱われるが、この種の臨時量詞というカテゴリーは日本語の助数詞にはなく、中国語量詞の特性の一つであると言える。

先行研究では、上記のような数量詞の機能や特性のほか、数量詞が構文において担う機能(構文機能)についても多くの成果が蓄積されてきたが、本研究で取り上げるいくつかの構文に関しては、数量詞の構文機能が限定的に、もしくは概括的に論じられることはあっても、その詳細については充分な議論が尽くされているとは言えない。

本研究では第一の目的として、先行研究によって明らかにされてきた数量詞の機能や特性を踏まえ、特に、量詞のタイプごとに異なる固有の特性が、構文的意味の理解や、構文の成立条件、構成動機にどのように影響するか等の問題について、新たな知見を得ることを目指す。

また第二の目的として、複数の構文の統語的、意味的特徴を踏まえ、それぞれの構文的特徴と数量詞および数量表現の構文機能との関連に合理的な説明を与えることを目指す。

本研究ではまず序章において、中国語量詞に関する先行研究の成果を概観した上で本研究の目的と構成を述べる。

第1章では「動量詞句とりたて構文」の構文的特徴と共に、構文中に現れる数量詞の構文機能を考察する。当該構文の構造的特徴は、“一次城也没进[一度も町へ行かなかった]”のように、動作回数の単位を表す量詞(すなわち動量詞)と数詞の“一”との結合から成る数量詞がいわゆる「極端項」として動詞句の前に用いられる点にある。本章では、当該構文において、「一度;一回」を意味する数量詞が、計量対象の動作行為について「少なくとも一回は遂行されるはずの行為である」という読みをもたらし、動作行為の属性描写に携わることを明らかにする。加えて、この種の属性描写としてのはたらきが発動される要因が、極端例をとりたてるという当該構文の意味的特徴と、数量詞の現れる連体修飾語という統語的位置との相互作用に関わるものであることを明らかにする。

第2章では、「“的”を伴う時量修飾構造」について考察する。当該構文では、‟看了一部三个小时的录像[三時間の録画を見た]”や“骑了一个小的车,找到了李方的家[自転車に一時間乗って李方の家を尋ねあてた]”のように、時間量を表わすことを基本機能とする数量表現、すなわち時量表現が“的”を伴う連体修飾語として用いられる。上述の二例のうち、前者は属性用法の代表例であり、時量表現は構文中で言及する動作行為の属性の一側面としてその遂行に要する時間量を表わす。一方、後者は実行用法の代表例であり、時量表現は一回的な動作行為の完了時点において確定する継続時間を表わす。本章では両用法間のこのような意味の相違に基づき、実行用法は属性用法の統語構造と意味との結びつきを利用した拡張表現として成立するものであること、すなわち、実行用法の統語構造とは、動作行為の完了時に新規に確定される具体的な時間量を、発話者が計量対象の一回的な動作行為の属性として捉え直し、その見立てを反映する構造であることを、諸々の言語事象に基づき論証する。

第1章と第2章で扱う構文は、コトの数量を表わす数量詞および数量表現がモノを表す名詞句を修飾するという、連体修飾語と被修飾語の間に意味上のミスマッチと見受けられる関係が生じるという点で共通する。先行研究においてこの種の統語構造の特殊性に着目し、その成立動機や要因を詳細に議論した例はない。本研究では、当該構文の被修飾語の名詞句は、メトニミー表現の一種として構文中で言及する動作行為にアクセスするための参照点として機能しており、従って、動作行為の属性描写に関わる連体修飾語の数量表現と被修飾語の名詞句の関係はミスマッチの関係ではないという新たな解釈を提示する。

第3章から第5章では、描写性数量詞が用いられる複数の構文について考察する。

まず第3章では、描写性数量詞が用いられる二種類の構文を取り上げる。一つは、“张三一身都是泥[張三は体じゅう泥だらけだ]”に代表される「判断文」の一種であり、もう一つは“白薯土豆撒了一地[サツマイモやジャガイモが地面一面に散らばった]”に代表される「非対格移動文」である。はじめに、本章では描写性臨時量詞として借用される形式が一定の指示機能を保持することと、描写性臨時量詞の現れる判断文は、二重主語構文としての特徴をもち、当該構文の二つの主語は共に「属性記述の対象」として特徴づけられることの二点を確認する。その上で、判断文の構文的意味特徴が、一方では「事物と一体化した領域」という描写性数量詞の描写する領域の意味特徴によくなじみ、当該構文の第二の主語として数量詞を用いることを動機づけると同時に、もう一方では、描写性数量詞の指示性を引き出す要因として作用している、ということを明らかにする。

非対格移動文については、この種の構文が、主語に立つ事物に生じた変化や結果状態を表わす構文として特徴づけられることを確認した上で、当該構文では描写性数量詞が補語の位置に現れることにより、結果状態を描写するはたらきを担うという事実を指摘する。変化後の状態を焦点化するはずの当該構文では、時に“摊[広げる]”のようにスル的事態を表わす他動詞(すなわち非対格動詞ではない動詞)が現れるが、この現象の成立については、描写性数量詞が結果状態の描写成分として作用し、述語動詞全体が非対格表現に転じることに因ると考えることにより合理的な説明が得られる。

第4章では、非三項動詞を述語に用い、身体部位を表わす形式を描写性臨時量詞として用いる拡張的二重目的語構文を取り上げ、構文の成立動機や成立条件について、数量詞の構文機能との関連から明らかにする。この種の構文は意味上“泼了他一脸酒[彼の顔じゅうに酒をぶちまけた]”のように加害の事態を表わすタイプと、“溅了他一身水[彼は全身ずぶ濡れになってしまった]”のように被害の事態を表わすタイプとに分けられる。この両タイプの構文は、結果状態の出現に対する意図性の有無という点で意味上の差異が見られるものの、二重目的語構文の統語構造をもち、数量詞が直接目的語の修飾語として現れて間接目的語の人物の身体上に生じる遍満状態を描写する点、更には、その遍満状態が当該構文においては何らかの事象によってもたらされた不如意な結果として解釈される点等において共通の特徴をもつ。本研究ではこうした構文的事実を指摘すると共に、当該構文に用いられる臨時量詞が身体部位を表わす形式に限られる点に着目し、加害や被害を表わすこの種の拡張構文は、共に、身体部位に強制的にもたらされた顕著な結果状態を描写しようとすることに動機づけられて、使役的事態を表わす二重目的語構文の型を利用することにより構成される表現であるとする解釈を示す。また、当該構文では非三項動詞を用いるにも関わらず、三項動詞としての統語的ふるまいが許容される。この現象については、二重目的語構文の構造的、意味的特徴と、描写性臨時量詞による描写機能との相互作用により、構文中で言及するできごとが「間接目的語の人物に、強制的に顕著な結果状態をもたらす対人的事象」として捉えられることに起因することを明らかにする。

第5章では、“扔了一地形形色色的鞋[地面一面に色とりどりの靴が放られていた]”を代表例とする「結果様態文」と、“摔了我一身的泥[躓いて転び、体じゅう泥まみれになった]”を代表例とする「再帰的結果様態文」を中心に取り上げる。本章では、まず両構文に現れる“数量詞+NP”に補語に類似する特徴が見られる一方で、このフレーズを補語として扱いきれない言語現象が見られることを指摘した上で、“数量詞+NP”の補語に通じるはたらきと、構文の統語構造や数量詞の描写機能との関連を考察する。

二タイプの結果様態文において、描写性数量詞フレーズが補語に通じるはたらきを持ち得る要因については、拡張二重目的語構文や動目構造を用いて、完了済みの事態の因果関係を叙述する際、それぞれの述語形式の一部が、数量詞フレーズを補語として導く“V了+数量詞(フレーズ)”と形式上しばしば類似することに加え、特に結果状態の描写が焦点化される言語環境の下では、描写性数量詞フレーズの描写性が高められることが関与的であるとする解釈を示す。

最終章では、本研究を通じて得られた新たな知見に関して、構文論、統語論および意味論に関わるより一般的な観点から論点を整理し、最後に本研究で扱いきれなかった複数の問題を今後の課題として示す。