本論文の目的は、制限的関係節の統語構造構築とその意味解釈との相関を明らかにすることである。制限的関係節構造は、関係節及びそれが修飾する主要部名詞句(以下、Head Nominal)を含み、節内には、Head Nominalに相当する空所がある(以下、関係節を四角括弧、空所をeとする)。

(1)                The boy [who Mary saw e yesterday] is my younger brother.

制限的関係節を含む文では、Head Nominalは主節の要素として解釈されると同時に、関係節内の要素としても解釈され、制限的関係節はHead Nominalが形成する名詞句において付加的情報を表わす付加詞であると考えられてきた。本論文では、先行研究の関係節構造の統語分析を網羅的に検討し、経験的・理論的両観点から種々の問題点を指摘した。また、極小主義に基づく生成文法理論の展開(MP)に従い、統語演算により構築される構造の潜在的可能性について考察を行った。更に、この考察に基づき新たな制限的関係節構造を提案し、先行研究では統一的に説明されなかった様々な性質が、自律的な統語演算の帰結であることを明らかにした。

 本論文は、第1章の導入部と第8章の結論、第2章と第3章からなる第I部、第4章から第7章からなる第II部によって構成されている。第I部では、制限的関係節構造の示す性質を記述し、先行研究の分析の問題点を指摘し、それらを解決する新たな統語分析を提案した。第II部では、Head Nominalと関係節の関係が制限的関係節構造とは異なると考えられてきた英語と日本語の副詞的関係節、量的関係節、連体的比較節について、第I部で提案した構造と同じ構造を持つことを明らかにした。以下に、各章の概要を述べる。

 第I部第2章では、制限的関係節構造の統語構造を明らかにするために、英語の制限的関係節構造が示す次のような性質に注目した。(2)は、Head Nominalの一部として再帰代名詞を含む文である。

(2)                The picture of himselfi [that Johni painted e in art class] is impressive.

再帰代名詞は、それをc-統御する先行詞を必要とするが、指標で示される指示的依存関係は、束縛条件Aに律せられる。(2)では、表層の語順では条件Aに違反するように見えるが、実際には、Head Nominalに含まれる再帰代名詞が空所位置で解釈され得るので容認される。一般に、こうした空所位置での解釈は、再構築効果(Reconstruction Effect)と呼ばれる。また従来、関係節はHead Nominalにとって付随的な要素であることも知られている。指示の依存関係において、固有名詞は自身が先行詞にc-統御されてはならないという束縛条件Cに律せられているので、(3)では関係節内のJohnが主節の主語heにc-統御されるために容認されない。

(3)                *Hei bought the picture [that Johni likes e].

(4)は、wh句が関係節を伴い、(3)と同様の指示的依存関係を含む。

(4)                Which picture [that Johni likes e] did hei buy e?

(4)では、関係節内の空所に加えて主節にはwh句の空所がある。(4)が容認可能であることは、主節空所位置ではwh句が関係節that John likesを伴わずに解釈されていることを示す。

 以上の考察は、記述的一般化(5)として述べられる。

(5)      a.       Head Nominalは、主節要素だが関係節内空所位置で解釈され得る。

           b.       Head Nominalは、主節要素として関係節を伴わずに解釈され得る。

従来、(5a)を捉えるためにHead Raising分析が、(5b)を捉えるために付加分析が独立に提案されている。空所位置には前置された要素のコピーが存在すると仮定するMPの「移動のコピー理論」では、再構築効果は、このコピーを解釈した帰結となる。この仮説により、Head-Raising分析では、Head Nominalの再構築効果は関係節内に生起したHead Nominalのコピーを解釈した帰結として説明されてきた。一方、補部とは異なり付加詞は、前置された要素に後から付加され得るという仮説により、付加分析に基づき関係節がwh句の空所位置で解釈されないことが説明されてきた。しかし(6)は、Head-Raising分析でも付加分析でも説明できない。

(6)                Which picture of himselfi [that Johni likes e] did hei buy e?

(6)では、wh句であるHead Nominalのwhich picture of himselfは関係節内の空所位置で解釈されるが、主節空所位置では関係節を伴っては解釈されない。以上の論考により、制限的関係節は、たとえHead Nominalが再構築効果を示すとしても、Head Nominalの付加詞として機能し、制限的関係節構造の統語分析は、Head Nominalが関係節内で生起して繰り上がると「同時に」主節では関係節を伴わずに生起し得ることを保証するものでなくてはならないという知見に達した。

 第3章では、第2章で得た知見に基づき、関係節の付加操作とHead-Raisingの両者を一つの統語構造に取り入れる統合的統語分析を提案した。本論文で提案する付加的関係節からのHead-Raising分析は、Chomsky (2004, 2008)以降のMPの統語演算の体系と、Koopman (1999)やWatanabe (2008)によって提案された精緻化された名詞句の統語分析に基づくものである。MPでは、統語演算として二つの統語的要素の併合(Merge)による集合形成や、統語素性の探査による一致関係の確立(Agree)という必要最低限の操作が想定されている。本論文では、No Tampering Conditionに従って適用される併合操作によって積集合(つまり、共有項)を含む共有集合が形成され得ると主張し、これをShare Mergeと呼んだ。従来、制限的関係節構造を含む文の意味は、共有項を持つ主節と関係節の等位接続によって表されてきた。提示する統語分析では、このような意味表示がShare Mergeによって構築される共有構造から直接的に得られ、統語と意味の相関をより明示的に説明している。また、Head Nominalの共有によって、付加分析を仮定しても再構築効果を説明することができる。ただし、共有構造は発音可能な形に線形化することが不可能となるという問題を孕んでいる。しかし、精緻化された名詞句の統語分析に基づいたHead Nominalの構造分析とその中での機能範疇NumPの自律的な移動によって、この問題は解決されるということを示した。

 統合的統語分析により、(2)-(4)及び(6)における再構築効果に関する事実を統一的に説明することが初めて可能となった。また、Head Nominalの再構築とwh句の再構築は、共有と移動という異なるメカニズムに因ることを明らかにした。(7)は、関係節内の空所位置ejにおいて関係節内で前置された要素whose depiction of Johnのコピーが解釈され、束縛条件Cの違反として不適格な文となっている。

(7)             * I respect any writer [[whose depiction of Johni]j hei’ll object to ej].

しかし、(7)では、主節と関係節で共有されているのはHead Nominalであるany writerのみである。これと同様に、共有項の再構築に関する(8)のような文では、束縛条件Cの違反により文が不適格となることはない。

(8)                I respect any depiction of Johni [hei’ll object to e].

これまで原理的説明が与えられていなかった再構築効果におけるこのような対比も、統合的統語分析において統一的に説明されることを示した。

 第II部では、第I部における統合的統語分析を踏まえて、英語と日本語の副詞的関係節、量的関係節、連体的比較節について、制限的関係節構造を持つかどうかを検討した。従来、これらの三つの構造において、Head Nominalと対応する節内の空所は、第I部で考察した制限的関係節構造と異なり、名詞的でないと考えられてきた。第II部の各章では、(9)に示す二つの問題について検討した。

(9)      a.       Head Nominalと節内の非名詞的空所の関係はどのようにして確立するか。

           b.       これら構文では、日英語間で様々な差異が観察されるが、それらの差異はどのように説明され得るか。

 第5章では、(10)のような副詞的関係節について考察した。

(10)              Lily dreaded the time [that he had to go e].

Inada (2013)の分析を踏まえ、単独で副詞的機能を持つ時間や場所を表わす名詞句の関係節化と、副詞的機能を単独では持ち得ない時間や場所の名詞句の関係節化の異同を明らかにし、副詞的関係節内の統語構造上の空所に相当するのは、音形を持たない前置詞の補部名詞句のみであることを論証した。また、den Dikken (2010)の前置詞句構造に関する提案に基づき、英語の関係副詞whenwhereには内部構造があると主張した。これは、関係副詞が音形を持たないと考えられる日本語においては、あらゆる時間や場所の名詞の副詞的関係節化が可能であるという事実とも一致している。

 第6章では、(11)のような量的関係節について考察した。

(11)              It would take days to drink the champagne [they spilled e that evening].

Carlson (1977)以来、量的関係節では統語的空所は名詞的だが、節内の空所位置で解釈されるのは、Head Nominalの量に関する情報のみであり、制限的関係節とは異なる構造を持つと考えられてきた。本論文では、量的関係節構造について制限的関係節構造と同様の分析をするGrosu and Landman (1998)の提案を検討し、多様な再構築効果により、このような分析が支持されることを論証した。また、量の相同のみを要する日本語の関係節(Half-relative)に関するIshii (1991)の研究を検討し、純粋に量のみを表わす語彙項目(「量」、「数」等)が日本語では充分に名詞的であり、英語とは異なり単独で関係節化され得るという分析を提案した。

 第7章では、(12)のような連体的比較節について考察した。

(12)    a.       John bought more umbrellas [than Mary did (buy e-many umbrellas)].

           b.       John bought a longer umbrella [than Mary did (buy e-long umbrella)].

先行研究における統語分析では、(12a)と(12b)は均一に扱われてきたが、本論文では、(12b)の演算子-変項構造の構築は日本語でも英語でも制限されているという一般化を提示した。更に、精緻化された名詞句の統語分析に基づき、(12a)と(12b)の空所が統語構造上は各々異なる位置に存在することを明らかにし、日英語比較構文間の異同は、各言語でどのような構造構築が許容されるかではなく、Merchant (2001)の提唱する「省略による救済効果」の程度によって説明されるものであると提案した。

 第II部で取り上げた英語と日本語の様々な構文は、第I部で提案した制限的関係節構造と同じ統語演算によって説明される。一方で、これらの構文の様々な性質や日英語間の異同は、各言語においてどのような概念を表わす要素がどの程度名詞として統語演算に参与し得るのかという、語彙的・形態的な相違に基づく変異であることを明らかにした。