隠匿情報検査は,自律神経系反応をもとに,人がある事柄を記憶しているかを調べる方法である。この検査は,参加者が「覚えた」と判断した物と「覚えていない」と判断した物とを識別することができる。しかし,この性質をふまえると,同じ「覚えた」と判断した中でも,本当は覚えていない物を参加者が間違って「覚えた」と判断した場合,本当に覚えた物を正しく「覚えた」と判断した場合と識別できないのではないか,という疑問が浮かぶ。

財津(2012)はこの点について検討した。実験の結果,参加者が「覚えた」と判断したかどうかによって自律神経系反応に違いが見られたが,本当は覚えていない物を誤って「覚えた」と判断した場合と,覚えた物を正しく「覚えた」と判断した場合とでは,自律神経系反応を用いて両者を識別できないことが示された。しかし,財津には,この知見の頑健性,自律神経系反応への隠蔽意図の影響,規準化脈波容積について未検討,という3つの問題点がある。そこで,実験1では財津の問題点を明らかにし,隠匿情報検査が本当に,参加者の「覚えた」という判断しか識別できないかを調べた。

実験1では財津(2012)と同じ手続きを用い,隠匿情報検査では測定指標に規準化脈波容積を加え,さらに検査後に参加者の隠蔽意図を測定した。実験の結果,参加者が「覚えた」と判断した物とそれ以外の物との間に,多くの自律神経系反応において差が見られる傾向が示された。しかし,「覚えた」と判断した中で,本当は覚えていない物と実際に覚えた物との間には差が見られなかった。このことから,財津と同様,隠匿情報検査では本当は覚えていない物を誤って「覚えた」と判断した場合と,覚えた物を正しく「覚えた」と判断した場合とを識別できないことが改めて確認された。また,参加者の持つ隠蔽意図と一部の自律神経系反応との間に関係があることが示され,隠匿情報検査で測定した自律神経系反応は,「覚えたか」という参加者の判断だけではなく,「ある単語を隠そう」という隠蔽意図も反映していたことが示唆された。

実験1より,隠匿情報検査が本当は覚えていない物を参加者が間違って「覚えた」と判断した場合,本当に覚えた物を正しく「覚えた」と判断した場合とを識別できない,という問題が改めて示された。隠匿情報検査は日本の警察において,参加者の事件事実に関する記憶の有無を調べる鑑定として用いられている。この鑑定に上記のような問題のある検査を用いることは,捜査の混乱,犯人の取り逃がし,冤罪など重大な過ちを犯す危険がある。現行の隠匿情報検査とは異なり,実際に以前覚えた物かがわかる検査を用いることができれば,この問題を克服することができる。

そこで,隠匿情報検査の問題点を克服した新たな検査を開発することを目標とし,実験2および実験3を行った。本研究においては,新たな検査開発の前提となる,「実際に覚えたか」を識別可能な自律神経系反応があるかを調べることを目的として,実験を実施した。

実験2は,隠匿情報検査とは違う手続きで記憶テストを行い,学習時に呈示した物かを識別できる自律神経系反応があるかを調べることを目的として,実験を行った。実験2の実験手続きは,記憶と自律神経系反応との関係のみに注目するため,隠匿情報検査の先行研究の2つの問題点である,呈示頻度の偏りによる定位反応の影響と,隠蔽意図の教示による影響を克服した手続きを用いることとした。そこで,実験2では,学習項目と未学習項目の呈示頻度を等しくし,参加者に隠蔽意図を持つように教示せず,また隠蔽するように促すような手続きも用いないこととし,呈示刺激が学習項目か否かを回答する再認課題を用いた。この再認課題を用い,「学習時に呈示したか」と「参加者が覚えたと判断したか」とで自律神経系反応を比較し,「学習時に呈示したか」だけを識別可能な自律神経系反応があるかを調べた。また,再認判断の速さや確信度といった記憶の克明さと関係があると考えられる指標と,自律神経系反応との相関も検討した。相関を検討する際にレンジ効果が生じないよう,刺激間で記憶の克明さにばらつきが生じることが求められた。そこで実験2では刺激に無意味語を用いた。

実験2の結果,瞬時心拍数が,「学習時に呈示したか」だけを識別することができたが,他の自律神経系反応では識別できなかった。一方,記憶の克明さとの相関は見られなかった。しかし,実験2は再認課題が困難であり,記憶があまり克明ではなかった可能性が考えられる。多くの隠匿情報検査の先行研究では,学習刺激の数は1~5個程度の例が多い。しかし,実験2は学習刺激の数が30個であり,さらに無意味語を用いたことにより再認の困難度が高くなっていた。そのため,実験2は自律神経系反応を用いて「学習時に呈示したか」を識別するには記憶が曖昧すぎた可能性がある。そこで,より記憶が克明になるよう,呈示刺激を有意味語に変更し,実験3を行った。

実験3は,呈示刺激を有意味語に変更した点以外は,全て実験2と同じ手続きで実験を実施した。実験の結果,皮膚コンダクタンス水準と規準化脈波容積において「学習時に呈示したか」だけを識別できることが示された。一方,記憶の克明さと自律神経系反応との相関は見られなかった。

実験2および実験3の結果は,「参加者が覚えたと判断したか」を識別した実験1および財津(2012)の結果と矛盾するように見える可能性がある。しかし,自律神経系反応測定時の刺激の呈示頻度の偏りに起因する定位反応,隠蔽意図の影響の二点から,これらの結果は矛盾しない。刺激の呈示頻度の偏りに起因する定位反応については,実験1および財津で用いた隠匿情報検査における自律神経系反応が,呈示頻度の少ない刺激に対する定位反応を反映していたことに由来する。この刺激の呈示頻度の偏りにより,学習時に呈示した刺激と参加者が覚えたと判断した刺激が相対的に呈示頻度が少なく,その結果,定位反応が生じたと考えられる。一方,実験2および実験3では刺激の呈示頻度は,学習項目の数と未学習項目の数,参加者が「覚えた」と判断した刺激数と「覚えていない」と判断した刺激数のいずれを比較しても,偏りが生じていなかった。隠蔽意図の影響に関しては,実験2および実験3では参加者が隠蔽意図を抱くような教示や手続きを用いなかった。一方,実験1および財津では,参加者に隠蔽意図を抱くように教示し,さらに実験1においては一部の自律神経系反応において隠蔽意図との相関が確認されている。このことから,実験2および実験3が実験1および財津と異なる結果となった理由は,自律神経系反応測定時における,刺激の呈示頻度の偏りに起因する定位反応の有無,および,参加者の隠蔽意図が自律神経系反応に与えた影響の有無の二点であったと考えられる。

本研究により,「実際に覚えたか」を識別できる自律神経系反応があることが確認された。本研究では58.18~63.63%の参加者において,自律神経系反応を用いて「学習時に呈示したか」を識別することができたが,その識別性能を見ると十分に高いものではなかった。本研究をもとに自律神経系反応を用いて「実際に覚えたか」を識別するには,十分な注意が必要である。

実験2と実験3は実験手続きが全て同一であり,違いは呈示刺激が無意味語か有意味語かのみであった。そこで,呈示刺激が無意味語と有意味語とで自律神経系反応にどのような違いが生じたかを調べた。分析の結果,瞬時心拍数において有意味語の方が反応が大きかったことが示された。一方,覚醒水準を反映する自律神経系反応には両者で違いがなかったことから,実験2と実験3のどちらか一方の参加者だけが強い眠気を感じていた,などという覚醒水準の違いはなかったと考えられる。

参加者の持つ記憶を調べる際に指標として用いられるものに,主観に基づく口頭報告,再認判断の速さなどの行動指標,自律神経系反応のような生理指標が考えられる。主観に基づく口頭報告は,意識によって制御可能である。行動指標は教示によって意識的な制御を阻止することができるが,参加者が教示に従わず意識的に行動を変えることも可能である。一方,生理指標は上記の指標とは異なり,参加者の意識による影響を受けない。本研究において,皮膚コンダクタンス水準と瞬時心拍数は,未学習項目に対してより賦活した。これは,新奇な刺激に対する定位反応であると考えられる。一方,規準化脈波容積は学習項目に対してより賦活した。これは,隠匿情報検査の先行研究において見られる反応傾向と同様である。規準化脈波容積では新奇な刺激に対する定位反応が生起していたとしても,それよりも大きな反応が学習項目に対して生起していたと考えられる。

今後,新たな記憶検査を開発するため,犯罪場面における記憶の性質の実験的検討,自律神経系反応の識別を容易にする手法の開発,鑑定に適した検査方法の開発の3つのアプローチにより研究を進める。新たな検査を鑑定に用いるには,科学的な手法として確立したものであることが求められる。本研究のような基礎研究の積み重ねにより,隠匿情報検査よりも信頼性および妥当性の高い検査の開発を目指す。