近年、インターネット・コミュニティを中心に、在日コリアンに対する差別的な言説が盛んに流布され、街頭での差別的な街宣・デモも大きな社会的問題となっている。本研究は、心理学的な観点からそのような状況を理解し、改善への道筋を探るための研究である。

 第1章では、まず在日コリアンを巡る社会情勢について概括した。次に、海外におけるレイシズム研究を概観し、在日コリアンに対するレイシズムの研究においても、古典的レイシズム(Old-fashioned Racism)と現代的レイシズム(Modern Racism; McConahay, 1986)ないし象徴的レイシズム(Symbolic Racism; Kinder & Sears, 1981)を区別する意義を論じた。

 第2章では、最もよく用いられるソーシャル・メディアの一つであるTwitter上でのツイート(投稿)を大量に収集して計量テキスト分析を適用し、コリアンに関する言説の特徴を解析した。研究1では、コリアンに関するツイートを収集し、コリアンについての言説は専らネガティブなものであり、古典的レイシズムも現代的レイシズムも頻繁に見られることが明らかになった。また、マスコミが真実を報じていないという不満が見られ、代わって「2ちゃんねる」や「2ちゃんねるまとめブログ」に依存する傾向のあることがわかった。中国人についての言説と比較した研究2、日本人についての言説を検討した研究3において、こうした特徴がコリアンをめぐる言説で特に強いことや、コリアンが日本人にとって最もよく参照される外集団となっていることなどが明らかになった。コリアンに関する投稿は“拡散”を呼びかけるものが多く、また実際に“拡散”されやすいことも示された。

 第3章から第5章では、レイシズムの実体を明らかにするために、大学生サンプルに対する質問紙調査を行い、解析した。

 第3章では、在日コリアンに対する古典的レイシズムと現代的レイシズムの基本的な性質を検討した。研究4では確認的因子分析により古典的レイシズムと現代的レイシズムが区別できる概念であることを示し、研究5で、それらに予測的妥当性と弁別的妥当性のあることを明らかにした。研究4においてはさらに、古典的レイシズムの方が現代的レイシズムに比べて感情的要素が強いこと、女性の方がレイシズムが弱いことを示した。また研究5において、2つの“レイシズム”は単なる事実の反映ではなく、在日コリアンに対する一貫してネガティブな信念・態度を予測し、まさしくレイシズムと呼ぶべきものであることを明らかにした。また、在日コリアンに対するレイシズムは黒人に対するレイシズムを規定する価値観と同じものに規定されており、両者が基本的に相似のものであることを示した。

 第4章では、第3章で作成した古典的レイシズム尺度/現代的レイシズム尺度を用い、メディアとの接触、特にインターネットの使用と、レイシズムやレイシズムの予測要因である保守的イデオロギーとの関係を検討した。研究6では、インターネット、テレビ、新聞との接触と、保守的イデオロギーである社会支配指向(Social Dominance Orientation; Pratto et al., 1994)および右翼的権威主義(Right-Wing Authoritarianism; Altemeyer, 1996)、それに感情温度、古典的レイシズム、現代的レイシズムの関係を検討した。インターネットの使用は、社会支配指向の高さと結びついていた。また、インターネットを使う時間が長いほど現代的レイシズムが強まり、古典的レイシズムも強まる傾向があった。他のメディアは、新聞の講読と右翼的権威主義に相関があった他は、保守的イデオロギーやレイシズムとの関連は見いだせなかった。研究7では、インターネットの使用時間の効果を、目的別、また使用サイト・サービス別に検討した。情報収集目的の利用が社会支配指向を強め、古典的レイシズムも強める傾向があったのに対して、教育・学習目的の利用はそれらを弱めることがわかった。また、コミュニケーション目的の利用は、感情温度を好転させる傾向があった。使用サイト・サービス別では、「2ちゃんねる」の使用が古典的レイシズムを、「2ちゃんねるまとめブログ」の使用が感情温度と現代的レイシズムを、それぞれ悪化させる効果があった。また、メールを読む時間の長さは感情温度を悪化させたのに対し、メールを書く時間の長さは感情温度を好転させた。

 第5章の研究8では、在日コリアンの友人を持つことがレイシズムを緩和する可能性について検討した。在日コリアンの友人を持つという直接接触と、友人の友人が在日コリアンであるという拡張接触について分析した結果、直接接触は男性においてはレイシズムの3指標(古典的レイシズム、現代的レイシズム、感情温度)をともに好転させたのに対して、女性においては効果がなかった。逆に拡張接触は女性においては3指標を好転させたのに対して、男性においては効果がなかった。

 第6章では、研究結果をまとめ、総合的に考察した。コリアンに対するレイシズムにおいても現代的レイシズムを従来の古典的レイシズムと区別することの妥当性が示された一方で、古典的レイシズムも今なお重要であることが示された。したがって、今後は、古典的レイシズムと現代的レイシズムの両側面からコリアンに対するレイシズムへの理解を深める必要があると考えられる。また、本論文で明らかにされたインターネットの使用に関する要因や直接接触・拡張接触の効果について因果関係やメカニズムを明らかにすると共に、レイシズムを悪化させる要因に対処しあるいはレイシズムを緩和するための効果的な方略を探ることの重要性を提言した。