日本語の会話で用いられる文末表現は、男性用と女性用に区別できるものがある。例えば、「日本語って、面白いんだ」の「んだ」は男性用、「日本語って、面白いのよ」の「のよ」は女性用に識別できる。本研究では、このように男性用とされる文末表現を「男性形式」、女性用とされる文末表現を「女性形式」として、それらの違いを「文末形式のジェンダー」と呼ぶことにした。「ことば」は話者の特性を判断する手がかりであり、会話文末表現もその一要素である。本研究の目的は、文末形式のジェンダーが話者の印象に及ぼす影響、及び、文末形式のジェンダーを介した話者の印象形成過程について、社会心理学的視点から明らかにすることである。
文末形式のジェンダーによる印象効果
文末形式のジェンダーが話者の印象に与える影響として、本研究では、文末形式のジェンダー効果、及び、クロス・ジェンダー効果に着目した。文末形式のジェンダー効果は、文末形式のジェンダーに基づいて話者の印象が形成される現象である。この効果により、男性形式を用いる話者は、女性形式を用いる話者よりも男性的な印象を与えやすく、女性形式を用いる話者は、男性形式を用いる話者よりも女性的な印象を与えやすくなると考えられる。一方、クロス・ジェンダー効果は、文末形式のジェンダーと話者の性別が不一致であるほうが、一致しているよりも、文末形式のジェンダーに基づいた印象が形成されやすくなる現象である。この印象効果が生じるメカニズムは、基準値シフト・モデル(Biernat, Manis, & Nelson, 1991; Biernat & Manis, 1994; Biernat, 2006)によって説明できる。このモデルによると、対人認知において、男性性の基準値は男性に対して高く、女性に対して低く設定されるのに対し、女性性の基準値は男性に対して低く、女性に対して高く設定される。このために、男性形式を用いる女性話者は、同じように男性形式を用いる男性話者よりも男性的な印象を与えやすく、逆に、女性形式を用いる男性話者は、同じように女性形式を用いる女性話者よりも女性的な印象を与えやすくなることが予測される。一連の実験では、これらの印象効果がどのような条件下で生じやすいのかを検討した。
本研究のリサーチ・クエスチョンと実験方法
本研究では、(1)文末形式のジェンダーは話者の印象にどのように影響するのか、(2)文末形式のジェンダーが話者の印象に与える効果はどのような要因によって左右されるのか、(3)話者の印象はどのような認知過程で形成されるのか、(4)認知者の個人要因は話者の印象形成にどのように影響するのかという4つのリサーチ・クエスチョンを基に、2つの事前調査と7つの実験を行った。事前調査では、実験で用いる文末表現の分類(事前調査1)と印象評定用の特性語の選別(事前調査2)を行った。これらの調査結果を基に、各実験では、男性形式、女性形式、及び、中性形式(男性形式・女性形式の省略、または区別不可の文末表現)を用いた会話文を作成し、文末形式のジェンダーを操作した。実験参加者は関東及びその周辺地域に在住の大学生で(実験5を除く)、会話文における対象話者の印象評定を行った。そのデータを基に、文末形式のジェンダーや話者の性別等によって、話者の印象にどのような違いがあるのかを統計的に分析した。
実験と考察
文末形式のジェンダーが話者の印象にどのような影響を及ぼすのかを実験1-1と実験1-2で検討したところ、様々な会話場面において文末形式のジェンダー効果やクロス・ジェンダー効果が生じることが示された。また、実験2と実験3-1及び実験3-2では、話者の印象が形成される際に、文末形式のジェンダー特異性(ジェンダーとの結びつきの強さ)や話者の言語行為を操作して、言葉遣いに関する規範がどのように関わるのかについて検討した。対応推測理論によると(Jones & Davis, 1965)、社会的に望ましくない行為は、行為者の内的属性に帰属されやすいため、規範に反して男性形式や女性形式を用いる話者は、その文末形式のジェンダーに基づいた印象を与えやすくなると考えられる。本研究では、男性形式や女性形式の使用に関わる規範として、ジェンダー役割規範、他者配慮規範、及び、調和重視の文化規範の関わり合いに注目した。一連の実験から、男性形式や女性形式の使用について、規範に反する程度が総合的に高いほど、文末形式のジェンダーに基づいた印象が形成されやすくなることが示唆された。
以上に挙げた規範は、話者の印象に単独で影響することもあれば、複数が関わり合って影響することもあった。他者配慮規範では、話し相手の気持ちに配慮することが望ましいとされるため、会話状況によって男性形式(荒っぽく断定的な表現)や女性形式(柔らかく協調的な表現)の望ましさが決定される。この規範に基づいて、文末形式のジェンダーと言語行為の組み合わせが話者の印象に影響することが実験で示された。一方、ジェンダー役割規範では、話者が性別に合った文末表現を用いるように、あるいは、性別に合わない文末表現を用いないように規制されるのに対し、調和重視の文化規範では、会話における調和が重視されるため、断定的な男性形式よりも、協調的な女性形式が望ましいとされる。これらの規範の組み合わせにより、女性性が比較的弱い女性形式を男性話者が使用することは許容されやすく、一方で、男性性が比較的強い男性形式の使用については話者の性別に関わらず社会的評価は低くなるとみられる。この組み合わせに基づいて、文末形式のジェンダーが話者の印象に及ぼす影響は、話者の性別と文末形式のジェンダー特異性によって左右されることが実験で示唆された。
実験4では、話者の印象形成過程で、文末形式のジェンダー情報と話者の性別情報がどのように処理されるのかを検討した。結果によると、話者の印象評定を行った際に、話者の性別情報よりも文末形式のジェンダー情報に対応したジェンダー(男性性・女性性)が活性化しやすいことが示された。このことから、話者の印象形成過程では、文末形式のジェンダー情報が重視されやすく、それに対応したジェンダーが活性化されることにより、話者の男性性や女性性が認知されることが示唆された。この過程により、文末形式のジェンダー効果が生じると考えられる。一方、クロス・ジェンダー効果が生じることからも分かるように、話者の性別情報も印象を決定する要素の一つである。話者の印象は、文末形式のジェンダー情報に基づいて形成される傾向があるが、話者の性別情報は、その話者がどの程度男性的、あるいは女性的と認知されるかを調整する働きをしているとみられる。したがって、クロス・ジェンダー効果は、文末形式のジェンダー情報に対応したジェンダーが活性化する過程と、その男性性や女性性の程度が話者の性別情報によって調整される過程を経て生じると考えられる。
実験5では、認知者の個人要因(居住地域、年齢、言葉遣いに関する考え方)が話者の印象形成にどのように影響するのか検討した。ここでは、主に関東地域在住の学生を対象とした実験3-1を、関西地域在住の学生や関東地域在住の社会人を対象としても行い、そのデータと実験3-1のデータと合わせて分析した。その結果、実験参加者の居住地域や年齢層に関わらず、文末形式のジェンダーに基づいて話者の印象が形成される傾向があったが、男性形式や女性形式を用いる話者と話し相手との関係性の解釈については、その居住地域と年齢層による違いがみられた。また、実験参加者の男性や女性の言葉遣いに関する偏見の程度によって、文末形式のジェンダーを印象手がかりとする程度が異なっていた。このことから、認知者の経験や考え方によって、文末形式のジェンダーが話者の印象に及ぼす影響について共通している部分と共通していない部分があることが分かった。
結論
一連の実験より、話者の印象形成において、文末形式のジェンダーが重要な手がかりとなることが明らかとなった。文末形式のジェンダーに基づいて話者の印象が形成される傾向や(文末形式のジェンダー効果)、文末形式のジェンダーと話者の性別が不一致であるほうが、一致しているよりも文末形式のジェンダーに基づいた印象が形成されやすいことが示された(クロス・ジェンダー効果)。また、話者の印象形成には複数の規範が関わっており、男性形式や女性形式の使用が規範に反する程度が総合的に大きいほど、文末形式のジェンダーに基づいた印象が形成されやすいことも示唆された。このほか、話者の印象形成過程では、文末形式のジェンダー情報のほうが話者の性別情報よりも重視されやすいことや、話者の性別は話者の男性性や女性性が認知される程度を調整する働きをしていることが示唆された。さらに、文末木式のジェンダー効果は、認知者の居住地域や年齢層の違いに関わらずみられることも分かった。一方で、話者と話し相手の関係性に関わる解釈や文末形式のジェンダーを印象手がかりとする程度等、認知者の経験や考え方が話者の印象形成に影響する部分があることも示唆された。
本研究の限界点と今後の課題
本研究では、実験手続きに制約があったため、得られた知見が一般の印象形成過程に当てはまるとは言い切れない。実験では、話者の情報を会話文等の文字によって提示し、話者の特性を判断するという課題を行ったために、話者の性別よりも文末形式のジェンダーが特に注目されやすい環境であった可能性がある。したがって、話者に関する情報の種類や提示方法を変える等して追試を行い、文末形式のジェンダーを介した話者の印象形成についての知見を一般化していくことが今後の課題である。