「自らを知る」機能を果たす自己認知システムと、「自らを動かす」機能を果たす自己制御システムの間には、どのような相互作用が成り立っているのか。本研究は、自己認知システムが自己制御システムに対してフィードバック効果をもたらすという関係性に着目した。すなわち、自己認知システムにおいて自己の現状がモニタリングされ、その情報が自己制御システムにフィードバックされることにより、目標達成行動や関連する動機づけ・感情などがコントロールされるという関係性である。本研究では、両者の関係性は状況に応じて柔軟に変化するという観点から、どんな場合にどんな関係が成り立つのかについて系統的な予測が立てられるようなモデルの構築を行った。

モデルを構築するための理論的枠組みとして、制御焦点理論(Higgins, 1997)を用いた。この理論の特徴は、質的に異なる快/不快の状態に対する接近と回避は独立した自己制御システムによって司られていると主張したことである。ひとつのシステムは促進焦点と呼ばれ、利得の存在に接近し、利得の不在を回避するような自己制御(利得接近志向)を司る。もうひとつのシステムは予防焦点と呼ばれ、損失の不在に接近し、損失の存在を回避するような自己制御(損失回避志向)を司る。

この制御焦点理論の枠組みを用いて、自己認知システムと自己制御システムの相互作用関係について新たなモデル化を試みた。以下にモデルの概要を説明する。促進焦点の場合は自己観のポジティブさ、すなわち自らのポジティブな属性(優れたところ・長所・利点など)の多少に注目して自己の現状をモニターする。このとき「自分には優れたところがたくさんある」などというように自己観のポジティブさが高かった場合は、現在の自分は理想自己に近いこと、あるいは順調に近づきつつあるという好ましい進捗状況がフィードバックされることによって、将来的な成功可能性が高く見積もられるため、促進焦点のシステムは利得接近志向を強く示すようになるだろう。一方、「自分には何も良いところがない」などというように自己観のポジティブさが低かった場合には、好ましくない現状がフィードバックされ、将来的に利得を手に入れられる可能性が低く見積もられるため、利得接近志向は抑制されるだろうと考えられる。一方、予防焦点の場合は自己観のネガティブさ、すなわち自らのネガティブな属性(劣ったところ・短所・欠点など)の多少に注目して自己の現状をモニターする。もし「自分には劣ったところがたくさんある」などと自己観のネガティブさが高くなれば、それは望ましくない基準に近いことや、不達成状況にあるといった劣悪な進捗状況がフィードバックされることによって、損失を被ってしまう可能性が高いと認識されるため、それを避けるべく予防焦点のシステムは損失回避志向をいっそう強く示すようになる。一方、「自分にはあまり欠点がない」などと自己観のネガティブさが低かった場合、それは望ましくない基準から遠く離れており損失の危険性が低いことを意味するため、むやみに損失回避行動を取るのではなく、むしろ抑制するだろう。このモデルを「自己観のフィードバックモデル」と名付け、8つの研究によって検証した。

第Ⅰ部(研究1~4)では調査研究が行われ、自己観の感情価と制御的志向性の強さの間にどのような相関関係が見られるかを検討した。モデルから導かれた予測は、概念仮説Ⅰa「自己観がポジティブであるほど、利得接近志向が強いだろう」と概念仮説Ⅰb「自己観がネガティブであるほど、損失回避志向が強いだろう」であった。まず研究1では制御的志向性を測定するための尺度開発が行われ、その尺度を用いて研究2, 3, 4において仮説の検証が行われた。結果、3つの研究を通じて両仮説が支持された。研究2では、自尊心と制御的志向性の相関関係を分析したところ、自尊心が高い人ほど接近的志向性を強く示し、逆に自尊心が低い人ほど回避的志向性を強く示すことが明らかになった。研究3では、自己観のポジティブさとネガティブさをたがいに独立した次元として測定したところ、自己観のポジティブさは利得接近志向性と正相関するものの、損失回避志向とは相関せず、自己観のネガティブさは損失回避志向と正相関するものの利得接近志向とは正相関しないという予測どおりの結果が得られた。研究4では、回答者が自己について自由記述した内容のポジティブさ/ネガティブさを自己観の指標として研究3の概念的な追試を行ったところ、研究3と同様の結果が再現された。

第Ⅱ部(研究5~8)では、制御焦点の活性化および自己観の感情価を実験的に操作することによって制御的志向性の強さにどのような影響がもたらされるかを検討した。モデルから導かれた予測は、概念仮説Ⅱa「促進焦点の活性化が利得接近志向を強める効果は、もし自己観のポジティブさが高ければ増進されるが、逆にポジティブさが低かった場合には抑制されるだろう」と概念仮説Ⅱb「予防焦点の活性化が損失回避志向を強める効果は、もし自己観のネガティブさが高ければ増進されるが、逆にネガティブさが低かった場合には抑制されるだろう」であった。研究5と研究6では「制御焦点の活性化」と「自己観」という2つの規定因のうち前者の方だけを実験的に操作し、後者については尺度測定を行うことによって、制御的志向性との相関関係を分析した。その結果、促進焦点を活性化した条件では自己観のポジティブさが高いほど利得接近志向が強いという相関関係が示されたが、予防焦点を活性化した条件では両者が相関しないことが明らかになった。一方、予防焦点を活性化した条件では自己観のネガティブさが高いほど損失回避志向が強いという相関関係が見られたが、促進焦点を活性化した条件では両者が相関しなかった。すなわち、概念仮説Ⅱa, Ⅱbが共に支持された。研究7と研究8では、モデルに含まれている2つの規定因(「制御焦点の活性化」と「自己観の感情価」)をいずれも実験的に操作し、両者が交互作用的な影響を及ぼすことについて検証した。研究7では、予防焦点を活性化したときには自己観のネガティブさを高めた方が損失回避傾向を強く示すという結果が得られ、概念仮説Ⅱbが支持された。一方、概念仮説Ⅱaは支持されなかったため、研究8において手続きを変更して再検討した。変更点は、従属変数を制御的志向性(利得接近志向/損失回避志向)ではなく、結果期待(楽観的期待/悲観的期待)という変数に替えたことである。これらの変数は目標達成過程において密接な連携関係にあると考えられることから、結果期待という変数にも「自己観のフィードバックモデル」が適用可能であると推察された。結果、促進焦点を活性化したときには自己観のポジティブさを高めた方が楽観的期待を強く示すという結果が示され、概念仮説Ⅱaが支持された。つまり、本モデルは制御的志向性の強さを予測できるばかりではなく、楽観的予測という新たな要因の予測にも適用できる可能性が示唆された。ただし、概念仮説Ⅱbについては支持されなかったことから、今後も手続きの改善やモデルの洗練を加えつつ更なる検討を進めていくことが必要であろうと考えられる。

上記8つの研究結果を総合的に考察すると、「自己観のフィードバックモデル」は概ね支持され、自己観の感情価がフィードバック効果をもたらすことによって自己制御システムは目標達成における志向性を調節することが示唆された。

以上のように本研究は、自己認知プロセスと自己制御プロセスのあいだにどのような相互作用があるのかという問題に対して、自己認知システムがフィードバック機能を果たすことによって、自己制御システムは柔軟に目標達成行動を調整できることを明らかにした。すなわち、自己観のポジティブさやネガティブさが適度に変動することは、状況に応じた柔軟な行動調整に役立っており、結果として効率的な目標達成を実現させているという可能性が示唆された。