ラカンが、精緻かつ難解である自らの理路を破綻させているところは三つある。象徴的かつ想像的な「鏡」と、象徴的かつ想像的な「ファルス」、そして大他者=女性の享楽と呼ばれるものがそれである。この三つの問いを再発見し、法・宗教・制度の問いとして引き受けていったのがピエール・ルジャンドルであり、その理論から引き出されてくる結論はきわめて重要なものである。しかし、ラカンおよびラカン派の視点、ひいては精神分析・社会学・人類学の視点をその根本概念から批判している後期のミシェル・フーコーが、実はラカンばかりかルジャンドル自身をも直接批判しているという事実がある。その批判は、むろんラカンとルジャンドルの盲目を示すものだが、しかし逆説的にフーコー自身の盲目をも明らかにしてしまっている。フーコー自身の晩年の理論がみずから動揺を被り矛盾を来していくのはこのためである。フーコー自身のテクストの読解からそれを論証する。そして、フーコー自身の晩年の理路から引き出されてくる最後の結論が、実はラカンとルジャンドルの理論と深い場所で共鳴するものであることを論証し、この三人がある統一的な視点を共同で提出していることが示される。

第一部ジャック・ラカン、大他者の享楽の非神学
まず、出発点として想像界と象徴界の理論を取り扱う。想像界から象徴界へ。彼の理論のこの道筋を精密に追うことによって、初期の鏡像段階論がそれだけで「精神分析の密室」をはみ出すものを含んでいることを示し、かつ象徴界が「パロールの象徴界」(協定の象徴界)と「ランガージュの象徴界」(機械の象徴界)に区分されることを示す。さらには、実は想像界と象徴界がまったく同一の構造を持ち、重複するものであることを(想像的同一化と象徴的同一化、自己イメージとトレ・ユネール、嫉妬の弁証法と欲望の弁証法、小他者の「死の筆触」と大他者の「死の姿」等々)、また象徴界の構成要素であるシニフィアンも想像界の構成要素であるイメージも、決定的な不均質性を持っている概念であることを立証する。
そこから想像的でも象徴的でもある〈鏡〉の概念が導出される。つまり、〈鏡〉とは超越論的な機能を持つ「装置」であり、シニフィアンとイメージと相互浸透から組み立てられた「モンタージュ」である。このような〈鏡〉は単なる道具ではなく、「詩的な閃光」「隠喩」としての「主体」を産出する。
次に彼の「現実界」と、「現実界」概念と切り離すことのできない「享楽」について論じた。ラカンの「享楽の分類学」とも呼びうる論旨を精密に跡づけることによって、「絶対的享楽」(殺人と近親姦の享楽)と区別されるべき「ファルスの享楽」と「対象aの剰余享楽」を導き出した。また前者が二つに分離さるべきものであることを論証した。つまり、「器官」としての「象徴的ファルス」の享楽と、「権力の屹立する象徴」としての「象徴的・想像的ファルス」の享楽である。二種類のファルスと対象a、それは享楽のレギュレータであり、享楽を馴化する役目を果たしている。
最後に、ラカン自身が打ち立てた「享楽の分類学」の一分類でもあるが、ファルスの享楽および対象aの剰余享楽を「超過する」特性を持つ「女性の享楽=大他者の享楽」を論じた。ラカンのセミネールの出席者たるミシェル・ド・セルトーの理論を援用し、元々「偶然性」の相のもとにあるとされている現実界に属する「女性の享楽=大他者の享楽」が、根本的な「社会を定礎する享楽、〈テクスト〉を創出する享楽」であることを示した。また、女性の享楽の概念化におけるラカン自身の「婚姻神秘主義」への言及が、実は彼の理路全体を、とりわけその形式主義的な言語論を揺るがすものであること、彼自身の精神分析の数学化を転覆するものであること、そしてそれ以上に「精神分析の歴史的臨界」を露呈させるものであることを指摘した。ラカンは、もっとも自身が重視した論点において、自ら自身の理路を破綻させたのである。そして、ここにこそラカンの真の可能性があると筆者は考える。

第二部ピエール・ルジャンドル、神話の厨房の匂い
第二部では、ラカンの批判的弟子にして「ドグマ人類学者」ピエール・ルジャンドルが論じられる。筆者は、ラカンが断片的に指摘するのみに留まった重要な二つの論点を、彼が引き受けていったと考える。その二つの論点とは、象徴界と想像界の「相互浸透」に寄って立つ「モンタージュ」としての「象徴的かつ想像的な〈鏡〉」であり、また同じくこの「相互浸透」に依拠する「象徴的かつ想像的なファルス」の作用である。ルジャンドルは、精神分析を「西洋キリスト教規範空間」の歴史的な一形象として相対化しながら位置づけつつ、この二つの論点を社会的・宗教的なものの核心にある「ドグマ」およびその効果として引き受けた。ドグマとは感性的(美学的)・政治的・論理的・無意識的な複数の意味合いを持つ豊穣な語彙であり、この語彙によって精神分析の問いをより広大な社会野における「系譜原理」の問いとして把握することが可能になる。「根拠律」の問題、「父」の問題、「儀礼」の問題、「分割原理」の問題、「中世解釈者革命」の問題についての彼の独自の考察を精緻に追うことによって、われわれは「テクスト」の客観的な表象、つまり情報の器としての「テクスト」という概念化が歴史的な産物でしかなく、それ自体「政治的」かつ「美学的」なテクストの営みの多種多様なヴァージョンが存在することを理解する。逆に言えば、情報論的なテクスト概念も、制度的なテクストの案出と反復の営みとして、トーテムや儀礼のダンスがそう言われるような「野蛮さ」を免れることはない。「ひとは〈法〉とダンスしにやってくるのだ」(ルジャンドル)、おそらくは「熱狂的に」(ブランショ)。あえていうなれば、根拠律は芸術である、ということになるだろう。彼が「博打」「賭場」という比喩を繰り返し用いて語るこうした制度のテクスト的な案出と反復の次元には、終わりなき創造性という要素、そして創造性と結びついた偶然性という要素が見てとれる。そこで必然的に理解せざるを得ないこと、それは「世俗化」という概念の相対化であり、系譜権力の担い手としての「国家」の期限の問題である。すると、どうしても次のようになる。「われわれが宗教と呼ぶもの」が負ってきた根拠律と〈鏡〉の機能の、そして系譜原理の論理的機能の案出と反復の必要性は、消失することがない。ゆえに国家の消滅は解放ではない。そして歴史の終わりは存在し得ない。

第三部ミシェル・フーコー、生存の美学の此岸で
ピエール・ルジャンドルおよびジャック・ラカンを名指しで批判しているミシェル・フーコーの後期理論(一九七四年からその死にかけて)を詳細に辿った。法・主権権力に「取って代わる」べきものとしての規律権力の提起、「戦争」「人種主義」の言説分析から来る「生政治(生権力)」概念の提起を年代順に、個別研究ももゆるがせにせず追うことによって、彼自身が設けた主権権力・規律権力・生権力の区別が彼自身の手によって動揺を被った(その動揺を示すものこそが彼の「統治性」概念である)ことを見る。そして、その「区別の動揺」が、現今の理解に反して、実体化された生政治的形象を導出するものではなく、あくまで変革の可能性を胚胎する人工物としての「統治性」を強調するものであることを証明した。つまり、現今の自称フーコー主義者の考え(社会学主義、リベラリズム、倫理、自由と環境、等々)の多くは、前もってフーコー自身に批判されているということである。また、彼の晩年の「イラン革命の政治的霊性」「生存の美学」概念を彼自身が否定していることを示し、その否定、拒絶が彼自身の理路の決定的な蹉跌を示すものであることを指摘した。フーコーは、そのルジャンドル批判(「権力と戦略」)において、明視とともに盲目を示している。その明視によってルジャンドル・ラカン両名がなし得なかったような偉大な分析をなし、その分析のなかで不意にルジャンドルやラカンの理論と一致する瞬間を迎えもした。が、またその同じ批判に内在する盲目から、自らの理路を混迷させ、袋小路に迷い込ませてしまったのである。

そして結論では、ジル・ドゥルーズのフーコー論、初期の理論的な著作『知の考古学』に力点を置く見方を引いて、言表可能性と可視性の分離(その由来はブランショにある)およびその偶然の結合の結果としての「第三者」を論ずる。フーコーは、規律権力の分析を行った当時から「言説」の水準と「可視性」の水準の齟齬を指摘していた。語られているものと行われているものとの齟齬であり、意図や目的と結果の齟齬である。この齟齬が歴史の直中で織りなす偶然の案出の組み合わせが主体を生産する過程を、彼は長く分析したのだった。そこから、相互の批判を超えて、フーコー、ラカン、ルジャンドルの視点をすべて包摂するような或る理論的水準を提示可能であることを示す。その理論的水準とは、ラカンが示した「過渡の形象」としての「女性の享楽」と、ルジャンドルが繰り返し「テクスト」「モンタージュ」という用語で示したものとを、そしてフーコーが「ダイアグラム」「装置」という語彙で提起したものを、あるいはブランショが「夜」と「外」という言葉で言い表したものを、そしてドゥルーズ=ガタリが「アレンジメント」と呼んだものを、さらにはドゥルーズが「概念=妊娠」の問題系をもって呈示したものを、一挙に結びつけるものだ。それは、個人としての主体と法人としての主体を「結果として」出現させる、終わりなき歴史の創造性と偶然性の水準である。