本論文は、日本の中高齢者の友人関係について、その情緒的機能を明らかにすると共に、友人関係と主観的幸福感との関連及び関係継続・発展に関わる要因を検討し、日本の中高齢者にとっての豊かな友人関係とは何か、という問いに取り組んだものである。

従来の友人関係に関する研究は、欧米での幼少期から青年期前期を対象としたものに偏ってきた。また日本の中高齢者の対人関係は家族関係を中心に検討されており、人々がいかなる友人関係を築き、その関係から何を得ているかはほぼ未開拓の課題であった。家族の縮小と高齢者の自活が進む現在、友人関係が中高齢者の生活に果たす役割は拡大しつつあると考えられる。本論文では、日本の中高齢者が営む友人関係について多角的に実証研究を重ねることで、中高齢者にとって適応的な友人関係とはいかなるものかを明らかにすることを試みた。

具体的には1)日本の中高齢者の友人関係の構造的、機能的特性の解明、2)友人関係と主観的well-beingとの関わりの検討、3)友人関係の継続・発展に関わる要因の検討、という課題を設定し、中高齢者の友人関係のあり方と働きを包括的に捉える研究枠組みの構築を目指した。研究対象の年齢および関係をとりまく状況の相違が友人関係にいかに反映されるかの予測にあたっては、CarstensenのSocioemotionalSelectivityTheoryを基盤とし、人々は加齢に伴う個人および状況の変化に応じ適応的に対人関係を選択、構築しているという立場からの検討と解釈を試みた。

研究1では社会調査データの二次分析により青少年およびアメリカと日本の中高齢者の友人関係の特性を比較した。また研究2の社会調査では他の対人関係と友人関係を比較し、友人関係の独自性の検討を行った。結果、日本の中高齢者の友人関係が従来の知見と共通する特徴を有する一方で、接触頻度が低く従来友人の機能とされていたものに当てはまらない関係が少なからず存在することが明らかになった。そこで研究3ではイン・デプス・インタビューにより中高齢者の親しい友人関係の情緒的機能を探索した。その結果、従来議論されてきたコンフィダント、コンパニオンとしての機能に加え、情報を提供し社会的刺激となる、社会的役割から一時的に解放し気分転換の場を提供する、過去の自分と現在の自分を繋ぐ錨となる、という5機能を持つという仮説を生成した。続いて研究4では量的質問紙調査によって、友人の機能が5つの下位概念からなるという因子構造モデルの妥当性を示した。特に「気分転換」と「自己の確証」機能が低接触関係で高いことを示し、日本の中高齢友人関係を理解する上での鍵となる概念である可能性を示した。
研究5の調査では、友人関係と個人の主観的well-beingとの関わりを検討し、親しい友人が多く多様であるほど、機能も多様に充足され、主観的well-beingが高まるというモデルを検討した。また、友人関係の機能と主観的well-beingとの相関が高齢層および家族サポートの低い層で一貫して見られたことから、今後日本で増加すると考えられる独居高齢者にとって特に友人関係が重要な存在となることが示唆された。
最後に親しい友人関係の継続、変化に関わる要因の検討を行った。研究6では、現在ある関係の継続について、それまでのつきあいの長さと多様な機能の提供が、関係の代替不可能性を高めることで継続が促されるというモデルを検証した。また研究7では高齢者対象のパネル調査を二次分析し、主観的健康状態の向上と社会活動団体への加入が、新たに親密な友人関係を構築する可能性を高めることを明らかにした。

本論文が友人関係研究にもたらした貢献は、第1に従来の友人研究では軽視されてきた「接触頻度が低いが情緒的に親密な友人関係」に注目しその機能を提案したことである。従来は頻繁に接触のある関係とそのサポート交換機能が重視されてきたが、本研究は日本の中高齢者を研究対象とすることで、既存の友人関係研究の知見を相対化し新たな友人像を提案すると共に、サポート概念で捉えきれない機能を提案した。第2の貢献は、SocioemotionalSelectivityTheoryの「状況の変化に応じた対人関係の適応的な選択」という視点を友人関係の説明に用いたことである。一連の結果から、友人関係のあり方、働き、関係発展過程を理解するのに一貫してSocioemotionalSelectivityTheoryの考え方が有効であると考えられた。また本論文の当理論に対する貢献としては、加齢とそれに伴う状況の変化が、親しい友人関係の機能にも変化をもたらす可能性について検討し、対人関係の量的な変化にとどまらず質的変化を理解する上でも当理論が有効であることを提案した。

今後に残された課題は、得られた知見の一般化をすすめる研究を重ねると共に、ソーシャル・ネットワーク全体として対人関係の働きを捉える研究と本研究の知見を組み合わせ、中高齢者にとって豊かな対人関係とはいかなるものかという問いを追求することである。