転変とどまるところを知らない現代中国では、もはや閉鎖的な政治システムと計画経済の下に生まれた中国マスメディアをそのまま温存する社会的基盤が失われつつある。本論は、マスメディアの変容と社会の変動という相互作用関係に立脚して、改革開放以降の中国マスメディアの発展に対する綜合的な理解を深め、そして中国マスメディアの発展は果たしてメディア自身の「情報の自由化」、「言論の自由化」を達成し、さらには、その発展が中国の民主主義社会の実現につながる可能性があるか否かを分析、予測することを目標としている。
第一章では、中国マスメディアの発展を巡るこれまでの先行研究を概観し、伝統の規範理論の限界を指摘した上で、中国の現実に当てはまる、有用な分析の枠組みの構築を試みた。本章では、「社会体制の超克」を前提とする比較研究に基づいて、中国マスメディアの発展に極めて示唆的な意味を有する「台湾」と「シンガポール」に照準を合わせ、それぞれのマスメディアの発展を比較のための下位モデルとして析出し、定義することによって、中国の現実を分析するための基本的なファクターを「市場自由」、「政党統制」と「社会」の三要素に集約し、その相互関係の把握に努めた。
第二章においては、中国経済発展の中核的要素である市場メカニズムの展開に着目し、中国における市場経済の発展を「形成期」と「成熟期」という二つの段階に分け、それぞれの段階における中国マスメディアの市場化の「適応的変容」と「融合的変容」の実質について論じている。さらに、市場経済の発展とマスメディア変容の連動図式の実態を分析した上で、それがマスメディアの「情報の自由化」「言論の自由化」という質的変容を引き起こす可能性があるか否かについて考察を加えた。
第三章においては、「上からの民主化」とされる「政治体制改革」とマスメディアの発展の相互関係について論じている。この章では、マスメディアに対する個人指導者の指導理論、統治政党としての共産党の性格変容、及び国家統治システムとしての政治制度の変化などの側面から考察を加えた。また、メディアの民主化に対する「下からの能動的自主的要求」として、送り手の意識変容の実質とその限界性について指摘した。
第四章においては、中国社会自体の変化、すなわち、受け手の性質的な変化とマスメディアの発展の相互関係について論じている。本章では、特に社会の成層化に重点を置いて、各階層とマスメディアの利用支配関係に形成された普遍的な特徴と特殊性を指摘した。さらに、高度情報化社会の到来がマスメディアの発展に与える影響についても分析した。
そして最終章の第五章においては、比較選定対象との比較を通じて、「中国的な」マスメディアの発展の内実を再度整理したうえで、「中国モデル」の提示をし、その行方について筆者なりの展望を試みた。
経済の政治化と政治の経済的依存が進む環境下で、中国マスメディアは終始「市場自由」と「政党統制」という二つの相反するベクトルに作用されている。しかし、その民主化への移行を考える場合、非主流メディアの形成、中間層の成熟、社会的矛盾の拡大、支配エリートの分裂などの要素も加味する必要がある。
イデオロギーの影響力が色あせた中国マスメディアの発展モデルは究極的に言えば、実用主義的モデルである。それは、ソビエト共産主義モデルから完全に脱皮していないにもかかわらず、権威主義モデル、自由主義モデルと社会的責任モデルを縦断するハイブリッドな側面をすでに強くあらわしている。
これまで「抑圧的な開放」を特徴としてきた中国マスメディアの変容は、商業化、市場化、地方分権化、グロバライゼーションの更なる進展などの要素によって、非政治生活領域において、より多くの自由を手に入れることは可能である。つまり、将来的には制度的な民主化が実現されなくても、マスメディアの変容における「民主化なき自由モデル」の形成は必ずしも机上の空論ではないと、筆者は展望している。