本稿では、米国の労働市場の変容過程を分析すると同時に、情報化の進展と市場からの圧力による企業統治の変化が、米国の雇用システムにどのような影響を与えてきたかを検討した。その内容は、以下のようにまとめることができる。
米国の労働市場では、1980年以降現在に至るまでの間に、ホワイトカラーの雇用状況が急速に悪化した。同時に、企業がより柔軟な雇用形態を求めた結果、従来の正社員とは異なる形態の非正規雇用労働者が登場した。また、この1980年代以降、労働者の賃金格差が大幅に拡大した。所得の高い上位のグループは実質賃金が一層上昇したのに対し、中位および下位のグループの実質賃金は低下している。上位とそれ以外のグループの格差が広がっているのである。さらに、この20年の間には、雇用保証が大幅に低下した。従来安定的であった高学歴で管理職のグループもその例外ではない。すべての労働者の間で、雇用に対する不安が高まってきたのである。
米国において情報化が雇用に与えた影響としては、以下の点が挙げられる。情報化には、雇用創出効果と雇用代替効果の両方があるが、情報化の進展により新しい産業が次々に誕生した1990年代後半には、前者が後者を上回り雇用が増加した。しかし、その一方で、情報化により、要求されるスキルのレベルが低くなる脱スキル化現象と、逆に、要求されるスキルのレベルが上がるアップ・スキル化現象が、同時に進行している。より高いスキルを要求される職への需要と賃金は上昇し、低いスキルしか要求されない職の賃金は低下する。つまり、情報化の進展が、賃金格差の拡大を引き起こしているのである。また、情報機器により多くの事務業務が代替あるいは効率化され、中間管理職が削減された。その結果、ごく少数の管理職とそのほかの従業員というように、企業内において二極分化が進み、組織がフラット化した。
米国の企業統治の変化が雇用に及ぼした影響としては、以下の点が明らかとなった。機関投資家の影響力が増大したことにより、企業経営がより株主の利益を重視する株式市場志向型に変化した。その結果、雇用のあり方も変化した。企業内部の労働市場が、外部の労働市場と株式市場の影響を直接受けるようになり、同一企業内で働く労働者の給与格差が個々人の能力の差を反映し拡大していった。また、各労働者の給与の中で、当人の業績、あるいは、当人が属するチーム、企業全体の業績に連動する部分の割合が拡大し、以前は企業が負っていたリスクが各労働者に転嫁されるシステムが定着していった。
日本でも、米国の後を追うように、急速に情報化が進展している。また、近年、株式市場からの圧力が急激に高まり、多くの企業が経営を市場志向型へ転換しつつある。その結果、日本企業の多くは、市場からの圧力のもとで、業績重視の給与体系を導入し、非正規雇用の拡大など、柔軟な雇用システムの構築を進めている。米国で生じた賃金格差の拡大と雇用保証の低下は、すでに始まっているのである。この動きが進めば、日本企業で働く労働者の間でも、中核となる一握りのグループとその他のグループに二極分化する可能性が高いことを示した。