本論の目的は、アポリネールの表象理論の探究にある。これは、我々は同時代の前衛美術との関係に問題を局在化せず、古典古代以来の文芸、芸術が表象術として理解されてきたという認識に立って、アポリネールの「新しい」芸術観を思想史的な観点に立って見直そうとする我々の基本的態度を示している。「鏡」及び「異端」は、その目的に添って採用する二つの視点を表している。
言語と視覚の交錯地点である「鏡」のテーマは、アポリネールの表象(representation)に対する考え方を映し出す存在でもある。つまり、「鏡」というテーマは、単なる詩的モチーフである以上に、彼の創作活動を理論的に支える大きな柱の一つであると我々は考える。他方、「異端」というテーマは、作品中で「神の似姿」、「類似性」、「詩的創造」といった概念と密接に結びつくテーマとして特権的な位置を与えている。つまり「異端」というテーマは、宗教的観点と同時に、表象という観点から読み直すことができると考えられる。
我々は、第Ⅰ・Ⅱ章を通して、アポリネール作品の中で表象される鏡を対象に解析を行う。鏡の表象をめぐる様々な時空間表象の壊乱を確認し、地理的、時間的なあらゆる他の同一性が破壊された後もなお、詩句中における鏡の表象を機能させ、最終的に作品全体を鏡の表象とする、アポリネールの詩的手法(特に、鏡の表象に見られるイメージの換喩的置換)を析出する。
第Ⅲ・Ⅳ章で展開する神話および宗教面の議論は第一に、第Ⅱ章までの考察を、神話、宗教の側面から裏付ける作業である。すなわち、鏡の神話や宗教的側面に関しても、アポリネールの恋愛詩に見られる自己投射と恋愛的対面の混在状況が、同じく認められることを示す。かくして、ナルシス神話等に象徴される、鏡像を決して捕まえることができない把握不可能性が、アポリネールの恋愛詩で詩人が鏡の恋人を相手にして陥る愛の不幸を象徴し、寓話化する存在であることが確認される。さらに、第二点として、死と再生の通過儀礼に着目し、神話や宗教が、詩人による詩的創造の寓話でもあることを論証する。
このように、「鏡」および「異端」という視点に沿ってアポリネール作品の表象問題を考察した後に、それらを総合する視点を獲得するために、我々は第Ⅴ章、第Ⅵ章で、アポリネール表象理論の全体像を、「類似性」および「実在」という表象理論の根本問題を通して明らかにする。第一に、実在するものに依拠する表象理論全般に対する批判的態度をアポリネールの議論の中に見出す。また第二に、「神の似姿」と「神人同形論」という神の表象に関する二つの考え方、そして、創造神による被造物の創造という図式を手掛りにして、創造行為における因果関係の逆転、実在と非実在の逆転を通してアポリネールが獲得したと考えられる「新しいレアリスム」、彼独自の創造する詩人像を明るみに出す。
アポリネールにとって、創造神である詩人は、作品の上に自己像を映し出す存在であるが、同時に、神無き世界において、創造神に代わり、作品上で虚像、偽の神として映し出される存在でもある。すなわち、創造と生成を巡るアポリネールの思索は、"神を対象とした表象"と"神による表象"という先史古代以来の二つの神的表象のあり方を同時に引き受け、表象問題の根本に横たわる互いの矛盾、撞着を突き合わせた上で、それらを解消する「新しい」第三の表象理論、表象すると同時に表象される鏡の表象理論を志向したと評価することができるのである。