音声言語は対人コミュニケーションの主要な手段の1つである。音声には音素記号で表されるような分節音に加えて,音の高さ(ピッチ)・大きさ・長さなどの特徴(韻律)が含まれる。韻律は,単語の識別,感情伝達,音声の分節化,統語解析などの機能をもつ。本研究では,韻律に関連したパラメータのなかでも,とりわけピッチが果たす役割に着目した。ピッチがコミュニケーションにおいて十分に機能するためには,ピッチ情報の短期的保持というプロセスが不可欠であると考えられるが,このプロセスについては,分節音と比べると明らかにされていることは非常に少ない。また,音声言語のみならず,音楽においてもピッチは重要な役割を果たしている。
そこで本論文では,二重課題法を用いて,音声言語と楽音のピッチ保持に関する7つの心理学的実験をおこない,得られた結果を共通の枠組みで整合的に説明することを目的とした。情報の保持には,受動的な貯蔵と能動的なリハーサルという2つの側面があるが,本論文ではリハーサルを中心に検討した。
第2章では歌唱音声を用いて,楽音のピッチリハーサルについて検討した。実験1では構音や描画はピッチ保持に干渉せず,ピッチリハーサルが分節音リハーサルや視空間リハーサルとは独立していることが示唆された。実験2では,発声を伴わないピッチ生成がピッチ保持に干渉するとの結果が得られ,ピッチリハーサルは運動的表象を利用しておこなわれることが示唆された。実験3では,リハーサル可能な条件において,長いメロディより短いメロディの記憶成績が高いことが示され,分節音と同様に,ピッチリハーサルも系列的に実行されることが示された。
第3章では,音声言語のピッチリハーサルについて検討した。自然音声刺激,LPF音声刺激,加えて比較対象として楽音刺激の保持を一次課題とし,並行しておこなう二次課題に含まれる構音成分,感覚入力成分,ピッチ変化成分がそれぞれ干渉するかどうかを検討した。その結果,感覚入力成分はピッチ保持と干渉せず,受動的貯蔵以外に能動的なリハーサルが存在する可能性が示唆された。また,構音成分はLPF音声や自然音声のピッチのみの保持とは干渉しなかったことから,音声言語のピッチリハーサルは分節音リハーサルと独立していることが示唆された。また,ピッチ変化成分はLPF音声のみならず楽音のピッチ保持とも干渉し,音声言語と楽音のピッチリハーサルが共通している可能性が示唆された。
第4章では,母語音声の語彙的韻律の保持について検討した。日本語音声のピッチ変化のうち,語彙的韻律であるピッチアクセントは,単語の識別に利用されるという点で特別な機能をもつ。したがって,語彙的韻律は他の韻律とは異なった処理を受ける可能性がある。実験の結果,東京アクセントの母方言話者が母語音声全体を保持するとき,リハーサルの阻害によって,東京アクセントの保持に対して干渉が生じ,母語音声の語彙的韻律もリハーサルされることが示唆された。また,母方言話者と非母方言話者では異なった結果が得られ,母方言話者では東京アクセントと人工アクセントが異なったストアで貯蔵されること,非母方言話者では東京アクセントは人工アクセントと区別されず,共通のストアで貯蔵されることを示唆する結果が得られた。
第5章では,第2章から第4章で得られた実験結果を踏まえて,ピッチ情報の短期的保持について,音声言語と楽音の保持を統一的に説明できるモデルを提唱した。モデルの特徴として,1)従来別文脈で研究がおこなわれてきた純音や歌唱音声などの楽音と,母語音声や外国語音声などの音声言語の短期的保持について,ピッチ情報のリハーサルを軸に,ワーキングメモリの枠組みから単一のモデルで包括的に説明可能としたこと,2)ピッチリハーサルという処理の「性質」(運動表象の関与,系列性)を明確にしたこと,そして,3)言語経験によるアクセントの音韻表象の利用可能性の違い(母方言話者と非母方言話者)について明確にしたこと,以上3点を挙げられる。
最後に,聴覚情報処理において,どのような認知処理にワーキングメモリが用いられるのか,教育や医療などの場面にどのような応用可能性をもつのかといった側面から,本モデルの意義について議論し,今後の研究の方向性を示した。
そこで本論文では,二重課題法を用いて,音声言語と楽音のピッチ保持に関する7つの心理学的実験をおこない,得られた結果を共通の枠組みで整合的に説明することを目的とした。情報の保持には,受動的な貯蔵と能動的なリハーサルという2つの側面があるが,本論文ではリハーサルを中心に検討した。
第2章では歌唱音声を用いて,楽音のピッチリハーサルについて検討した。実験1では構音や描画はピッチ保持に干渉せず,ピッチリハーサルが分節音リハーサルや視空間リハーサルとは独立していることが示唆された。実験2では,発声を伴わないピッチ生成がピッチ保持に干渉するとの結果が得られ,ピッチリハーサルは運動的表象を利用しておこなわれることが示唆された。実験3では,リハーサル可能な条件において,長いメロディより短いメロディの記憶成績が高いことが示され,分節音と同様に,ピッチリハーサルも系列的に実行されることが示された。
第3章では,音声言語のピッチリハーサルについて検討した。自然音声刺激,LPF音声刺激,加えて比較対象として楽音刺激の保持を一次課題とし,並行しておこなう二次課題に含まれる構音成分,感覚入力成分,ピッチ変化成分がそれぞれ干渉するかどうかを検討した。その結果,感覚入力成分はピッチ保持と干渉せず,受動的貯蔵以外に能動的なリハーサルが存在する可能性が示唆された。また,構音成分はLPF音声や自然音声のピッチのみの保持とは干渉しなかったことから,音声言語のピッチリハーサルは分節音リハーサルと独立していることが示唆された。また,ピッチ変化成分はLPF音声のみならず楽音のピッチ保持とも干渉し,音声言語と楽音のピッチリハーサルが共通している可能性が示唆された。
第4章では,母語音声の語彙的韻律の保持について検討した。日本語音声のピッチ変化のうち,語彙的韻律であるピッチアクセントは,単語の識別に利用されるという点で特別な機能をもつ。したがって,語彙的韻律は他の韻律とは異なった処理を受ける可能性がある。実験の結果,東京アクセントの母方言話者が母語音声全体を保持するとき,リハーサルの阻害によって,東京アクセントの保持に対して干渉が生じ,母語音声の語彙的韻律もリハーサルされることが示唆された。また,母方言話者と非母方言話者では異なった結果が得られ,母方言話者では東京アクセントと人工アクセントが異なったストアで貯蔵されること,非母方言話者では東京アクセントは人工アクセントと区別されず,共通のストアで貯蔵されることを示唆する結果が得られた。
第5章では,第2章から第4章で得られた実験結果を踏まえて,ピッチ情報の短期的保持について,音声言語と楽音の保持を統一的に説明できるモデルを提唱した。モデルの特徴として,1)従来別文脈で研究がおこなわれてきた純音や歌唱音声などの楽音と,母語音声や外国語音声などの音声言語の短期的保持について,ピッチ情報のリハーサルを軸に,ワーキングメモリの枠組みから単一のモデルで包括的に説明可能としたこと,2)ピッチリハーサルという処理の「性質」(運動表象の関与,系列性)を明確にしたこと,そして,3)言語経験によるアクセントの音韻表象の利用可能性の違い(母方言話者と非母方言話者)について明確にしたこと,以上3点を挙げられる。
最後に,聴覚情報処理において,どのような認知処理にワーキングメモリが用いられるのか,教育や医療などの場面にどのような応用可能性をもつのかといった側面から,本モデルの意義について議論し,今後の研究の方向性を示した。