ジェンダーは現在、労働世界におけるひとつの基底的な構成原理として広く認識されている。本稿は、労働世界におけるジェンダーの意味の変遷を歴史的に再構成することで、職場のジェンダーのこのような理解を相対化することを企図するものである。
本稿は、研究自らがジェンダーの視点の内側に入ることによって成り立ってきた従来の労働とジェンダー研究が一方で抱える深刻な限界の乗り越えを図る試みの端緒として、事務職を事例に職場世界におけるジェンダーのあり方を歴史的に再構成し、その歴史性を明らかにする試みである。本稿では、ジェンダーを、世界をジェンダー・カテゴリーによって意味づけ理解する一次モデルととらえるアプローチによって、事務職世界におけるジェンダーの変遷を具体的、多角的な資料を用いて再構成し、その内的な論理を記述する。事務職を対象とする最も主要な理由は、現代における職業内部での経験が、「男性」「女性」のカテゴリーによって明確に組織化されている典型的な職業のひとつと考えられる事務職が、ジェンダーの歴史性を明らかにするという課題にとって好個の事例であることである。事務職世界において、「女性」はほぼ一定のサイクルで社会的な注目を集めてきた。本稿は、これら「女性」への社会的な注目の集まりをもとに時代を区分し、それぞれの時代におけるジェンダーのあり方を辿る。
以上のようなアプローチに基づき、事務職におけるジェンダーの歴史的な変遷が以下のように描かれる。事務職の黎明期である明治30年代に、近代の新中流思想としての良妻賢母思想の登場と事務職の社会内的な位置づけが、職場の「女性」の「問題」としての発見をもたらした。同時代の人々は、職場の女性たちを男性を脅かす大きな脅威であると表現した。男性・女性事務職に対する当時のまなざしを追うことで、この背景にあった女性への積極的な評価と事務職男性の多様性への認識が浮かび上がる。戦間期の社会もまた、労働世界全体から見ればいまだそのごく一部を占めるにすぎなかった女性事務職に大きな関心をよせた。そこでは、女性独自の性質、<女性性>を職場世界内的に位置づけるなどの動きが見られるが、他方で明治期以来の制度化が進行していた学歴という職場構成原理の強固さを背景に、ジェンダーの意味は相対的に断片的なものにすぎなかった。
職場での女性比率が急激に高まった戦時期には、戦後の職場世界を準備することになるジェンダーの意味の大きな転換が起こる。戦時の社会的な背景のもとで「女性による男性の置き換え」という明治期以来潜在的に意識されてきた可能性が現実のものとして受け止められていく中で、「女性」にとっての仕事や職場の意味が、それ以前とは根本的に異なったものとして解釈されるに至った。
事務職世界におけるジェンダーの戦後の構築過程は、職場の中心的な従業員像への「家族」の接合によってその最も根本的な構成原理をジェンダーに置く構想が、高度成長期をかけて確立していく歴史的な過程として再構成することができる。戦後初期の構想に胚胎されていた、学歴・職種横断的な「男性」「女性」のカテゴリーは、戦後の出発点においては世帯主の年齢別家族生活保障賃金の理念によって、後には、仕事のジェンダーや労働者のジェンダーのより職場内的な構築を通して、また、女性事務職をめぐる経験の論理を通して、職場におけるリアリティを獲得していった。「男性」は、「判断事務」「長期勤続」「強いコミットメント」という意味づけが相互に支えあうカテゴリーとして、「女性」は、「作業事務」「短期勤続」「弱いコミットメント」という意味づけが支えるカテゴリーとして、職場内在的に構築されたのである。職場経験における差異は、これらのカテゴリーを用いて、「男性と女性との間の自然な差異」と理解されるようになる。このような「男性」カテゴリーの職場世界内在的な出現の画期性は、今一度歴史を遡って職場の従業員像への家族の接合の過程を振り返ることによってさらに明確に位置づけることができる。
戦後社会における家族をエージェントとする豊かな社会の構想は、高度成長期をへて基本的に達成され、ジェンダーの変容の社会的な条件を準備した。しかし、1980年代後半における男女雇用機会均等法の制定と施行から1990年代初めにかけてのバブル経済期にいたる時期には、女性事務職、特に社会的な関心を集めた「女性総合職」をめぐって、職場の「男性社会性」が再構築されることになる。このことが、「女性総合職」という視点にも一定の困難をもたらしていた。その背景には、この時代の「女性総合職」への関心の背景には、高度成長期以来前提とされてきた職場の「男性」の意味の下で、男性の多様性が再び見出されていたことがあった。このような男性の多様性への認識は、現在一層高まっており,ジェンダーのあり方にも影響を与えつつある。ジェンダーが事務職世界にとってもつ意味は、このように常に歴史的な変遷の過程にある。
事務職におけるジェンダーは、人々が職場と社会をとりまく状況の中に想定した一定のあるべき秩序の観念と、実際の職場の状況との狭間で、その都度構想され、また形を変えて作り上げられてきた。本稿での素描からは、その都度再構築されたジェンダー・カテゴリーが秩序ある職場社会の感覚にとって持ってきた意味の大きさとともに、その脆弱さやアンビバレンスもまた浮かび上がる。このことは、職場世界におけるジェンダーの一定のあり方をしばしば前提にしがちであった従来の労働とジェンダー研究に対し、その前提を――再びジェンダーを無視することなく――相対化する地平への手がかりを与え得るものである。
本稿は、研究自らがジェンダーの視点の内側に入ることによって成り立ってきた従来の労働とジェンダー研究が一方で抱える深刻な限界の乗り越えを図る試みの端緒として、事務職を事例に職場世界におけるジェンダーのあり方を歴史的に再構成し、その歴史性を明らかにする試みである。本稿では、ジェンダーを、世界をジェンダー・カテゴリーによって意味づけ理解する一次モデルととらえるアプローチによって、事務職世界におけるジェンダーの変遷を具体的、多角的な資料を用いて再構成し、その内的な論理を記述する。事務職を対象とする最も主要な理由は、現代における職業内部での経験が、「男性」「女性」のカテゴリーによって明確に組織化されている典型的な職業のひとつと考えられる事務職が、ジェンダーの歴史性を明らかにするという課題にとって好個の事例であることである。事務職世界において、「女性」はほぼ一定のサイクルで社会的な注目を集めてきた。本稿は、これら「女性」への社会的な注目の集まりをもとに時代を区分し、それぞれの時代におけるジェンダーのあり方を辿る。
以上のようなアプローチに基づき、事務職におけるジェンダーの歴史的な変遷が以下のように描かれる。事務職の黎明期である明治30年代に、近代の新中流思想としての良妻賢母思想の登場と事務職の社会内的な位置づけが、職場の「女性」の「問題」としての発見をもたらした。同時代の人々は、職場の女性たちを男性を脅かす大きな脅威であると表現した。男性・女性事務職に対する当時のまなざしを追うことで、この背景にあった女性への積極的な評価と事務職男性の多様性への認識が浮かび上がる。戦間期の社会もまた、労働世界全体から見ればいまだそのごく一部を占めるにすぎなかった女性事務職に大きな関心をよせた。そこでは、女性独自の性質、<女性性>を職場世界内的に位置づけるなどの動きが見られるが、他方で明治期以来の制度化が進行していた学歴という職場構成原理の強固さを背景に、ジェンダーの意味は相対的に断片的なものにすぎなかった。
職場での女性比率が急激に高まった戦時期には、戦後の職場世界を準備することになるジェンダーの意味の大きな転換が起こる。戦時の社会的な背景のもとで「女性による男性の置き換え」という明治期以来潜在的に意識されてきた可能性が現実のものとして受け止められていく中で、「女性」にとっての仕事や職場の意味が、それ以前とは根本的に異なったものとして解釈されるに至った。
事務職世界におけるジェンダーの戦後の構築過程は、職場の中心的な従業員像への「家族」の接合によってその最も根本的な構成原理をジェンダーに置く構想が、高度成長期をかけて確立していく歴史的な過程として再構成することができる。戦後初期の構想に胚胎されていた、学歴・職種横断的な「男性」「女性」のカテゴリーは、戦後の出発点においては世帯主の年齢別家族生活保障賃金の理念によって、後には、仕事のジェンダーや労働者のジェンダーのより職場内的な構築を通して、また、女性事務職をめぐる経験の論理を通して、職場におけるリアリティを獲得していった。「男性」は、「判断事務」「長期勤続」「強いコミットメント」という意味づけが相互に支えあうカテゴリーとして、「女性」は、「作業事務」「短期勤続」「弱いコミットメント」という意味づけが支えるカテゴリーとして、職場内在的に構築されたのである。職場経験における差異は、これらのカテゴリーを用いて、「男性と女性との間の自然な差異」と理解されるようになる。このような「男性」カテゴリーの職場世界内在的な出現の画期性は、今一度歴史を遡って職場の従業員像への家族の接合の過程を振り返ることによってさらに明確に位置づけることができる。
戦後社会における家族をエージェントとする豊かな社会の構想は、高度成長期をへて基本的に達成され、ジェンダーの変容の社会的な条件を準備した。しかし、1980年代後半における男女雇用機会均等法の制定と施行から1990年代初めにかけてのバブル経済期にいたる時期には、女性事務職、特に社会的な関心を集めた「女性総合職」をめぐって、職場の「男性社会性」が再構築されることになる。このことが、「女性総合職」という視点にも一定の困難をもたらしていた。その背景には、この時代の「女性総合職」への関心の背景には、高度成長期以来前提とされてきた職場の「男性」の意味の下で、男性の多様性が再び見出されていたことがあった。このような男性の多様性への認識は、現在一層高まっており,ジェンダーのあり方にも影響を与えつつある。ジェンダーが事務職世界にとってもつ意味は、このように常に歴史的な変遷の過程にある。
事務職におけるジェンダーは、人々が職場と社会をとりまく状況の中に想定した一定のあるべき秩序の観念と、実際の職場の状況との狭間で、その都度構想され、また形を変えて作り上げられてきた。本稿での素描からは、その都度再構築されたジェンダー・カテゴリーが秩序ある職場社会の感覚にとって持ってきた意味の大きさとともに、その脆弱さやアンビバレンスもまた浮かび上がる。このことは、職場世界におけるジェンダーの一定のあり方をしばしば前提にしがちであった従来の労働とジェンダー研究に対し、その前提を――再びジェンダーを無視することなく――相対化する地平への手がかりを与え得るものである。