本論文では,陶画家クレイティアスに焦点を合わせ,紀元前6世紀前半のアッティカ黒像式陶器の展開におけるその位置付けを考察した。第1章では,その足掛かりとして,まず,現存するクレイティアス作品に,陶工エルゴティモスの銘と共に付されるその銘の意味を探り,ついでクレイティアスに比定された作品群の検証を行った。クレイティアスはその代表作である<フランソワの壷>の他にメトロポリタン所蔵の小台,ベルリン国立博物館と大英博物館に所蔵される3点のゴルディオンカップに銘を残している。そして,これらのうちの4点に陶工エルゴティモスの銘が併記されていることから,クレイティアスは,エルゴティモスの工房で制作に従事した画家であることが推測される。これまでに様々な研究者が20点余の作品をクレイティアスの手に帰してきたが,これらの作品のなかには充分な検討がなされていないまま比定が行われた作品や,19世紀末から20世紀初頭にかけて報告されて以来,ほとんど顧みられなかった作品も少なくなく,明らかに別人の手によるものと考えられる様式,技法を示す作品も含まれている。そこで筆者が,実地調査を中心に,<フランソワの壷>をはじめとするクレイスティアスの銘記作品と,その手に帰された作品群に描かれた陶画の細部表現,装飾文,賦彩法,刻線,書体等を比較した結果,クレイスティアスの作に比定できる作品は,J.D.Beazleyがクレイスティアスの作とした11点のうちの9点,「おそらくクレイスティアス本人の作」とした5点のうちの2点,B.Kreuzerがクレイスティアスの作として挙げたサモス島,ヘラ神域からの出土品5点のうちの2点,およびそのほかの研究者がクレイスティアスの作品として報告した作品4点の計17点であることが判明した。よって,現段階で確認されるクレイスティアス作品は,銘記作品含め,22点となる。
第2章では,クレイスティアスの周辺の画家に帰された作品群について,第1章と同様の検証作業を行い,クレイスティアスとエルゴティモスによる,「第2の渦巻形クラテル」と考えられてきた,バーゼルのカーン・コレクションとプ-シキン美術館に分蔵される渦巻形クラテル断片が,クレイスティアスにきわめて近い様式をもつ,周辺画家の1人とされる「アクロポリス601の画家」に帰される作品であることが明かとなった。また,諸研究者によって,クレイスティアスの周辺画家の作とされた作品の約30点のうち9点は,クレイスティアスとの関連性が全く見出されないことが確認できた。よって,現段階で確認される「アクロポリス601の画家」に帰される作品は5点,クレイスティアスの周辺の画家による作品は15点となる。これらの結果をまとめ,クレイスティアスとその周辺作とされてきた作品群50点余を,クレイスティアスの銘記作品とその手に帰される作品群(A),「アクロポリス601の画家」に帰される作品群(B),それ以外のクレイスティアス周辺の画家に帰される作品群(C),クレイスティアスとの関連性が見出されない作品群(D)の4項目に分類したカタログを作成し,巻末に付した。
第3章では,これまでの考察で明らかとなった,クレイスティアス,およびその周辺の作品群の器形とその装飾方法を分析した。これらの器形の種類はきわめて多様であり,銘記から,これらの作品の多くが,エルゴスティモスによって制作されたことが確認できる。大型陶器から小型陶器まで多岐にわたるその器形レパートリーとその装飾方法には,とりわけ「KXの画家」に帰される作品群との共通点が多く見られた。また,これらの器形のなかでが,渦巻形クラテル,ゴルディオン・カップ,小台,無脚型メリソート・カップは,アッティカ陶器における先行例が知られず,また類例の少ない器形であり,渦巻形クラテルはラコニア製の青銅器を範としたものであることが考えられ,ゴルディオン・カップは,ラコニアおよび東ギリシア製の杯の影響下に制作され,紀元前6世紀中頃に普及したリップ・カップの祖型となったことが推測された。
第4章においては,クレイスティアスの様式を取り上げ,各種の形像,装飾モティーフ,書体,刻線,彩色等に関する分析を通じ,クレイスティアスの様式を明確化するとともに,その編年の再構築を試みた。クレイスティアスは,叙述的な神話表現に長じたソフィロスの伝統を継承した陶画家として位置づけられることが多いが,この考察の結果,その様式的特徴や特徴的な白の賦彩法からクレイスティアスは「KXの画家」の影響下に,その金線細工のような細密様式を確立し,その様式はエルゴティモスの子,エウケイロスをはじめとするリップ・カップ,バンド・カップの画家たちと,リュドスなどに継承されていたことが判明した。また,これらの関連陶器画家との比較等から,クレイスティアスの活動期間は,従来の見解(紀元前570-560年頃)をやや下回る,およそ紀元前570年から紀元前555年頃に相当するという結論に至った。
図像を扱った第5章では,本論文におけるこれまでの考察結果を踏まえた上で,改めて<フランソワの壷>に集められた神話の意味内容とその図像プログラムを検証するとともに,従来,論考の対象にされる機会の少なかった<フランソワの壷>以外のクレイスティアス作品に描かれた図像の分析を行った。その結果,これらの作品の中には,動物文は見出されず,その大半が何らかの神話場面を表わすものであることが考えられること,そしてその多くが<フランソワの壷>と同様に,トロイア戦争と祖国アテナイにまつわる主題を扱ったものであることが判明した。
第2章では,クレイスティアスの周辺の画家に帰された作品群について,第1章と同様の検証作業を行い,クレイスティアスとエルゴティモスによる,「第2の渦巻形クラテル」と考えられてきた,バーゼルのカーン・コレクションとプ-シキン美術館に分蔵される渦巻形クラテル断片が,クレイスティアスにきわめて近い様式をもつ,周辺画家の1人とされる「アクロポリス601の画家」に帰される作品であることが明かとなった。また,諸研究者によって,クレイスティアスの周辺画家の作とされた作品の約30点のうち9点は,クレイスティアスとの関連性が全く見出されないことが確認できた。よって,現段階で確認される「アクロポリス601の画家」に帰される作品は5点,クレイスティアスの周辺の画家による作品は15点となる。これらの結果をまとめ,クレイスティアスとその周辺作とされてきた作品群50点余を,クレイスティアスの銘記作品とその手に帰される作品群(A),「アクロポリス601の画家」に帰される作品群(B),それ以外のクレイスティアス周辺の画家に帰される作品群(C),クレイスティアスとの関連性が見出されない作品群(D)の4項目に分類したカタログを作成し,巻末に付した。
第3章では,これまでの考察で明らかとなった,クレイスティアス,およびその周辺の作品群の器形とその装飾方法を分析した。これらの器形の種類はきわめて多様であり,銘記から,これらの作品の多くが,エルゴスティモスによって制作されたことが確認できる。大型陶器から小型陶器まで多岐にわたるその器形レパートリーとその装飾方法には,とりわけ「KXの画家」に帰される作品群との共通点が多く見られた。また,これらの器形のなかでが,渦巻形クラテル,ゴルディオン・カップ,小台,無脚型メリソート・カップは,アッティカ陶器における先行例が知られず,また類例の少ない器形であり,渦巻形クラテルはラコニア製の青銅器を範としたものであることが考えられ,ゴルディオン・カップは,ラコニアおよび東ギリシア製の杯の影響下に制作され,紀元前6世紀中頃に普及したリップ・カップの祖型となったことが推測された。
第4章においては,クレイスティアスの様式を取り上げ,各種の形像,装飾モティーフ,書体,刻線,彩色等に関する分析を通じ,クレイスティアスの様式を明確化するとともに,その編年の再構築を試みた。クレイスティアスは,叙述的な神話表現に長じたソフィロスの伝統を継承した陶画家として位置づけられることが多いが,この考察の結果,その様式的特徴や特徴的な白の賦彩法からクレイスティアスは「KXの画家」の影響下に,その金線細工のような細密様式を確立し,その様式はエルゴティモスの子,エウケイロスをはじめとするリップ・カップ,バンド・カップの画家たちと,リュドスなどに継承されていたことが判明した。また,これらの関連陶器画家との比較等から,クレイスティアスの活動期間は,従来の見解(紀元前570-560年頃)をやや下回る,およそ紀元前570年から紀元前555年頃に相当するという結論に至った。
図像を扱った第5章では,本論文におけるこれまでの考察結果を踏まえた上で,改めて<フランソワの壷>に集められた神話の意味内容とその図像プログラムを検証するとともに,従来,論考の対象にされる機会の少なかった<フランソワの壷>以外のクレイスティアス作品に描かれた図像の分析を行った。その結果,これらの作品の中には,動物文は見出されず,その大半が何らかの神話場面を表わすものであることが考えられること,そしてその多くが<フランソワの壷>と同様に,トロイア戦争と祖国アテナイにまつわる主題を扱ったものであることが判明した。