本論文では、モーリス・ブランショとエマニュエル・レヴィナスが共有した問題を確認するとともに、その問題への答としてレヴィナスが示した思想をブランショがどのように問い直したかを検討することによって、ブランショがレヴィナスにいかなる問いを差し向けているかを提示しようと試みた。
本論文は二部に分かれる。第一部は、一九五〇年代までの両者の論考を考察の対象とし、<絶対的に他なるもの>の問いに関する両者の思考の相違を確認することから始めて、<アルilya>について、両者がこの時期いかなる考え方を提示していたかを見る。第二部は、<神>と<アル>との混同可能性に関する両者の思考の相違を出発点として、一九六〇年代以降、レヴィナスがどのように、<私>と他者との揺るぎなき「倫理的関係」へと思考を展開していったか、そしてブランショがどのようにレヴィナスの思考を問い直していったかを見る。
一九五〇年代におけるレヴィナスは、<同じもの>として存在し続けようとする<私>にとって、おのれの存在に還元できない<絶対的に他なるもの>は何かと問い、この問いへの答えとして他者を挙げ、他者との関係の内に、<私>の存在が問い直される契機を見ていた。そのような思考が簡潔に示される一九五七年のレヴイナスの論考(「哲学と無限の観念」)に言及しながら、ブランショは、<絶対的に他なるもの>を、或る中性的な存在様態(レヴィナス自身が提示した<アル>が念頭におかれている)の内に見ようとする(一九五八年「奇異なことと無縁なるもの」)。第一部では、なぜブランショが、<絶対的に他なるもの>として中性的な存在様態に注目したかを検討し、レヴィナスとの間に、いかなる議論が浮上してくるかを示した。
一九七〇年代になると、レヴィナスは、他者にたいする責任を「引き受けることなく負う」ということが可能になるには、<私>が<アル>に晒され、「底なしの受動性」に追い込まれる必要があるという考え方を示す(一九七四年『存在することとは別の仕方で……』)。またそれと同時に、他者の責任を負うように定めるのは<神>であるという思想を示すようになる。ただし、<神>の命令は<私>が決して思い出せない「過去」に到来し、現在においては、<神>は<アル>のざわめきと混同されうるがまでに不在となっているとされる(一九七五年「神と哲学」)。こうした考え方を示すことによってレヴィナスは、<私>が他者の責任を負うには、<アル>の「無意味」に晒されることで、存在の秩序から追放され、あらゆる能力を剥奪されねばならないことを、また、たとえ<神>が他者への接近を命じるにしても、知ろうと欲する<私>には<神>が不在であり、<神>の「意味作用」は<アル>の「無意味」と区別がつかないことを強調しようとした。しかしレヴィナスは、<アル>に晒される忍耐の直中において、<神>の命令が「泥棒のように忍び込んで」知らないうちに<私>を触発し、たとえ思い出せないにしても、<私>はこの命令に従って他者へと向かい、他者によって蒙ること全てを他者のために負うことができる、といった考えかたを示さずにはいられなかった。それは、<神>がかかわると考えざるをえないほど絶対的な責任を、<私>は他者にたいして負いうるということを認めるように促すためであったのかもしれない。ブランショは、<神>の命令といった考え方によって絶対化されてしまう関係を、<私>と他者とが結びうるのかどうかを、あくまでもレヴィナスが<アル>について述べたことを引き合いにだしながら問い直す。第二部においては、そのようなブランショの身振りを、レヴィナスの論述を検討しながら具体的に考察した。
ブランショが<アル>と呼ばれる中性的な存在に拘るのは、そこに、<私>と他者との「率直な」言語活動を脅かす可能性-それは、ブランショによれば「文学の贈与」である(一九八〇年「われらが密かな同伴者」)-を認め、それを重大な問題として受け止めていたからである。<アル>に晒され、知る能力を剥奪された「私なき私」には、無限の責任を負うように呼びかける他者の呼びかけと、正義を求める他者達の呼びかけは、それとして到達するのだろうか。他者の「後ろから」あたかも<神>が命令するかの如く語ることは、他者を絶対化し、絶対化された<他者>にたいする責任を負う<私>も絶対化してしまうだろう。そうした絶対化を脅かすのは<アル>だ。レヴィナスが主張しないではいられなかった、<神>による<私>の選び、<他者>によって蒙ること全てを<他者>のために蒙る<私>の「能力」、そしてそのようにして<私>と<他者>とが結びうるかもしれない<揺るぎなき関係>は、<アル>に脅かされるのではないか。ブランショは、この問いを、レヴィナスに差し向けたのではなかろうか。