本論文は、沖縄語首里方言を話す一人の女性話者(昭和6年[1931年]生まれ)の敬語体系を記述したものである。本論文では、首里方言の敬語を、丁寧語、尊敬語、謙譲語等に体系的に分類し、沖縄語による文献の敬語使用にも配慮しつつ、個々の単語の敬語まで含めた記述を試みている。
沖縄語首里方言の動詞形態論は、服部四郎による分析以来、「基本語幹」「連用語幹」「音便語幹」という三語幹を基本に置く考え方が、主流となっていた。本論文では、その「三語幹」の考え方を批判的に継承し、「語根」「代わり語根」の二語根を動詞形態論の基本に置く考え方を提示した。そして、それを本論文の敬語形式(形態論的な手続きに従って作られた敬語の語形)を説明する部分で使用した。
丁寧語は/-biyiN/という形式を丁寧語として使う。首里方言の丁寧語も、共通語のそれと同じく、聞き手に対する丁寧さを示す。また、/natooyibiyiN/(~であります。)や/deebiru/(~でございます。)など丁寧語の特別な形もある。
首里方言の尊敬語も、共通語のそれと同じく、聞き手ではなくて話題の人物にコントロールされている。その話題の人物は、聞き手である「二人称」または第三者である「三人称」の双方の場合が考えられる。首里方言でも話題となる人物が文の「主語」であるときに尊敬語で高めることができる。
尊敬語には、一般形と特定形がある。一般形は規則的に作る形で、首里方言では動詞に/-miseeN/が付いた形である。敬語独自の形である特定形は、共通語と同じく、基本的な動詞ほど存在している。特定形の中には、/'usaga-miseeN/(お召し上がりになる)のように、「二重敬語」になることがある。また、特定形には/saayuN/(お有りになる)などの痕跡的なものもある。なお、首里方言は「身内敬語」であって、「父」や「母」など身内の者を敬う絶対敬語的な性格を持った言語で、その性格は首里方言による放送番組「方言ニュース」にも現れている。
沖縄語首里方言の謙譲語には、聞き手に対して丁重さを示す謙譲語、すなわち、共通語で謙譲語Bと呼ばれているものが存在しない。話題の人物によってコントロールされる謙譲語のみである。首里方言の謙譲語も、共通語の謙譲語Aと同じく、文の「補語」の位置で話題の人物を高める。
謙譲語にも、一般形と特定形がある。一般形には、/'u/gu~suN/(お/ご~する)、/'u/gu~wugamuN/(お/ご~する[直訳:お/ご~拝む])、/'u/gu~'uNnukiyuN/(お/ご~申し上げる)、/テ形+'usagiyuN/(~てさしあげる)という形がある。また、/'u/gu~suN/などの前部要素/'u/gu~/の部分が語彙化してしまって、特定形と同じように扱わなければならなくなった謙譲語もある。そういった前部要素から作る謙譲語を本論文では「準特定形」と呼んでいる。
謙譲語は、特定形や準特定形など、全体あるいは前部要素(/'u/gu/~の部分)が語彙化されているものについては使用が奨励されているが、それ以外の一般形についてはあまり使用されず(例えば「お書きする」などに当たるもの)、丁寧語で言う傾向がある。その謙譲の行為を許す文脈がないと、その一般形の謙譲語は使用しにくい。
沖縄語首里方言における「マイナス敬語」には、乱暴な表現である卑罵語/~kwayuN/と、傲慢な表現である尊大語/~misiyuN/とがある。また、主語への親愛を示す親愛語には、「テ形+turasuN」という言い方がある。