本論文は、ポスト「地方の時代」における権力構造と住民運動を分析することを通じて、新しい地域統治(localgovernance)の様式と、こんにち求められている根源的民主主義(radicaldemocracy)の条件および意義を問うものである。また本論文は特に原子力発電所建設という関連テーマの多い争点を取り上げることから、自治体経営のあり方や、原子力政策のあり方に関しても詳細な検討を行う。
「地方の時代」という用語自体は1970年代後半に提唱されていながら、その具体的なイメージと制度設計は未だに不透明なままである。そこで本稿では、グローバリゼーションのなかでむしろローカルなものが意味を持つ、ポスト「地方の時代」ともいうべき時代の諸特徴を摘出する。それは、権力構造レベルでは「レジーム」の解体や編成替えとして顕れたり、これまでの「新しい社会運動」をも越えたタイプの住民運動の登場を促したりする。さらに、地域と国家政策を結ぶレベルでは、国土計画や原子力政策の矛盾が表面化し、レジームが動揺することによって表現されたりもする。
具体的な対象は新潟県巻町および柏崎市である。この二都市は、出発点において同じ争点を持ちながら、結果として対照的な選択をしているため、興味深い比較対照群をなしている。どちらも1967年前後に原子力発電所の立地計画が明らかになりながら、巻町は住民投票によって反対の意思を明確にし、柏崎市は世界最大の原子力発電所を擁するに至ったのである。そこで、このような対照的な選択がいかなる因果関係によってもたらされたのか追求するため、現在までの統治と運動のせめぎ合いを「原発レジーム」の形成という枠組みから辿る。その結果、レジームの性格の相違や政治的機会の相違といった政治的要因によって両者の違いが説明されること、それはさらに遡れば地方中核都市との関係や農業生産力といった地理的経済的条件に構造的基盤を持つことが示される。
二つの都市は、選択の帰結を通じて、「分権と地域間競争」の時代における自治体経営の二つのモデルを提供している。とくに柏崎については、国土計画と地域振興、原子力政策と地域振興を切り離して考え、むしろ地域の内発的発展のエネルギーを引き出すべきことが示唆される。また、リスク社会が到来するなかで立地政策をめぐる政策的合理性の修復が限界に到達していることが示される。
一方巻町に関しては、その住民投票運動が、本質的に反原発運動ではなく政治改革運動であると同時に、生活の場からする民主主義の徹底化によってその弊害を克服する動きであるということを明らかにする。こうした地方小都市の動きは、これまで潜在化してきた都市的生活様式をめぐる「首都と地方」の社会的亀裂を表面化させかねない。首都の側もまた、地方小都市の問題提起を受け止めて、生活圏のあり方を問い直さねばならないことが、新たな課題として提示される。