本稿は『三宝絵』を倫理思想として統一的に読み解く試みである。具体的には『三宝絵』の著者である為憲に内在して『三宝絵』を一貫して読むことにより、三巻相互の内的連関を問おうとするものである。

第一章では、為憲が『三宝絵』を制作した目的とその構成を確認する。

第一節では『三宝絵』序を取り上げ、『三宝絵』が、性急な厭離を果たした尊子内親王の、落飾後の茫漠とした時を埋めるものであったことを確認する。

また為憲に従えば、仏宝・法宝・僧宝の三巻は、昔から今に至る一つの史を形成していると同時に、いずれも三宝に関わる「事」を集めた意味では等しい。

第二節では『三宝絵』各巻に付された述意部と讃部を検討する。各巻の述意部は、いずれも「釈迦」から始まっている。また為憲は、三宝を貴ぶ人々の視点から三宝を叙述しようとしている。ゆえに各巻の「事」を、そこに登場する人々の側から整理することによって、各巻を統一的に把握できると考えられる。

第二章では、各巻がいかなる「事」の集成かを問う。

第一節では、仏宝の巻を見る。仏宝の「事」は、主人公の菩薩の前に天の存在が飢者として現れ、身施を通じて人々の前に菩薩の仏道を求める真なる心が顕れる、というのがその基本的な枠組みである。

第二節では、法宝の巻を見る。まず第一話で聖徳太子が人々に法を示し、人々は太子の前に聖が飢者として現れるのを見てあやしむ。さらに続く「事」は、法によって不可思議な事が生起し、人々が法の真実性を知ることを語っている。

第三節では、以上の考察をふまえ僧宝の巻を見る。第二十三話は、七月の文殊会で僧や人々が飢えた人に飯を施すことを述べている。それはこの日に、文殊菩薩が飢えた人の姿をとって現れるからであった。あるいは飢えた人は、仏の分身であり、自分の先の世の父母でもあった。

以上のようにいずれの巻でも何ものかが飢えた姿で現れている。僧宝の巻で人々は、眼前の飢えた衆生を哀れみ身を施した菩薩と同じ立場に立つ。すなわち人々もまた、他者の「飢え」を見ることによって、人は生きている限りお腹が空き、生命の危機に瀕する無常なる存在であると認識し、今ここで飯を施すことによって功徳を積むことができる。

第三章では、第二章の指摘をふまえ飢えた姿で現れる父母について問う。

第一節では、仏宝の巻を最終話を中心に見る。釈迦は前生で施无であったとき、父母に毎朝食を運びその結果早く仏に成ったという。ここでは反復する親への施が成仏を早く達成する要因になっている。

第二節では、法宝の巻を最終話を中心に見る。最終話において僧勤操は友栄好の死後その母の元に毎朝飯を届けた。栄好の母が亡くなると勤操の元に八巻の法華経が残され、栄好の母の後世を導くべく祥月命日に勤操は七人の僧と法華八講を始めた。これは反復する親への施が法をもたらし、隠れた親に関わり続けるため法会が始まることを物語っている。

第三節では、以上の考察をふまえ僧宝の巻を見る。僧宝第八話の山階寺の涅槃会は、釈迦が亡くなる日に語った涅槃経を釈迦の命日に唱える法会である。あるいは僧宝第六話の修二月では人々は仏に花を供養する。すなわち人々と隠れた存在との間を取り持つのは、法を唱える僧や花など具体的な存在であり、人々はそれらを通じて善き行いを為すことが可能になる。これは法宝最終話で真という価値を担う法が物として隠れた存在との間に、すなわち己の外部に定立したことに由来する。いいかえれば、価値が物によって体現されることによって、すべての人が物、より明確にいえば法の告げる「よき物」に関わることによって、価値が顕になる場に参与できるようになる。また僧宝第二十三話によれば、全ての親は子によって罪を造り後世に飢えた餓鬼となっているという。父母を救うために人々は孟蘭盆会で僧に諸々の美き物を施す。第三章の考察において親は一貫して「飢え」ており、親の今生から来世に至る「飢え」を直視することが、子に無常と因果の理を二つながらに知らしめることとなる。

最後に以上の考察をふまえ『三宝絵』が尊子内親王に対して果たした役割について問う。為憲は『三宝絵』の末尾に当たる僧宝讃部で、随喜を勧めている。すなわち一つ一つの「事」に随喜することで尊子内親王は一つ一つ功徳を積むことが可能になる。また『三宝絵』は性急に成仏を目指す尊子内親王に対して、父母を典型的な衆生をみなし施を繰り返すことで早く仏に成ることを明かした。さらに仏法僧の原点には等しく釈迦が存在することが予め記されていた。為憲は最終的に、今は亡き釈迦との間を媒介する物として仏法僧が存在し、それらが仏道の実践の契機となる「宝」であることを示したといえよう。