造形芸術作品描写(エクフラシス)は、『イーリアス』以来伝統的技法としてギリシャ・ローマの叙事詩に定着してきた。とくに、ウェルギリウス(紀元前70年†同19年)は、ローマの建国叙事詩『アエネーイス』において、この技法に対する際立った愛着を示しており、全編中十箇所で用いている。本論考は『アエネーイス』において、造形芸術作品描写がどのような機能を担っているかを考察し、その独自性を明らかにすることを目的とする。

古典後期の修辞学文献に見い出される「エクフラシス」の定義を手掛かりに、造形芸術作品描写の機能は三つに分類できる。すなわち、(一)描写対象の外観を視覚的に再現する機能(視覚的特徴の報告機能)、(二)図像主題にかんして非視覚的あるいは時間的な要素を伝えたり、造形芸術作品の成立を解題する機能(図像の解釈・解題機能)、(三)叙事詩全体に自らを関連づける機能、である。(三)の機能については、さらに二つの場合に分類できる。一つは作中鑑賞者が存在し、造形芸術作品が登場人物たる鑑賞者に何らかの影響を及ぼす(それゆえ筋立てにも影響が及ぶ)場合である。もう一つは、作中鑑賞者とは無関係に、図像主題と叙事詩が何らかの関わりを帯びる場合である。

本論においては、上記の各機能を章立ての枠組みとして、第一章、第二章、第三章のそれぞれにおいて(一)、(二)、(三)の機能を取り扱った。第三章は二つの節で構成され、第一節では鑑賞者を前提する場合を、第二節では前提しない場合を問題にした。それぞれの機能に即して、『アエネーイス』の造形芸術作品描写を伝統的な技法や先行詩人の描写手法と比較検討した結果、ウェルギリウスは一世代前の代表的ラテン詩人であるカトゥッルス(第六十四歌)に比べ、ギリシャの詩人(ホメーロス、『ヘーラクレースの盾』の作者、アポッローニオス、テオクリトス、モスコス)が示した伝統的な造形芸術作品描写技法に忠実に従っている、と結論づけることができる。しかし、ウェルギリウスは自己の創作目的に応じて、従来の伝統的な技法には認めることのできないような独自性をも示している。それは、以下の三点にまとめることができる。

第一に、詩人は伝統的な表現様式の拡張を実践している。たとえば、鑑賞者と図像との緊密な結び付きを表現するために、ホメーロスがヘーパイストスの武器作りを描写するために用いた「制作を表す動詞+図像の題材」を「視覚動詞+図像の題材」に変換している。また、図像中の人物の動作表現が細かなニュアンスを帯びるように、ギリシャの詩人よりも幅広い時制のヴァリエーションを採用している。

第二に、一貫性への志向が顕著に現われている。第三章でも考察したように、造形芸術作品が登場人物の鑑賞を介して筋立てに関わる、あるいは図像の主題が叙事詩の主題と呼応しているという意味においての描写部分の一貫性は、当然ながら保たれている。しかし注目すべき点は、たとえば第二章(3)でも考察したように、造形芸術作品の成立事情を述べる箇所においてさえも詩人は単なる解題に留まるのではなく、解題を通して『アエネーイス』を貫く中心主題を顕在化していることである。

第三に、先行文学の特定箇所、とりわけ叙事詩の背景となる歴史への暗示を通して、詩人は描写が多重な意味を帯びるように工夫を凝らしている。もちろん、こうした工夫には、『アエネーイス』の図像がトロイア戦争(ユーノー神殿の装飾)やローマの歴史(アエネーアースの盾)を主題としているという事情が大いに関係している。しかし、見逃してはならないのは、暗示が、例えば図像主題の陳述とは本来無関係に行われてきた色彩や素材への言及に際しても、含まれているということである(第一章2.3.及び3.2)。ウェルギウスは、効果的な文彩を用いて、同時代の読者の歴史的・文学的知識や共同体意識に訴える。そうすることで、描写対象ないし鑑賞場面は叙事詩内部の造形芸術作品としてばかりではなく、歴史的あるいは文学的な文脈のなかで意味づけられることになる。

造形芸術作品描写を自作に盛り込んだ後代のラテン叙事詩人と比較すると、三つの特徴のなかでも際立っているのは第三の点である。後代の造形芸術作品描写においては、描写対象がどれほど表現上の限界を克服し、現実に肉迫しているかを印象づけるための新しい表現様式が考案された。また、半ば形式化されて必然性は失われたとはいえ、図像主題と叙事詩との関連づけにも配慮はなされた。だが、作品の外にある歴史的・文学的な要素への暗示をウェルギリウスほど巧みに行った作家は、以後ラテン文学史上に輩出しなかったのである。