文学部とは、人が人について考える場所です。
ここでは、さまざまな人がさまざまな問題に取り組んでいます。
その多様性あふれる世界を、「文学部のひと」として、随時ご紹介します。
編集部が投げかけた質問はきわめてシンプル
「ご自身の研究の魅力を学生に伝えてくださいませんか」。
ここでは、さまざまな人がさまざまな問題に取り組んでいます。
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編集部が投げかけた質問はきわめてシンプル
「ご自身の研究の魅力を学生に伝えてくださいませんか」。
堀内 秀樹 教授(次世代人文学開発センター)
僕の研究分野は考古学-特に歴史時代でも近世といった新しい時代の考古学に取り組んできました。考古学は、地面の中に残っているものを対象にしていると考えがちですが、実は人類が残した全ての痕跡から人間の活動を復元する学問分野です。ただ、日本では、最初の近代的考古学の嚆矢となった大森貝塚の影響か、文字がないか少ない時代や地域を中心に進められてきた経緯があります。ですが、文字があるかないかは、人間の活動とは直接関係はありません。むしろある時代だからたくさんの資料があり、それから判ることも多いとも言えます。
僕は、長年、東京大学構内の遺跡の掘調査を行ってきました。このうち本郷キャンパスは、江戸時代の加賀藩や水戸藩などの大名屋敷があった場所です。特に興味を引かれたのは、ここから出土してきた膨大な遺構、遺物は、単なる廃棄物ではなく、当時の大名屋敷に居住していた人の社会、文化、経済などを読み解く手がかりとなっていることが判ったからです。キャンパス内には、赤門や三四郎池、藩邸境の石垣など現在に残る江戸時代の建造物などもあり、当時の文字資料や絵画資料、それと調査した考古学資料たちは豊かな実証素材として、人びとの活動を浮かび上がらせてくれます。
こうしたことがきっかけとなって、出土陶磁器の研究を行ってきました。現代でも日本ほど陶磁器を多く使っている国はありません。ここから出土する陶磁器は、使われた時代、場所、階層、目的などによって異なる様相になって現れ、幕藩体制下の社会階層、権力構造、文化動向、経済格差などを示唆する具体的資料となります。例えば、御殿から出土する上質で揃いの磁器製食膳具類は、家臣や大名同士の付き合いなどから必要であった共食道具として、中国、朝鮮、東南アジア、ヨーロッパ製の茶道具や調度類は、大名必須の素養や武家儀礼道具として、家臣が居住する場所から多量に出土する酒徳利類は、単身赴任者(江戸詰の家臣)が多い参勤交代制によって現出された江戸という時代や場所特有の様相とも言えます。
どの地域でも、地域によって独自の的指摘成立や発展過程があり、人間の社会的、経済的、文化的活動はそうした地域や時代に大きな影響を受けています。人間の残した活動の多様な痕跡から、そうした行為を考えることに大きな楽しさを感じています。
陶磁器流通は、海外を含めるとさらに大きなダイナミズムが看取できます。17世紀にヨーロッパを市場化した東洋磁器は、茶やコーヒー、上流階層の室内装飾や趣味などの「行為」と密接な関係にある「道具」として需要されていることから、その「道具」が、なにが、いつ、どこで、どのように出土するか?などを分析する事で、社会階層、経済活動、文化的志向や価値観、行為の普及や変容、ひいてはそれを受容した国内産業への影響など、実に多面的で豊かなアプローチが可能な興味深いテーマと考えています。また、東アジア海域では、中世末から近世初頭ころから、東南アジア地域と日本で陶磁器の出土様相に明確な違いが現れてきます。日本では多様化した種々の文化的行為に対応した陶磁器生産が広く行われたことで、東南アジア地域とは別の陶磁器流通・消費ブロックが形成され、東アジア内に独自の文化的志向性が顕著になっていきます。これは陶磁器に限ったことでは思っていますが、こうした傾向は、グローバル化した現在においても明確に継承されています。

近世は、現在と同じように、食物をはじめ多くの生活に関わる道具も「商品」である時代です。近世には、現在のマーケティングのように広告やノベルティグッズなどによる販売拡大、分業や効率化による生産努力、市場の価値観の形成なども行っていて、その復元は考古学的成果と文字情報や絵画資料などを合わせて行うことになります。商品の生産システム、流通構造、消費動向の把握など、陶磁器研究を通してみえる先史時代にはない歴史考古学の評価視点とも言えます。
僕は、長年、東京大学構内の遺跡の掘調査を行ってきました。このうち本郷キャンパスは、江戸時代の加賀藩や水戸藩などの大名屋敷があった場所です。特に興味を引かれたのは、ここから出土してきた膨大な遺構、遺物は、単なる廃棄物ではなく、当時の大名屋敷に居住していた人の社会、文化、経済などを読み解く手がかりとなっていることが判ったからです。キャンパス内には、赤門や三四郎池、藩邸境の石垣など現在に残る江戸時代の建造物などもあり、当時の文字資料や絵画資料、それと調査した考古学資料たちは豊かな実証素材として、人びとの活動を浮かび上がらせてくれます。

こうしたことがきっかけとなって、出土陶磁器の研究を行ってきました。現代でも日本ほど陶磁器を多く使っている国はありません。ここから出土する陶磁器は、使われた時代、場所、階層、目的などによって異なる様相になって現れ、幕藩体制下の社会階層、権力構造、文化動向、経済格差などを示唆する具体的資料となります。例えば、御殿から出土する上質で揃いの磁器製食膳具類は、家臣や大名同士の付き合いなどから必要であった共食道具として、中国、朝鮮、東南アジア、ヨーロッパ製の茶道具や調度類は、大名必須の素養や武家儀礼道具として、家臣が居住する場所から多量に出土する酒徳利類は、単身赴任者(江戸詰の家臣)が多い参勤交代制によって現出された江戸という時代や場所特有の様相とも言えます。
どの地域でも、地域によって独自の的指摘成立や発展過程があり、人間の社会的、経済的、文化的活動はそうした地域や時代に大きな影響を受けています。人間の残した活動の多様な痕跡から、そうした行為を考えることに大きな楽しさを感じています。
陶磁器流通は、海外を含めるとさらに大きなダイナミズムが看取できます。17世紀にヨーロッパを市場化した東洋磁器は、茶やコーヒー、上流階層の室内装飾や趣味などの「行為」と密接な関係にある「道具」として需要されていることから、その「道具」が、なにが、いつ、どこで、どのように出土するか?などを分析する事で、社会階層、経済活動、文化的志向や価値観、行為の普及や変容、ひいてはそれを受容した国内産業への影響など、実に多面的で豊かなアプローチが可能な興味深いテーマと考えています。また、東アジア海域では、中世末から近世初頭ころから、東南アジア地域と日本で陶磁器の出土様相に明確な違いが現れてきます。日本では多様化した種々の文化的行為に対応した陶磁器生産が広く行われたことで、東南アジア地域とは別の陶磁器流通・消費ブロックが形成され、東アジア内に独自の文化的志向性が顕著になっていきます。これは陶磁器に限ったことでは思っていますが、こうした傾向は、グローバル化した現在においても明確に継承されています。
