行為主体感とは、他の誰でもなく自分がその行為を行っている本人(主体)であるという感覚のことです。この行為主体感は、必ずしも自覚的ではありませんが、我々が日常行う全ての行為において感じられます。本研究では、コミュニケーションに重要な発話に焦点をあて、発話に伴って得られる行為主体感にどのような特徴があるのかを探りました。発話は喉や口の運動であるとともに、発せられる声には自分らしさを感じることができます。声の自分らしさは、まさに自分が発話行為をしているという感覚に、どのような役割を果たすのでしょうか。
東京大学大学院人文社会系研究科の大畑龍特任研究員(研究当時)らは、発話とそれに応じて聞こえてくる音声との関係を調べる心理実験を通して、上記の問題に取り組みました。その結果、自分らしい声を発話行為の結果として聞くことが、強い主体感を得るためには不可欠であることが示されました。
幻聴に苦しむ患者さんの多くは、存在しない他人の声に悩まされています。今回の研究成果は、発話行為に伴って感じられる主体感とその際に聞こえてくる音声との密接なつながりを浮き彫りにしました。今後、神経科学の観点なども取り入れながらより詳細に調べることで、幻聴のメカニズムの理解に貢献できると考えています。
【図1】 実験参加者が1つ目の実験として行った時間間隔の推定課題とその結果
(A)参加者は、「あ」、「い」、「う」、「え」、「お」のいずれかの文字をマイクに向かって発話しました。0.2秒、0.4秒、0.6秒のいずれかの遅れの後に、発話した音声を聞きました。その後、発話と聞こえてきた音声との間隔がどのくらいの長さだと感じたかを報告をしました。(B)各音声条件における、参加者が報告した発話と音声の時間間隔。高音・低音条件と比較し、通常条件では、参加者は時間間隔をより短く報告し、より強い行為主体感を感じていたことが解りました。図の結果は、0.2秒、0.4秒、0. 6秒の遅れの3条件間で平均したものです。点は各参加者の報告した値を示しています。
【図2】 実験参加者が2つ目の実験として行った主観評価課題とその結果
(A)参加者は、「あ」、「い」、「う」、「え」、「お」のいずれかの文字をマイクに向かって発話しました。0.05秒、0.20秒、0.35秒、0.5秒、0.65秒のいずれかの遅れの後に、「どのくらい聞こえてきた音声を自分が引き起こしたと感じたか」を報告しました。(B)報告された行為主体感の強さの参加者間の平均値。通常条件では、高音・低音条件と比較してより強い主体感を感じていたことが解りました。また、通常条件では、発話と音声の時間間隔の長さに主体感の強さがほとんど影響を受けないことも明らかとなりました。エラーバーは95%信頼区間を示しています。