| 開催日 | 2026年8月7日 |
|---|---|
| 開催時間 | 10:30~12:30 |
| 開催場所 | 東京大学本郷キャンパス法文1号館・文学部115教室/Zoomオンライン配信【ハイブリッド形式】 |
| 申込方法 | 8/7開催分の参加エントリーは、対面・オンラインともに、こちらからお願いします。(8/5〆切) https://forms.gle/muquSDc4Ymfacaio6 |
| 使用言語 | 英語 |
講演タイトル:
“Wounded lands and exposed people: the drift of Agent Orange in discourses of Science, diplomacy and emerging biocitizenship in Vietnam”
講演者:Tâm T. T. Ngô(タム・ノー)(オランダ戦争資料研究所NIOD上級研究員・准教授、宗教人類学)
コメンテーター:堀江宗正(東京大学大学院人文社会系研究科教授・死生学応用倫理)
司会:西村明(東京大学大学院人文社会系研究科教授・宗教学宗教史学)
概要:本稿は、「生物学的市民権(biocitizenship)」と「漂流(drift)」という二つの視座を交差させながら、ベトナムにおける枯葉剤がもたらした持続的影響を分析する。民族誌調査と文庫調査に基づき、戦争生態学の有する危険な磁力を批判的に検討しつつ、汚染された身体がいかに混乱した分析カテゴリーを生み出すかを明らかにする。ダイオキシンに曝露した退役兵とその家族の苦境は、トラウマの継承と市民権の係争の担い手として、化学物質への曝露が心理的苦痛、社会的スティグマ、承認とケアの要求が織り交ぜられた主張の源泉となる様を示している。枯葉剤が人体と環境に与える影響をめぐる科学的言説は政治的制約と認識論的不安定性によって形成されており、帰還兵たちは曝露・否認・断片化された正義のはざまに置かれ続けている。毒素の緩慢な「漂流」を追跡することで、曝露がいかに身体化・解釈され、遺伝的にも情動的にも次世代へと受け継がれるかが見えてくる。また「生物学的市民権」の実践は、国家補償と越境的連帯の可能性を示す一方で、スティグマ・沈黙・政治的否認という限界をも露わにする。この二重の分析枠組みは、ベトナム帰還兵の生きられた経験が生物学的市民権の普遍主義的説明に挑戦し、有毒兵器による戦争がもたらす道徳的、心理的、政治的な利害関係を前面に押し出すものである。この講演が、広島・長崎への原爆投下記念日の間に東京大学で行われることを受け、核戦争の永続的な遺産と向き合い続けなければならない人々に対し、敬意を表したい。ここで紹介する論文は、最近の特集号『War Ecologies and Their Seduction』(『War & Society』誌に掲載)の一部である。私はこの特集号を共同編集し、戦争、有毒な環境、そしてそれらがもたらす長期的な人的影響の絡み合いを理解することの重要性を強調した。こうしたつながりは、日本の被爆者の経験と、ベトナムのエージェント・オレンジ被害を受けたコミュニティの経験の双方に共通して見られるものである。
主催:東京大学ヒューマニティーズセンター
共催:戦争社会学研究会
第149回オープンセミナーポスター
“Wounded lands and exposed people: the drift of Agent Orange in discourses of Science, diplomacy and emerging biocitizenship in Vietnam”
講演者:Tâm T. T. Ngô(タム・ノー)(オランダ戦争資料研究所NIOD上級研究員・准教授、宗教人類学)
コメンテーター:堀江宗正(東京大学大学院人文社会系研究科教授・死生学応用倫理)
司会:西村明(東京大学大学院人文社会系研究科教授・宗教学宗教史学)
概要:本稿は、「生物学的市民権(biocitizenship)」と「漂流(drift)」という二つの視座を交差させながら、ベトナムにおける枯葉剤がもたらした持続的影響を分析する。民族誌調査と文庫調査に基づき、戦争生態学の有する危険な磁力を批判的に検討しつつ、汚染された身体がいかに混乱した分析カテゴリーを生み出すかを明らかにする。ダイオキシンに曝露した退役兵とその家族の苦境は、トラウマの継承と市民権の係争の担い手として、化学物質への曝露が心理的苦痛、社会的スティグマ、承認とケアの要求が織り交ぜられた主張の源泉となる様を示している。枯葉剤が人体と環境に与える影響をめぐる科学的言説は政治的制約と認識論的不安定性によって形成されており、帰還兵たちは曝露・否認・断片化された正義のはざまに置かれ続けている。毒素の緩慢な「漂流」を追跡することで、曝露がいかに身体化・解釈され、遺伝的にも情動的にも次世代へと受け継がれるかが見えてくる。また「生物学的市民権」の実践は、国家補償と越境的連帯の可能性を示す一方で、スティグマ・沈黙・政治的否認という限界をも露わにする。この二重の分析枠組みは、ベトナム帰還兵の生きられた経験が生物学的市民権の普遍主義的説明に挑戦し、有毒兵器による戦争がもたらす道徳的、心理的、政治的な利害関係を前面に押し出すものである。この講演が、広島・長崎への原爆投下記念日の間に東京大学で行われることを受け、核戦争の永続的な遺産と向き合い続けなければならない人々に対し、敬意を表したい。ここで紹介する論文は、最近の特集号『War Ecologies and Their Seduction』(『War & Society』誌に掲載)の一部である。私はこの特集号を共同編集し、戦争、有毒な環境、そしてそれらがもたらす長期的な人的影響の絡み合いを理解することの重要性を強調した。こうしたつながりは、日本の被爆者の経験と、ベトナムのエージェント・オレンジ被害を受けたコミュニティの経験の双方に共通して見られるものである。
主催:東京大学ヒューマニティーズセンター
共催:戦争社会学研究会
第149回オープンセミナーポスター