近代国家となったばかりの日本政府が1899年に制定した「北海道旧土人保護法」は、1997年に「アイヌ文化振興法」ができるまで、大日本帝国憲法の時代からほぼ100年にわたって存在した。「アイヌ文化振興法」成立当時の同法に関する評価は、「旧土人保護法」がようやく廃止され、日本における近代的な先住民族政策が始まったという肯定的な評価と、同化政策により困窮に陥った生活の保障や、先住民族の権利など、重要な事項が棚あげされ、文化振興という曖昧な目的に法律が集約されてしまったことに対する圧倒的な批判のふたつに分かれた。2019 年の法改正で初めて、アイヌ民族が日本の先住民族であると法律上に明記された。しかし、先住権の議論や社会的格差の是正といった社会的な問題を、誰もが賛同しやすい文化振興が覆い隠しているのではないかという懸念は、現在もなお解消されていない。この指摘は、芸術文化の社会的ありかたを研究するアートマネジメント研究・文化政策研究の分野において、深刻かつ重大な問題を投げかけている。
第二次世界大戦において、日本を含む複数の国で交響曲や絵画、映画などが戦意高揚や国民統合のために利用されたことは、文化政策研究における出発点とも言える出来事である。そのため現代における文化政策の根本的な目的は、国威を発揚することや文化を統制・規制することではなく、多様な主体による表現活動を支援し、文化の多様性や、民主的な議論が交わされる社会を保証することに他ならない。アイヌ民族の人権や社会活動を率いてきた先人のなかにも、表現活動を通じて制度的課題や社会的差別に真っ向から向き合ってきた作家・表現者も少なくない。文化振興が、先住民族政策の失敗を覆い隠す装置となるか、それとも先住民族の人権や尊厳を回復するための積極的な戦略となりうるかは、現代のアイヌの文化実践者・表現者と、いかに真剣に向き合うことができるかにかかっている。
本研究はこうした視点に基づいて、これまで先住民族政策として批判の対象となってきたアイヌ文化の振興を、文化政策の視点から見直すことで、アイヌ民族の人権や尊厳を回復するための重要な政策として位置づけ直すことができるかを問う。このために、先住民政策と文化政策の結節点であるアイヌの文化財制度について、そして尊厳や権利の回復を志向する実践としての文化実践・芸術表現の実態について探っていく
本稿は3つの部からなる。第一部は、研究基盤となる3つの分野のレビューと、研究の方法論についてのふたつの章で構成されている。第1章では、アートマネジメント研究・文化政策研究、クリティカル・ヘリテージスタディーズ、先住民による先住民研究という三つの理論的潮流を参照し、それぞれが本研究にどのような視座を与えるかを示した。また本研究が、研究者がコミュニティに関わりながら調査を行う「インサイダーリサーチ」の手法をとり、コミュニティが直面する社会的課題にコミュニティとともに学び行動しながら記述する「アクションリサーチ」であることを確認した。さらに、「和人」「脱植民化」「多数派特権」などの用語と概念を整理することで、以降の議論の基盤を整えた。第2章では、和人研究者としてのポジショナリティと研究の「関係性の責任」を明示し、2020年代に非先住民が先住民を研究することの社会的責任として、研究が一方的な搾取とならないためのモデルを「アーティスト・インタビュー」と「共同研究」に示した。
第二部では文化財として保護されてきたアイヌの芸能と、1997年以降の政策の転換に焦点を当てた。まず第3章では文化財保護法が成立した後、無形の民俗資料として文化財保護の対象となった金成マツ(イメカヌ)の「アイヌのユーカラ」について取り上げ、1950年代以降、アイヌの語りや歌が「無形文化財」や「民俗資料」として制度化される過程で、「他民族」という概念が、アイヌ文化を文化財保護の中心から遠ざける装置として機能してきた点を明らかにした。第4章では「アイヌ古式舞踊」が重要無形民俗文化財として指定されるまでの調査・指定過程を検証した。知里真志保と本田安次の調査内容や立場の違いに着目し、本田の調査には矛盾点が指摘されるものの、知里よりも本田の説明が文化財行政に反映され、文化財の名称や説明として定着していったことを示した。さらに現代における実践の現状を整理し、文化財指定以後のアイヌの芸能について状況を明らかにした。第5章では、文化(財)政策ではなく先住民族政策として発展したアイヌの文化政策について、1997年法とともに設立されたアイヌ文化振興・研究推進機構の事業を分析し、文化支援施策が急激に拡大したことを示した。最後に第6章では、差別や社会的スティグマが世代を超えて継承されたことが、現在に至るまで芸能の継承を困難にしていることを確認したうえで、人権や文化多様性を前提とし、コミュニティの自己決定を重視し、過去ではなく未来を起点とした無形文化遺産のあり方を示した。
第7章からはじまる第三部では、これまで研究対象となってこなかった現代における文化実践や芸術表現についてケーススタディとして取り上げた。まず第7章では、民族共生象徴空間ウポポイの開業を契機とした白老地域における芸能継承の実態を分析した。後半では各地のアイヌ文化保存会が、ウポポイにおける公演を通じて新たな社会的意義を見出している点を示した。第8章では、阿寒湖アイヌコタンでこれまでに数多くの新しい舞台作品が生み出された源泉として、1968年に結成された舞台集団「ユーカラ座」を取り上げた。「ユーカラ座」設立当初の状況を新聞報道やインタビューを通じて分析し、パリ公演の内容や評価を論じるとともに、文化盗用、知的財産をめぐる議論を通じて、先住民族による表現の自主性とコントロールの重要性を論じた。「ユーカラ座」が当時、溢れかえるような和人によるアイヌ表象の中で、アイヌ自身による表現を模索していった様子が明らかになった。最後に第9章では、現代美術や舞台芸術の分野で活動するマユンキキの実践を通じて、アイヌの現代的表現の可能性を検討した。私的な語りや言葉へのこだわり、コレクティブとしての制作、博物館や美術館への介入などを分析し、脱植民地化/先住民化を実践する表現の方法論を明らかにした。また、「アイヌ・アート」という他称的枠組みへの批判を通じて、先住民として表現することの意味が問い直されていることを示した。
歌や踊りは、単なる余興ではない。歌や踊り、物語りを実践すること、ものを作ること、作るための知識を獲得しに行くこと──先住民族の文化を実践することは、それが伝統的な表現であれ、新しい表現であれ、文化や伝統的知識を、ひいてはアイデンティティや尊厳を回復するための社会的実践である。ただしその文化実践の範囲を政府が規定するとすれば、それは支配の継続を意味している。1997年法は、文化を「伝統的」と狭義に定義したことで、アイヌ文化をステレオタイプに閉じ込めた。この定義は2019年の法改正で改善されたが、本論で扱ったような先住民族の現代的な文化実践や表現が、研究や政策の対象として長らく取り上げられてこなかったことは偶然ではない。そして現代において文化を実践することとは、アイヌを非人間化してきた壮絶な差別を経験してきた世代と接続することでもあり、それにはレトリックではない、実質的な尊厳の回復がもとめられている。
一方、小熊は、こうした先住民を中心とする態度に「マイノリティ・ナショナリズム」が潜む可能性を論じている。「マイノリティ・ナショナリズム」の根本的な問題点は、それが結局は支配側が生み出した言説の中に囚われており、差別を恐れて同化を望むことと表裏一体のものであるという点である。同化するか、拒否するかという苦しい二者択一を脱する第3の行動としてリンダ・トゥヒワイ・スミスは、自分自身の存在や位置付けを積極的に「読み換えていく」こと、「研究し返す(リサーチバックする)」ことを主張する。物語を書き換えること、更新すること、「異なる世界を想像すること」を可能にするのが、芸術であり、表現である。こうした「書き換え」は、現代的な表現である必要も、前衛的である必要はない。白老では「イノミ」の舞台に物語性を加えることで、イオマンテをめぐる新たな章を創出した。ユーカラ座は、木彫りを土産物から彫刻作品へと転換させたように、芸能を見世物から舞台作品へと変容させた。そしてマユンキキは、木彫りや刺繍に限定されてきたアイヌ表現の領域に、コンセプチュアルアートという新たな地平を切り拓いた。「書き換えること」「書き返すこと」「異なる世界を想像すること」、そして「物語を書き換える権利」を自らの手に取り戻すこと──それこそが、アイヌ文化振興に現代的な実践や表現が不可欠である理由である。
カナダの国立劇場2018年、「先住民シアター」部門を設立し、先住民の芸術表現をナショナル・カルチャーとして提示する道を選択した。また台湾では原住民を中心とした当事者主導の文化財政策が実際に機能している。先住民族の自己決定を文化政策に組み込むことは、決して不可能ではない。先住民を周縁化してきた日本が、多文化主義的な文化政策を検討することは、多くの日本人が多数派特権として享受する「自分のアイデンティティを形作る権利」、「自分の将来像を描く権利」を、多数派だけでなく全ての日本人に保証することである。
第二次世界大戦において、日本を含む複数の国で交響曲や絵画、映画などが戦意高揚や国民統合のために利用されたことは、文化政策研究における出発点とも言える出来事である。そのため現代における文化政策の根本的な目的は、国威を発揚することや文化を統制・規制することではなく、多様な主体による表現活動を支援し、文化の多様性や、民主的な議論が交わされる社会を保証することに他ならない。アイヌ民族の人権や社会活動を率いてきた先人のなかにも、表現活動を通じて制度的課題や社会的差別に真っ向から向き合ってきた作家・表現者も少なくない。文化振興が、先住民族政策の失敗を覆い隠す装置となるか、それとも先住民族の人権や尊厳を回復するための積極的な戦略となりうるかは、現代のアイヌの文化実践者・表現者と、いかに真剣に向き合うことができるかにかかっている。
本研究はこうした視点に基づいて、これまで先住民族政策として批判の対象となってきたアイヌ文化の振興を、文化政策の視点から見直すことで、アイヌ民族の人権や尊厳を回復するための重要な政策として位置づけ直すことができるかを問う。このために、先住民政策と文化政策の結節点であるアイヌの文化財制度について、そして尊厳や権利の回復を志向する実践としての文化実践・芸術表現の実態について探っていく
本稿は3つの部からなる。第一部は、研究基盤となる3つの分野のレビューと、研究の方法論についてのふたつの章で構成されている。第1章では、アートマネジメント研究・文化政策研究、クリティカル・ヘリテージスタディーズ、先住民による先住民研究という三つの理論的潮流を参照し、それぞれが本研究にどのような視座を与えるかを示した。また本研究が、研究者がコミュニティに関わりながら調査を行う「インサイダーリサーチ」の手法をとり、コミュニティが直面する社会的課題にコミュニティとともに学び行動しながら記述する「アクションリサーチ」であることを確認した。さらに、「和人」「脱植民化」「多数派特権」などの用語と概念を整理することで、以降の議論の基盤を整えた。第2章では、和人研究者としてのポジショナリティと研究の「関係性の責任」を明示し、2020年代に非先住民が先住民を研究することの社会的責任として、研究が一方的な搾取とならないためのモデルを「アーティスト・インタビュー」と「共同研究」に示した。
第二部では文化財として保護されてきたアイヌの芸能と、1997年以降の政策の転換に焦点を当てた。まず第3章では文化財保護法が成立した後、無形の民俗資料として文化財保護の対象となった金成マツ(イメカヌ)の「アイヌのユーカラ」について取り上げ、1950年代以降、アイヌの語りや歌が「無形文化財」や「民俗資料」として制度化される過程で、「他民族」という概念が、アイヌ文化を文化財保護の中心から遠ざける装置として機能してきた点を明らかにした。第4章では「アイヌ古式舞踊」が重要無形民俗文化財として指定されるまでの調査・指定過程を検証した。知里真志保と本田安次の調査内容や立場の違いに着目し、本田の調査には矛盾点が指摘されるものの、知里よりも本田の説明が文化財行政に反映され、文化財の名称や説明として定着していったことを示した。さらに現代における実践の現状を整理し、文化財指定以後のアイヌの芸能について状況を明らかにした。第5章では、文化(財)政策ではなく先住民族政策として発展したアイヌの文化政策について、1997年法とともに設立されたアイヌ文化振興・研究推進機構の事業を分析し、文化支援施策が急激に拡大したことを示した。最後に第6章では、差別や社会的スティグマが世代を超えて継承されたことが、現在に至るまで芸能の継承を困難にしていることを確認したうえで、人権や文化多様性を前提とし、コミュニティの自己決定を重視し、過去ではなく未来を起点とした無形文化遺産のあり方を示した。
第7章からはじまる第三部では、これまで研究対象となってこなかった現代における文化実践や芸術表現についてケーススタディとして取り上げた。まず第7章では、民族共生象徴空間ウポポイの開業を契機とした白老地域における芸能継承の実態を分析した。後半では各地のアイヌ文化保存会が、ウポポイにおける公演を通じて新たな社会的意義を見出している点を示した。第8章では、阿寒湖アイヌコタンでこれまでに数多くの新しい舞台作品が生み出された源泉として、1968年に結成された舞台集団「ユーカラ座」を取り上げた。「ユーカラ座」設立当初の状況を新聞報道やインタビューを通じて分析し、パリ公演の内容や評価を論じるとともに、文化盗用、知的財産をめぐる議論を通じて、先住民族による表現の自主性とコントロールの重要性を論じた。「ユーカラ座」が当時、溢れかえるような和人によるアイヌ表象の中で、アイヌ自身による表現を模索していった様子が明らかになった。最後に第9章では、現代美術や舞台芸術の分野で活動するマユンキキの実践を通じて、アイヌの現代的表現の可能性を検討した。私的な語りや言葉へのこだわり、コレクティブとしての制作、博物館や美術館への介入などを分析し、脱植民地化/先住民化を実践する表現の方法論を明らかにした。また、「アイヌ・アート」という他称的枠組みへの批判を通じて、先住民として表現することの意味が問い直されていることを示した。
歌や踊りは、単なる余興ではない。歌や踊り、物語りを実践すること、ものを作ること、作るための知識を獲得しに行くこと──先住民族の文化を実践することは、それが伝統的な表現であれ、新しい表現であれ、文化や伝統的知識を、ひいてはアイデンティティや尊厳を回復するための社会的実践である。ただしその文化実践の範囲を政府が規定するとすれば、それは支配の継続を意味している。1997年法は、文化を「伝統的」と狭義に定義したことで、アイヌ文化をステレオタイプに閉じ込めた。この定義は2019年の法改正で改善されたが、本論で扱ったような先住民族の現代的な文化実践や表現が、研究や政策の対象として長らく取り上げられてこなかったことは偶然ではない。そして現代において文化を実践することとは、アイヌを非人間化してきた壮絶な差別を経験してきた世代と接続することでもあり、それにはレトリックではない、実質的な尊厳の回復がもとめられている。
一方、小熊は、こうした先住民を中心とする態度に「マイノリティ・ナショナリズム」が潜む可能性を論じている。「マイノリティ・ナショナリズム」の根本的な問題点は、それが結局は支配側が生み出した言説の中に囚われており、差別を恐れて同化を望むことと表裏一体のものであるという点である。同化するか、拒否するかという苦しい二者択一を脱する第3の行動としてリンダ・トゥヒワイ・スミスは、自分自身の存在や位置付けを積極的に「読み換えていく」こと、「研究し返す(リサーチバックする)」ことを主張する。物語を書き換えること、更新すること、「異なる世界を想像すること」を可能にするのが、芸術であり、表現である。こうした「書き換え」は、現代的な表現である必要も、前衛的である必要はない。白老では「イノミ」の舞台に物語性を加えることで、イオマンテをめぐる新たな章を創出した。ユーカラ座は、木彫りを土産物から彫刻作品へと転換させたように、芸能を見世物から舞台作品へと変容させた。そしてマユンキキは、木彫りや刺繍に限定されてきたアイヌ表現の領域に、コンセプチュアルアートという新たな地平を切り拓いた。「書き換えること」「書き返すこと」「異なる世界を想像すること」、そして「物語を書き換える権利」を自らの手に取り戻すこと──それこそが、アイヌ文化振興に現代的な実践や表現が不可欠である理由である。
カナダの国立劇場2018年、「先住民シアター」部門を設立し、先住民の芸術表現をナショナル・カルチャーとして提示する道を選択した。また台湾では原住民を中心とした当事者主導の文化財政策が実際に機能している。先住民族の自己決定を文化政策に組み込むことは、決して不可能ではない。先住民を周縁化してきた日本が、多文化主義的な文化政策を検討することは、多くの日本人が多数派特権として享受する「自分のアイデンティティを形作る権利」、「自分の将来像を描く権利」を、多数派だけでなく全ての日本人に保証することである。