近年、GDPに代わる豊かさの指標としてウェルビーイング (Well-being) の向上が世界的な政策目標とされ、証拠に基づく政策立案 (EBPM) の潮流の中で様々な指標が開発されている。しかし、主観的幸福感 (SWB) や包括的なウェルビーイングの最大化を無条件の「善」とする既存の心理学的・政策的アプローチは、「何が善き生か」という個人の多様な価値観に対して国家が直接的に介入するパターナリズム (過干渉) の危険性を孕んでいる。倫理学や政治哲学においては、こうしたパターナリズムを回避するため、「基本的ニーズ」や「潜在能力」といった客観的リストに基づく保障の境界線 (社会は何を保障すべきか) が長く論争されてきた。他方で、政策の受容主体であり、実際に社会を構成する市民自身がこの問題をどのように認識しているかという、心理学的な実態の解明は遅れていた。本研究は、心理学が記述する「私にとって何が良いか (個人的な望ましさ)」と、社会への要請である「社会は何を保障すべきか (社会的な保障判断)」の間に存在する認知的乖離に着目する。実験哲学および社会心理学的な手法を用いて市民の素朴なウェルビーイング観の構造を実証的に解明し、専門家による独善的なパターナリズムを回避しつつ民主的な合意形成を図るための実行可能性の制約条件および公共的討論の出発点となる、ウェルビーイング保障の多次元モデルを提示することを目的とする。
 社会的な合意形成が最も容易と想定される「ネガティブの回避 (苦痛や欠乏の除去)」の領域に関して、基本的ニーズに関する市民の認識構造を検証した。日本を含む5か国 (日本、アメリカ、イギリス、ブラジル、インドネシア) の一般市民を対象とした実証調査 (研究1-1, 1-2) を実施した結果、市民の抱くニーズ概念は、専門家が客観的に定義するような「最低限の生命維持」に閉じたものではなく、自己実現などの「ポジティブの追求」へと開かれた、広範かつ主観的なものであることが示された。また、具体的な構成要素の評価から、市民のニーズ認識には明確なプロトタイプ構造が存在することが明らかとなった。食料や安全といった「生存」に関わる要素を最も典型的な中核 (核) としつつも、愛や自律といった「ポジティブの追求」に関わる要素をも周縁的なニーズとして連続的に位置づけるという、多次元的な実態が確認された。これは、専門家が想定する「必要最低限のハードル」という狭義の定義だけでは市民の直観的欲求を捉えきれず、より高次で広範な要素を射程に収めた保障論議が必要であることを意味している。
 第2部で基本的ニーズの周縁に見出された「ポジティブの追求 (自己実現や関係性など)」の領域について、日本を対象にその詳細な構成と社会的な保障判断の構造を分析した (研究2-1~2-3)。探索的因子分析の結果、日本人のウェルビーイング観の構成要素は、「安全性」「自律性」「社会性」「個人性」の大きく4つの領域に分類されることが確認された。本調査から、個人の価値観と社会への要請に関する2つの重要な知見が得られた。第一に、個人の幸福にとっての「個人的な望ましさ」において最も重視されたのは、快楽や主観的満足に関わる「個人性」や、自己表現に関わる「自律性」であった。第二に、個人的に最も重視されたこれらの「個人性」や「自律性」は、社会的な保障判断の文脈においては、リベラルな社会における「私的自治」や「個人の自由」に属するものとみなされ、公的保障の対象としては極めて消極的に評価されることが示された。逆に、個人的な重要度が相対的に低い「安全性」や「社会性」の方が、客観的な生存基盤や共通善として、公的保障との親和性が高いという「構造的ねじれ」が確認された。これは、個人の内面や私的な生き方へ国家が直接的に介入することをパターナリズムとして強く忌避する、市民の洗練されたバランス感覚の表れと解釈できる。
 第2部・第3部の知見を統合し、人々がある要素を社会が保障すべきと判断するメカニズムを解明するため、「必要性 (不可欠さ)」「適切性 (客観的望ましさ)」「飽和性 (充足の上限の有無)」の3つの評価基準を用いた重回帰分析を実施した (研究3)。分析の結果、対象領域が公的か私的かによって適用される正当化の論理が切り替わる「領域依存的な並列処理 (条件分岐的プロセス)」が見出された。インフラや関係性を含む公的領域 (安全性・社会性) では、「適切性 (それが客観的に善いことであるか)」が介入を正当化する強力な要因であった。他方で、個人の成功や内面に関わる私的領域 (自律性・個人性) においては適切性の影響力は完全に消失し、危害原理のように「必要性 (それが生きていく上で不可欠であるか)」のみが公的保障を予測していた。さらに、従来の十分性主義や経済学が想定する「飽和する (明確な上限がある) ニーズだから保障について合意しやすい」という前提に反し、安全性や自律性といった「いくらあっても困らない (非飽和な)基盤」に対してこそ、際限のない永続的な公的バックアップが強く要請されるという「飽和性の逆説」が明らかとなった。これに基づき、ウェルビーイング保障の構造を以下の3つの領域からなる「多次元モデル」として概念化した。(1) 基盤的保障領域 (安全性・自律性): 非飽和な必要性に基づき、個人の多様な幸福追求を可能にするための「生存」と「行為主体性」の基盤として、最も強い保障 (権利) が万人に等しく要請される領域。(2) 社会的調整領域 (社会性): 飽和的な適切性に基づき、共同体の維持に必要な範囲において、強制的義務ではなく環境整備や推奨的支援に留まるべき領域。(3) 私的放任領域 (個人性): 主観的幸福感に寄与するもの公的保障の直接的な対象外とみなされ、リベラルな中立性に基づく「不干渉の自由」が確保される領域。
 市民の直観が支持するウェルビーイング社会とは、個人の幸福感 (SWB) を含むすべての要素を国家が無差別に最大化しようとする社会ではない。それは、私的なポジティブの追求 (私的放任領域) と社会的な道徳 (社会的調整領域) の自由を尊重しつつ、その前提条件となる生存と自律の基盤 (基盤的保障領域) を、非飽和な成長要件として堅牢に確保する多次元的な構造を持つ社会である。むろん、測定された心理学的事実がそのまま国家の政策的になすべきことを構成するわけではない。本研究が記述した現状の直観的選好には、長引く経済停滞や政府機能への不信感によってもたらされた学習性無力感などの「適応的選好」や、マジョリティの価値観を無批判に受け入れる「現状追認 (多数派の専制)」のリスクが含まれている可能性を排除できないためである。こうした事実から規範への無批判な飛躍は、構造的な不正義を温存する自然主義的誤謬に陥る危険性を伴う。しかし、いかに不完全な認知データであったとしても、国家の政策が専門家による独善的なパターナリズムを回避し、民主的な受容性を担保するためには、この「市民の認識」を実行可能性の制約条件としなければならない。本研究が提示したモデルは、EBPMにおける政策評価の指標を「結果としての幸福度の最大化」から、潜在能力アプローチが示唆する「機会としての基盤充足度のモニタリング」へと適正化するための理論的根拠となる。本研究の最終的な実践的意義は、適応的選好を乗り越え、多様な価値観が分断される社会において「討論型世論調査 (deliberative polling)」等を通じた民主的な合意形成を行うための、強固な公共的討論の出発点 (ベースライン) を提供した点にある。