本論文は,仏教論理学派における認識論の展開を,プラジュニャーカラグプタを中心として再検討し,ディグナーガおよびダルマキールティ以後の思想的変容を明らかにするものである.そのために,「意による直接知覚」と「快楽などの自己認識」という二つの主題を取り上げ,先行する仏教論理学派の議論,およびジャイナ教,ニヤーヤ・ヴァイシェーシカ学派など他学派の議論を踏まえて,プラジュニャーカラグプタの議論を検討する.
認識・論理を中心課題とする仏教論理学派の議論は,「認識手段」の概念のもとに体系化された.直接知覚を初めとする認識手段は快楽の獲得と苦痛の回避に関わるため,人間の行動や価値判断と関連する.「意による直接知覚」および「快楽などの自己認識」は,直接知覚の代表例である感官知とは異なる形で,対象の把握や快楽・苦痛の認識に携わる.両者は,概念作用を離れた直接知覚がいかに人間の行動を導きうるかという問題と密接に関連する論点である.
仏教論理学派の思想は,ディグナーガの『集量論』を起点とし,ダルマキールティの『量評釈』『量決択』などを経て,後代の論師たちによる注釈・再解釈を通じて展開した.『量評釈』第3章「直接知覚」では,「意による直接知覚」および「快楽などの自己認識」が論じられている.プラジュニャーカラグプタの『量評釈荘厳』は,この『量評釈』の注釈書であり,独自の理論を展開する点に特徴がある.本研究で扱う両主題についても,それらを関連づけた独自の理論を提示している.しかし,とくに「快楽などの自己認識」に関する体系的研究はほとんど存在しない.この点から,両主題を中心に彼の議論を再検討する意義が認められる.
研究方法としては,『量評釈』第3章詩節249–254,266–267,およびそれらに対する諸注釈,ならびに『量評釈荘厳』の該当箇所を中心に,文献学的研究を行った.
第1章 仏教論理学派における「意による直接知覚」
第1章では,「意による直接知覚」をめぐる議論を,ジャイナ教徒による批判を踏まえて再構成した.ダルマキールティ以降の論師たちによる議論には,(1)意による直接知覚を設定する理由,(2)認識過程において意による直接知覚が生起する時機という二つの論点がある.前者については,概念知(想起)の存在を根拠とする説や,定説・聖典を根拠とする説があり,後者については,感官知と同時に生起するか否かをめぐって「同時生起」説と「異時生起」説が存在した.しかし,これらの論点だけでは,プラジュニャーカラグプタの「同一性措定」説を十分に位置づけることができない.
第2節では,ジャイナ教のアカランカによる批判を検討した.アカランカは,『シッディ・ヴィニシュチャヤ』および『ニヤーヤ・ヴィニシュチャヤ』において,感官知と意による直接知覚の差異が知られないことを理由として,ダルマキールティが設定するような意による直接知覚を批判し,シャーンタバドラやダルモッタラの説を論駁した.この議論から,意による直接知覚については,(3)感官知とは別個に知られないことをいかに説明するかという問題も存在したことが明らかとなる.
第3節では,この問題に対するプラジュニャーカラグプタの解答を検討した.彼は,「確定」説によって(1)意による直接知覚を設定する理由を説明する一方,「同一性措定」説によって(3)感官知とは別個に知られないことを説明した.さらに,両説を考慮すると,(2)生起の時機についても「同時生起」説として理解できる.すなわち,感官知と意による直接知覚は,対象の明瞭な形象と確定の形象という異なる特徴を伴いつつ同時に生起するが,錯誤によって同一視されるため,区別されない形で経験されるのである.
以上から,プラジュニャーカラグプタの「意による直接知覚」説は,先行するシャーンタバドラやダルモッタラの議論を踏まえつつ,「感官知と意による直接知覚の差異」という問題に応答する形で形成されたものであることが明らかとなる.彼の説は,彼の究極的な立場である「多様不二論」によって根拠づけられている.
第2章 仏教論理学派における「快楽などの自己認識」
第2章では,「快楽などの自己認識」をめぐる諸見解を比較し,快楽・苦痛を認識の主観的側面(=把握主体の形象grāhaka-ākāra)とするディグナーガおよびダルモッタラと,これらを認識の客観的側面(=把握対象の形象grāhya-ākāra)とするダルマキールティとの対比から,プラジュニャーカラグプタの独自性を考察した.
第1節では,自己認識の構造における主観的側面に着目し,快楽・苦痛の位置づけを検討することで,ディグナーガおよびダルモッタラとダルマキールティとの相違を明らかにした.前者は,快楽・苦痛を認識の主観的側面とし,客観的側面である対象の形象の価値判断を可能とする基準として捉えたと考えられる.これに対し,ダルマキールティは,対象の形象と同じく,快楽・苦痛を客観的側面に位置づけた.ただし,「快楽などの自己認識」の議論では前者に近い立場を示すようにみえる.この問題を検討するため,『量評釈』第3章詩節249–280,とりわけ詩節249–254,266–267におけるプラジュニャーカラグプタの議論との対比が重要であることを示した.
第2節では,詩節266–267を中心に「快楽などの自己認識」の構造に関する両者の解釈を比較した.ダルマキールティおよび他の注釈者たちは,快楽などを対象の認識として理解したのに対し,プラジュニャーカラグプタは,修習による潜在印象に由来する「特殊な内的接触対象」の認識として説明し,想起や再認識に近い構造を与えた.
第3,4節では,詩節250–254を中心に,快楽などの原因と,快楽などが認識であることを示す論証を検討した.ダルマキールティは,〈認識と異ならない原因から生じること〉を根拠として快楽などが認識であることを論証し,潜在印象や修習を快楽・苦痛の差異を説明する補助的な要因とした.しかし,この論証因をそのまま適用すると,対象や感官まで認識であることになるという問題が生じる.アルチャタは,原因総体の内部に区分を設けることで論証因を擁護した.このような解決の発想自体は,ダルマキールティの議論にもすでに認められる.一方,プラジュニャーカラグプタは,潜在印象や修習を快楽などの主要な原因とし,〈認識として修習されるから認識である〉という形に論証因を再解釈することで,論証構造を転換した.さらに,この議論が,ニヤーヤ・ヴァイシェーシカ学派との論争を踏まえ,同学派が潜在印象ではなく法・非法を快楽や苦痛の原因とすることを考慮して構成されていたこと,さらに議論の背景として,後代のニヤーヤ・ヴァイシェーシカ学派が,アルチャタと類似する論理構造,すなわち原因総体の内部に区分を設けるという仕方によって,逆にこの論証因を批判していることも明らかにした.
第5節では,詩節249を中心に,仏教論理学派における快楽や苦痛の区分を検討した.身体的・精神的感受作用(身受・意受)と,直接知覚・想起の二区分との関係を検討した結果,ダルマキールティの段階では両者の対応は明確ではないのに対し,デーヴェーンドラブッディやシャーキャブッディは両者を対応づけた.これに対して,プラジュニャーカラグプタは,直接知覚に基づく快楽や苦痛と想起に基づく快楽や苦痛のいずれも潜在印象に由来するとし,これらをすべて精神的な感受作用に包摂する.一方,身体的な感受作用については,それを「原因となる対象の直接知覚」に限定していることが明らかとなった.
以上の考察から,次の点が明らかとなった.ディグナーガが快楽や苦痛を,青などの対象の価値判断を可能とする基準としたのに対し,ダルマキールティは快楽や苦痛をも客観的側面に位置づけた.ただし,「快楽などの自己認識」の議論においては,論証上の要請から,青などと快楽などという客観・主観の両側面を一つの認識が併せもつことを認めざるをえず,立場に不徹底さを残した.ダルモッタラは,むしろこの不徹底な立場を積極的に継承し,ディグナーガの側の見解を示した.これに対してプラジュニャーカラグプタは,論証構造を転換することによって,ダルマキールティの立場を理論的に徹底させ,さらに自己認識のみが存在するという自身の究極的立場によって理論的な根拠づけを与えたのである.
結論
以上の考察から,プラジュニャーカラグプタは,「意による直接知覚」と「快楽などの自己認識」という異なる問題について,先行する仏教論理学派の議論を批判的に検討し,そこに残された問題を独自の仕方で解決していたことが明らかとなる.「意による直接知覚」については「確定」説と「同一性措定」説を組み合わせ,「快楽などの自己認識」については潜在印象,修習を中心として論証構造を転換していた.こうした議論はいずれも,多様不二論,自己認識のみが存在するという彼の究極的な立場を理論的根拠としている.したがって,プラジュニャーカラグプタは,ディグナーガおよびダルマキールティ以後の仏教論理学派における個々の論題について,先行する諸説を批判的に継承し,他学派との論争を踏まえつつ,究極的な立場から,自らの認識論を構築した論師として位置づけることができる.
資料編
『量評釈』第3章詩節249–254,266–267およびその諸注釈,ならびに『量評釈荘厳』の該当箇所について,シノプシス,校訂テキスト,および和訳を付す.
認識・論理を中心課題とする仏教論理学派の議論は,「認識手段」の概念のもとに体系化された.直接知覚を初めとする認識手段は快楽の獲得と苦痛の回避に関わるため,人間の行動や価値判断と関連する.「意による直接知覚」および「快楽などの自己認識」は,直接知覚の代表例である感官知とは異なる形で,対象の把握や快楽・苦痛の認識に携わる.両者は,概念作用を離れた直接知覚がいかに人間の行動を導きうるかという問題と密接に関連する論点である.
仏教論理学派の思想は,ディグナーガの『集量論』を起点とし,ダルマキールティの『量評釈』『量決択』などを経て,後代の論師たちによる注釈・再解釈を通じて展開した.『量評釈』第3章「直接知覚」では,「意による直接知覚」および「快楽などの自己認識」が論じられている.プラジュニャーカラグプタの『量評釈荘厳』は,この『量評釈』の注釈書であり,独自の理論を展開する点に特徴がある.本研究で扱う両主題についても,それらを関連づけた独自の理論を提示している.しかし,とくに「快楽などの自己認識」に関する体系的研究はほとんど存在しない.この点から,両主題を中心に彼の議論を再検討する意義が認められる.
研究方法としては,『量評釈』第3章詩節249–254,266–267,およびそれらに対する諸注釈,ならびに『量評釈荘厳』の該当箇所を中心に,文献学的研究を行った.
第1章 仏教論理学派における「意による直接知覚」
第1章では,「意による直接知覚」をめぐる議論を,ジャイナ教徒による批判を踏まえて再構成した.ダルマキールティ以降の論師たちによる議論には,(1)意による直接知覚を設定する理由,(2)認識過程において意による直接知覚が生起する時機という二つの論点がある.前者については,概念知(想起)の存在を根拠とする説や,定説・聖典を根拠とする説があり,後者については,感官知と同時に生起するか否かをめぐって「同時生起」説と「異時生起」説が存在した.しかし,これらの論点だけでは,プラジュニャーカラグプタの「同一性措定」説を十分に位置づけることができない.
第2節では,ジャイナ教のアカランカによる批判を検討した.アカランカは,『シッディ・ヴィニシュチャヤ』および『ニヤーヤ・ヴィニシュチャヤ』において,感官知と意による直接知覚の差異が知られないことを理由として,ダルマキールティが設定するような意による直接知覚を批判し,シャーンタバドラやダルモッタラの説を論駁した.この議論から,意による直接知覚については,(3)感官知とは別個に知られないことをいかに説明するかという問題も存在したことが明らかとなる.
第3節では,この問題に対するプラジュニャーカラグプタの解答を検討した.彼は,「確定」説によって(1)意による直接知覚を設定する理由を説明する一方,「同一性措定」説によって(3)感官知とは別個に知られないことを説明した.さらに,両説を考慮すると,(2)生起の時機についても「同時生起」説として理解できる.すなわち,感官知と意による直接知覚は,対象の明瞭な形象と確定の形象という異なる特徴を伴いつつ同時に生起するが,錯誤によって同一視されるため,区別されない形で経験されるのである.
以上から,プラジュニャーカラグプタの「意による直接知覚」説は,先行するシャーンタバドラやダルモッタラの議論を踏まえつつ,「感官知と意による直接知覚の差異」という問題に応答する形で形成されたものであることが明らかとなる.彼の説は,彼の究極的な立場である「多様不二論」によって根拠づけられている.
第2章 仏教論理学派における「快楽などの自己認識」
第2章では,「快楽などの自己認識」をめぐる諸見解を比較し,快楽・苦痛を認識の主観的側面(=把握主体の形象grāhaka-ākāra)とするディグナーガおよびダルモッタラと,これらを認識の客観的側面(=把握対象の形象grāhya-ākāra)とするダルマキールティとの対比から,プラジュニャーカラグプタの独自性を考察した.
第1節では,自己認識の構造における主観的側面に着目し,快楽・苦痛の位置づけを検討することで,ディグナーガおよびダルモッタラとダルマキールティとの相違を明らかにした.前者は,快楽・苦痛を認識の主観的側面とし,客観的側面である対象の形象の価値判断を可能とする基準として捉えたと考えられる.これに対し,ダルマキールティは,対象の形象と同じく,快楽・苦痛を客観的側面に位置づけた.ただし,「快楽などの自己認識」の議論では前者に近い立場を示すようにみえる.この問題を検討するため,『量評釈』第3章詩節249–280,とりわけ詩節249–254,266–267におけるプラジュニャーカラグプタの議論との対比が重要であることを示した.
第2節では,詩節266–267を中心に「快楽などの自己認識」の構造に関する両者の解釈を比較した.ダルマキールティおよび他の注釈者たちは,快楽などを対象の認識として理解したのに対し,プラジュニャーカラグプタは,修習による潜在印象に由来する「特殊な内的接触対象」の認識として説明し,想起や再認識に近い構造を与えた.
第3,4節では,詩節250–254を中心に,快楽などの原因と,快楽などが認識であることを示す論証を検討した.ダルマキールティは,〈認識と異ならない原因から生じること〉を根拠として快楽などが認識であることを論証し,潜在印象や修習を快楽・苦痛の差異を説明する補助的な要因とした.しかし,この論証因をそのまま適用すると,対象や感官まで認識であることになるという問題が生じる.アルチャタは,原因総体の内部に区分を設けることで論証因を擁護した.このような解決の発想自体は,ダルマキールティの議論にもすでに認められる.一方,プラジュニャーカラグプタは,潜在印象や修習を快楽などの主要な原因とし,〈認識として修習されるから認識である〉という形に論証因を再解釈することで,論証構造を転換した.さらに,この議論が,ニヤーヤ・ヴァイシェーシカ学派との論争を踏まえ,同学派が潜在印象ではなく法・非法を快楽や苦痛の原因とすることを考慮して構成されていたこと,さらに議論の背景として,後代のニヤーヤ・ヴァイシェーシカ学派が,アルチャタと類似する論理構造,すなわち原因総体の内部に区分を設けるという仕方によって,逆にこの論証因を批判していることも明らかにした.
第5節では,詩節249を中心に,仏教論理学派における快楽や苦痛の区分を検討した.身体的・精神的感受作用(身受・意受)と,直接知覚・想起の二区分との関係を検討した結果,ダルマキールティの段階では両者の対応は明確ではないのに対し,デーヴェーンドラブッディやシャーキャブッディは両者を対応づけた.これに対して,プラジュニャーカラグプタは,直接知覚に基づく快楽や苦痛と想起に基づく快楽や苦痛のいずれも潜在印象に由来するとし,これらをすべて精神的な感受作用に包摂する.一方,身体的な感受作用については,それを「原因となる対象の直接知覚」に限定していることが明らかとなった.
以上の考察から,次の点が明らかとなった.ディグナーガが快楽や苦痛を,青などの対象の価値判断を可能とする基準としたのに対し,ダルマキールティは快楽や苦痛をも客観的側面に位置づけた.ただし,「快楽などの自己認識」の議論においては,論証上の要請から,青などと快楽などという客観・主観の両側面を一つの認識が併せもつことを認めざるをえず,立場に不徹底さを残した.ダルモッタラは,むしろこの不徹底な立場を積極的に継承し,ディグナーガの側の見解を示した.これに対してプラジュニャーカラグプタは,論証構造を転換することによって,ダルマキールティの立場を理論的に徹底させ,さらに自己認識のみが存在するという自身の究極的立場によって理論的な根拠づけを与えたのである.
結論
以上の考察から,プラジュニャーカラグプタは,「意による直接知覚」と「快楽などの自己認識」という異なる問題について,先行する仏教論理学派の議論を批判的に検討し,そこに残された問題を独自の仕方で解決していたことが明らかとなる.「意による直接知覚」については「確定」説と「同一性措定」説を組み合わせ,「快楽などの自己認識」については潜在印象,修習を中心として論証構造を転換していた.こうした議論はいずれも,多様不二論,自己認識のみが存在するという彼の究極的な立場を理論的根拠としている.したがって,プラジュニャーカラグプタは,ディグナーガおよびダルマキールティ以後の仏教論理学派における個々の論題について,先行する諸説を批判的に継承し,他学派との論争を踏まえつつ,究極的な立場から,自らの認識論を構築した論師として位置づけることができる.
資料編
『量評釈』第3章詩節249–254,266–267およびその諸注釈,ならびに『量評釈荘厳』の該当箇所について,シノプシス,校訂テキスト,および和訳を付す.