本研究は、上古中国(殷代~漢代)の人々がどのように世界を認識し、それを言葉で表現したのか、その一端を明らかにすることを目的とし、特に上古後期(戦国時代から漢代)の文献に見える代名詞のうち、一人称代名詞および指示代名詞を中心とする指示詞の意味・機能を考察した上で、上古中国語における代名詞の体系を検討するものである。
序章では、言語学及び中国語研究における代名詞の位置づけ及び直示との関連を確認した上で、一人称代名詞と指示詞を取り上げて研究することの意義を確認した。また、対話と叙述という記述上の文体の区別に基づく議論の枠組みを設定した。
第一部(第一章~第三章)では、上古後期において主たる一人称代名詞として機能していた「我」「吾」「余/予」を取り上げ、特に戦国時代以降における三者の区別と、それぞれの使用の原理について検討した。
第一章では、上古中国語の一人称代名詞に関する従来の研究を概観した。上古中国語の一人称代名詞については、特に「我」と「吾」の使い分けを中心として、統語・意味・語用・音韻・方言等の様々な視点に基づく議論が盛んに行なわれてきたが、こうした諸研究について、統語・意味・音韻という三つの観点から整理し、研究史を概観した上でその問題点を指摘した。具体的には、「格分用」と「強調」という、従来の議論の中心となってきた二つの概念について、個々の代名詞の具体的な使用に即した形でその実態をさらに明確化する必要があること、前者のような統語的特徴と後者のような意味的・音声的特徴との関係を改めて整理・検討する必要があること、という第一部の主たる論点を設定した。
第二章では、戦国時代以後における「我」と「吾」の分用について、統語と意味の両面からその使用原理を考察した。その際、従来の視点に加えて、叙述類型と文全体の表す意味という新たな視点を導入した。
まず、「吾」が主として主語と連体修飾語に、「我」が主として主語と目的語に使用されるという、統語機能に基づく分用の存在が基本的に認められることを確認した。両者が主語の位置に併用される点については、共起する述語が出来事を表すか状態を表すかという、叙述類型の区別が反映されていることを明らかにした。また、「彼」や他の人物・集団と対比される場合には、「我」が優先して使用されることも確認した。
こうした使用実態を踏まえた上で、「吾」が動作主体として機能する、主体的で話し手自身の実感を伴った一人称代名詞であるのに対し、「我」が他者との関係の中で自身を認識するような、客体的に自己を捉える一人称代名詞であることを指摘した。こうした特徴は、連体修飾語や目的語等、主語以外の統語位置における使用にも通底するものである。
上述のような議論を通じて、少なくとも上古後期においては、「我」と「吾」という二種類の一人称代名詞が統語機能と意味(語用論的なものも含む)という二つの要因に基づいて、巧妙に使い分けられていたことが明らかとなった。
第三章では、一人称代名詞「余/予」の使用について確認した。戦国時代以後、「余/予」は既に常用の一人称代名詞としては使用されなくなっており、その使用場面は特定の文脈に限定されている。本章ではその文脈の特殊性とその背後にある要因について考察した。
まず、古い時代の文献の引用や成語・寓話を導入する場合に「余/予」の使用が確認される。また、夢の中において神霊等の人ならざる者が自身を指す場合や、格式ばった儀式の場面や書簡等で周王や諸侯が自身を指す場合に「余/予」の使用が見られるが、これは非日常的な場面における特殊な存在による使用としてまとめることができる。このほか、一般的な話し手が激情を表出する場合にも「余/予」が使用される例があるが、怒りや悲しみ・絶望等、聞き手を含めた特定の対象との間に生じた心理的な隔たりを表出するために、敢えて自称として「余/予」を選択して使用している可能性が認められる。『史記』において、太史公の自称として専ら「余/予」が使用されていることも、記述に対する太史公自身の立場や心理を反映したものだと考えられる。
以上のような使用は、いずれも当時の人々が古語である「余/予」に対して抱いた心理的な距離が、様々な形で使用文脈へと反映されたものであり、話し手ないし書き手がある種の表現効果を狙って意図的に「余/予」を使用した可能性を示唆するものである。
第二部(第四章~第六章)では、従来の上古中国語研究において、近称・遠称の指示詞に分類されてきた「此」「是」「彼」「夫」を取り上げ、個々の語の機能についてその意味と機能の再検討を行なった。
第四章では、指示詞に関わる従来の研究を整理し研究史を概観した。その上で、1.「是」の指示の性質について「此」「彼」等と比較しながら再検討すること、2.従来繰り返し言及されてきた「指示の強弱」についてその実態を明確にすること、3.「夫」の指示の性質といわゆる「発語の辞」との関係について再検討すること、という第二部における三つの主たる論点を設定した。
第五章では、指示詞「此」「是」「彼」の指示の性質について、現場指示機能と文脈指示機能及びその下位分類である各用法に分類する形で、具体的な使用例に即して確認した。特に「此」と「是」については、いわゆる判断文において使用される場合の区別も含めて検討を行なった。
「此」と「彼」はどちらも現場指示(場面用法)を主要機能としており、その指示対象が個別的・具体的でかつ特定が容易であるという共通の特徴を有している。「此」は近称の指示詞であり、話し手の近くに存在する対象を指す。「彼」は遠称の指示詞であり、遠くに存在する対象を指すが、話し手の知識の中に存在する特定の人物を指示する記憶指示用法を持ち、これも現場指示機能の一用法として位置付けられる。一方「是」は現場指示機能に乏しく、専ら文脈指示として用いられており、その指示対象も状況・命題といった抽象的実体であることがほとんどである。この点で「是」の指示詞としての本質的機能は抽象的実体照応にあると考えられる。
指示詞の持つこうした本質的な指示機能の区別は、文脈指示としての使用にも反映されており、「A,此/是B(也)」という形式を持つ判断文においては、「此」が前後に名詞句を伴うことが多いのに対して、「是」は動詞句や節を伴うことが多い。さらに情報構造を考慮した場合には、「此」が指す内容は文の焦点になる場合が多く、文全体が指定文として解釈されるのに対し、「是」は直前で示された内容を承けて後文の主題として提示する役割を果たしており、文全体は「是」で指示された内容に対する判断、いわゆる措定文として解釈される。
従来言われてきた「指示の強弱」とは、以上のような本質的な指示機能の区別と、情報構造上の「重要度」の違いを表したものだと考えられる。
第六章では、「夫」の指示機能と発語の辞との関係について論じた。「夫」は元々遠称の指示詞であり、専ら修飾語の位置に使用されたが、遠称の現場指示機能の一つである記憶指示用法に基づき、話し手の頭の中に存在する対象を主題として文中に導入し、それに対する主観的な見方を後続の解説部分で述べる、という形式で用いられるようになった。こうして主題標識として機能するようになった「夫」は、同様の文脈において繰り返し使用される中で、直後の語句だけでなく、後続の文や内容全体を標示するようになり、結果的に、話し手の観点や議論の前提を文中に新たに導入するための談話標識としての機能を獲得するに至った。
従来、発語の辞と呼ばれてきた機能は、ある語が特定の文脈において繰り返し使用されることによって、談話標識等、その語用的な使用が固定化されたものだと考えられる。
終章では、全体の議論を踏まえて上古後期における一人称代名詞・指示詞の体系を示し、前後の時代の体系を確認した上で、各代名詞の本質的機能に基づく使い分けと、体系の変遷の背後に存在する原理について考察を行なった。たとえば、「吾」の誕生には先行する時期に主たる一人称代名詞として用いられた「余」「我」と、統語・意味・音韻すべての面で関係が認められること、「是」は抽象的な対象を指示するという性質と、措定文において優先して使用されることを基礎として、コピュラとしての機能を獲得するに至った可能性を指摘した。
以上のような上古中国語における代名詞の使用に関する考察を通じ、上古中国語においては統語と意味とが複雑に絡み合って機能していること、そして出来事と状態あるいは個別具体的な事物と抽象的実体といった、具体と抽象とが異なるものとして認識され、それが代名詞の柔軟な運用を通じて言語上に表現されている可能性を指摘した。このことは代名詞研究のみならず、上古中国語文法におけるその他の文法現象、さらには中国語全体の研究にも資する重要な視点だと考える。
序章では、言語学及び中国語研究における代名詞の位置づけ及び直示との関連を確認した上で、一人称代名詞と指示詞を取り上げて研究することの意義を確認した。また、対話と叙述という記述上の文体の区別に基づく議論の枠組みを設定した。
第一部(第一章~第三章)では、上古後期において主たる一人称代名詞として機能していた「我」「吾」「余/予」を取り上げ、特に戦国時代以降における三者の区別と、それぞれの使用の原理について検討した。
第一章では、上古中国語の一人称代名詞に関する従来の研究を概観した。上古中国語の一人称代名詞については、特に「我」と「吾」の使い分けを中心として、統語・意味・語用・音韻・方言等の様々な視点に基づく議論が盛んに行なわれてきたが、こうした諸研究について、統語・意味・音韻という三つの観点から整理し、研究史を概観した上でその問題点を指摘した。具体的には、「格分用」と「強調」という、従来の議論の中心となってきた二つの概念について、個々の代名詞の具体的な使用に即した形でその実態をさらに明確化する必要があること、前者のような統語的特徴と後者のような意味的・音声的特徴との関係を改めて整理・検討する必要があること、という第一部の主たる論点を設定した。
第二章では、戦国時代以後における「我」と「吾」の分用について、統語と意味の両面からその使用原理を考察した。その際、従来の視点に加えて、叙述類型と文全体の表す意味という新たな視点を導入した。
まず、「吾」が主として主語と連体修飾語に、「我」が主として主語と目的語に使用されるという、統語機能に基づく分用の存在が基本的に認められることを確認した。両者が主語の位置に併用される点については、共起する述語が出来事を表すか状態を表すかという、叙述類型の区別が反映されていることを明らかにした。また、「彼」や他の人物・集団と対比される場合には、「我」が優先して使用されることも確認した。
こうした使用実態を踏まえた上で、「吾」が動作主体として機能する、主体的で話し手自身の実感を伴った一人称代名詞であるのに対し、「我」が他者との関係の中で自身を認識するような、客体的に自己を捉える一人称代名詞であることを指摘した。こうした特徴は、連体修飾語や目的語等、主語以外の統語位置における使用にも通底するものである。
上述のような議論を通じて、少なくとも上古後期においては、「我」と「吾」という二種類の一人称代名詞が統語機能と意味(語用論的なものも含む)という二つの要因に基づいて、巧妙に使い分けられていたことが明らかとなった。
第三章では、一人称代名詞「余/予」の使用について確認した。戦国時代以後、「余/予」は既に常用の一人称代名詞としては使用されなくなっており、その使用場面は特定の文脈に限定されている。本章ではその文脈の特殊性とその背後にある要因について考察した。
まず、古い時代の文献の引用や成語・寓話を導入する場合に「余/予」の使用が確認される。また、夢の中において神霊等の人ならざる者が自身を指す場合や、格式ばった儀式の場面や書簡等で周王や諸侯が自身を指す場合に「余/予」の使用が見られるが、これは非日常的な場面における特殊な存在による使用としてまとめることができる。このほか、一般的な話し手が激情を表出する場合にも「余/予」が使用される例があるが、怒りや悲しみ・絶望等、聞き手を含めた特定の対象との間に生じた心理的な隔たりを表出するために、敢えて自称として「余/予」を選択して使用している可能性が認められる。『史記』において、太史公の自称として専ら「余/予」が使用されていることも、記述に対する太史公自身の立場や心理を反映したものだと考えられる。
以上のような使用は、いずれも当時の人々が古語である「余/予」に対して抱いた心理的な距離が、様々な形で使用文脈へと反映されたものであり、話し手ないし書き手がある種の表現効果を狙って意図的に「余/予」を使用した可能性を示唆するものである。
第二部(第四章~第六章)では、従来の上古中国語研究において、近称・遠称の指示詞に分類されてきた「此」「是」「彼」「夫」を取り上げ、個々の語の機能についてその意味と機能の再検討を行なった。
第四章では、指示詞に関わる従来の研究を整理し研究史を概観した。その上で、1.「是」の指示の性質について「此」「彼」等と比較しながら再検討すること、2.従来繰り返し言及されてきた「指示の強弱」についてその実態を明確にすること、3.「夫」の指示の性質といわゆる「発語の辞」との関係について再検討すること、という第二部における三つの主たる論点を設定した。
第五章では、指示詞「此」「是」「彼」の指示の性質について、現場指示機能と文脈指示機能及びその下位分類である各用法に分類する形で、具体的な使用例に即して確認した。特に「此」と「是」については、いわゆる判断文において使用される場合の区別も含めて検討を行なった。
「此」と「彼」はどちらも現場指示(場面用法)を主要機能としており、その指示対象が個別的・具体的でかつ特定が容易であるという共通の特徴を有している。「此」は近称の指示詞であり、話し手の近くに存在する対象を指す。「彼」は遠称の指示詞であり、遠くに存在する対象を指すが、話し手の知識の中に存在する特定の人物を指示する記憶指示用法を持ち、これも現場指示機能の一用法として位置付けられる。一方「是」は現場指示機能に乏しく、専ら文脈指示として用いられており、その指示対象も状況・命題といった抽象的実体であることがほとんどである。この点で「是」の指示詞としての本質的機能は抽象的実体照応にあると考えられる。
指示詞の持つこうした本質的な指示機能の区別は、文脈指示としての使用にも反映されており、「A,此/是B(也)」という形式を持つ判断文においては、「此」が前後に名詞句を伴うことが多いのに対して、「是」は動詞句や節を伴うことが多い。さらに情報構造を考慮した場合には、「此」が指す内容は文の焦点になる場合が多く、文全体が指定文として解釈されるのに対し、「是」は直前で示された内容を承けて後文の主題として提示する役割を果たしており、文全体は「是」で指示された内容に対する判断、いわゆる措定文として解釈される。
従来言われてきた「指示の強弱」とは、以上のような本質的な指示機能の区別と、情報構造上の「重要度」の違いを表したものだと考えられる。
第六章では、「夫」の指示機能と発語の辞との関係について論じた。「夫」は元々遠称の指示詞であり、専ら修飾語の位置に使用されたが、遠称の現場指示機能の一つである記憶指示用法に基づき、話し手の頭の中に存在する対象を主題として文中に導入し、それに対する主観的な見方を後続の解説部分で述べる、という形式で用いられるようになった。こうして主題標識として機能するようになった「夫」は、同様の文脈において繰り返し使用される中で、直後の語句だけでなく、後続の文や内容全体を標示するようになり、結果的に、話し手の観点や議論の前提を文中に新たに導入するための談話標識としての機能を獲得するに至った。
従来、発語の辞と呼ばれてきた機能は、ある語が特定の文脈において繰り返し使用されることによって、談話標識等、その語用的な使用が固定化されたものだと考えられる。
終章では、全体の議論を踏まえて上古後期における一人称代名詞・指示詞の体系を示し、前後の時代の体系を確認した上で、各代名詞の本質的機能に基づく使い分けと、体系の変遷の背後に存在する原理について考察を行なった。たとえば、「吾」の誕生には先行する時期に主たる一人称代名詞として用いられた「余」「我」と、統語・意味・音韻すべての面で関係が認められること、「是」は抽象的な対象を指示するという性質と、措定文において優先して使用されることを基礎として、コピュラとしての機能を獲得するに至った可能性を指摘した。
以上のような上古中国語における代名詞の使用に関する考察を通じ、上古中国語においては統語と意味とが複雑に絡み合って機能していること、そして出来事と状態あるいは個別具体的な事物と抽象的実体といった、具体と抽象とが異なるものとして認識され、それが代名詞の柔軟な運用を通じて言語上に表現されている可能性を指摘した。このことは代名詞研究のみならず、上古中国語文法におけるその他の文法現象、さらには中国語全体の研究にも資する重要な視点だと考える。