本論文は、東部アムール流域を基軸に据え、ロシア極東地域における約1万年にわたる新石器時代土器の型式学的研究を行い、編年・系統体系を再構築するものである。本論は全3部、13章で構成される。
 第1章は、本研究の背景となる地勢的意義と問題の着眼点を提示した。本研究の対象地域である東部アムール流域は、アムール川とウスリー川の合流点付近から河口部に至る広大な範囲を指し、従来「アムール下流域」と呼称されてきた。当該地域は、大陸内陸部と海洋部を結ぶ「文化の大動脈」をなし、東北アジア東縁の新石器化プロセスの解明において地勢的に重要な役割を担う。
 第2章及び第3章では、東部アムール流域の新石器文化編年の基礎を築いたオクラドニコフ А. П.及びデェレビヤンコ А. П.らによる文化編年研究を整理した。オクラドニコフは文様変遷を基軸に三段階編年を構築し、その編年にデェレビヤンコが放射性炭素年代測定値を導入し、前期:マルィシェボ文化、中期:コンドン文化、後期:ボズネセンスコエ文化として体系化させた。しかし、1990年代以降の調査の増加等に伴い、土器出現期のオシポフカ文化が初期へと再評価され、さらに前期と中期の各文化の時間的順序が逆転する証拠が提示されたことで従来の編年に矛盾が生じてきたため、東部アムール流域において新石器文化編年の再構築が進められてきた。こうした研究状況を踏まえて、第3章では本論で取り組む課題を抽出し、研究の目的を明確にした。ロシア極東新石器研究は民族起源論と関わってきたが、本論は実物資料の詳細な観察に基づく実証的研究の遂行を目指す。個別時期の課題としては、初期・前期における土器の技術的系譜や西部アムール流域との並行関係の検討、中期におけるコンドン文化とマルィシェボ文化の逆転編年に沿った型式変遷の解明、後期のボズネセンスコエ文化における各型式の地域性の評価、晩期のコッピ式期における無文土器への理解などが挙げられる。本論の目的は、東部アムール流域を基軸に据え、約1万年にわたる土器文化編年を体系的に構築し、製作技術的属性の変遷を追跡して隣接地域との土器型式間交渉のプロセスを解明することである。
 第4章は本論における研究の方法を提示する。空間軸として遺跡分布範囲に地形的特徴を加味し、東部アムール流域及びその隣接地域を13地区に細分した。時間軸においては、土器付着物年代がリザーバ効果により木炭年代より概ね400年古く算出される傾向に鑑み、層位的コンテクストが確実で、相互検証可能な年代を基準とする。土器分類は、初期・前期では器面調整技術を、中期以降は器形・文様構成・調整技術を組み合わせた分類を行う。さらに「系統の束」の視点を応用し、土器を時間的・空間的に連続するものとして捉え、通時的な文化動態の解明を試みる。
 第5章では、新石器時代初期の東部アムール流域オシポフカ文化と西部アムール流域グロマトゥーハ文化の各土器を対象に比較分析を行った。オシポフカ文化土器は、器面調整や胎土からⅠ~Ⅴ群の5つに分類した。土器付着物の年代からⅠ~Ⅳ群はおおむね11,650~11,160 BPの範囲に近接して存在し、Ⅴ群の隆線文土器は10,000 BPよりも新しい時期に位置づけられる可能性が高い。西部アムール流域のグロマトゥーハ文化土器は、技術的属性からⅠ~Ⅳ群に分類した。繊維混和をもつⅠ群は10,000 BPを境に二段階に分けられ、Ⅱ~Ⅳ群は10,000 BPを遡らない。両文化ともに条痕調整を基調とするが、調整具の選択や施文の規則性には明確な地域的差異が認められた。この段階における東西アムール流域間の技術的交渉は限定的であることを指摘した。
 続く第6章では、東西アムール流域における完新世初頭の新石器時代前期土器を検討する。東部アムール流域のヤミフタ文化土器は、条痕調整のⅠ群、ケズリやナデ調整のⅡ群、隆線文を有するⅢ群に分類される。本文化はおおむね9,300-8,000 BPの範囲に収まり、条痕調整が形骸化してケズリやナデ調整へ主体が移り変わる。同時期の西部アムール流域のノボペトロフカ文化は約8,100-8,000 BPの範囲に収まり、ヤミフタ文化とその存続期間が一部で重複・並行する。東西アムール流域を比較すると、隆線文土器が出現する一方で器面調整技術の主体がケズリ・ナデ調整へと変わる共通の画期が認められるが、形態や胎土において独自の地域性を示す。また、従来新石器時代前期に位置づけられているアムール河口域のマリインスコエ文化が、中期前半のコンドン文化の範疇に含まれることも示した。
 第7章では、東部アムール流域および沿海地方を対象に、中期前半のアムール編目文土器を検討する。東部アムール流域のコンドン式土器については、リザーバ効果を考慮した年代測定値に基づき、①約7,600 BP、②6,900-6,500 BP、③約6,200 BPの3つの時期的段階に整理し、コンドンⅠ~Ⅲ式に分類した。さらに、沿海地方のルドナヤ式、セルゲエフカ式、ベトカ式土器との詳細な比較からアムール編目文Ⅰ~Ⅲ期の文様帯の変遷を模式化した。Ⅰ期は地域ごとの独立性が高かったが、Ⅱ期に入ると内面黒色処理と丁寧なミガキ調整技術が共通化し、さらにコンドンⅡ式新段階にセルゲエフカ式の属性がコンドン式に取り込まれるなど、両地域間で緊密な技術情報の共有化が行われていた実態を明らかにした。Ⅲ期もⅡ期同様に文様帯の多段化といった規則の共有が見られる。
 第8章では、東部アムール流域新石器時代中期後半のマルィシェボ式土器を対象に型式学的分析を行う。本型式は鉢(A群)を主体とし、先行するコンドン式土器が深鉢主体であったことと比較して器種構成が大きく変化する。文様構成からⅠ~Ⅳ群に4分類した。住居址床面出土の一括資料を対象に土器文様の変遷を検討した結果、大きく新旧2段階に区分でき、年代はおおよそマルィシェボ式古段階(約6,100-5,000 BP)、同新段階(5,000-4,700 BP)となる。沿海地方のボイスマン式土器から押引技法を受容したと捉えられるが、在地的な鉱物混和が主体であり、ボイスマン系土器と呼称して沿海地方の同型式土器と区別することを提案した。
 第9章では、東部アムール流域新石器時代後期のボズネセンスコエ文化を、①移行期、②ゴリン式、③ウディリ式、④オレリ式、⑤マラガバン式の5段階に細別し、地域別に土器型式内容を検討した。主文様である渦巻文、雷文、ジグザグ文の時期変遷からそれぞれ消長を明らかにした。移行期では押引文が地紋化し主文様が沈線で描出される。ゴリン式は緻密な沈線文や垂直ジグザグ櫛目文が盛行する。ウディリ式・オレリ式段階では土器が中・小型化し主文様が粗雑化する一方、有機物混和材を含む土器が多くなる。特にオレリ式はサハリン北部のイムチン文化と共通性をもつ。マラガバン式では沈線文が消失し、粗雑化した櫛目・点状のジグザグ文が主体となって無文土器が高い割合で存在するようになる。
 第10章においては、後期後半のマラガバン式段階から晩期コッピ文化への移行期における無文土器の顕在化と系統的変化を検討した結果、アムール河口域の無文土器にはマラガバン式系統とコッピ式系統の二種が存在することを示した。コッピ式系統には粘土板を貼り合わせた成形技法、丁寧なケズリ・内面ミガキ調整などがあり、鉱物混和が主体となる。サハリン北部のベニンスコエ文化(3,920–3,545 BP)とは共通性に乏しいが、先行するイムチン文化(4,265–3,635 BP)には粘土板を貼り合わせた成形技法が存在することから、技術的に深く関係している可能性がある。無文化のプロセスは、大陸側の在地的伝統の変化やコッピ式の成立、技術の波及やその再編を反映しているものと考えられる。
 第11章では、東部アムール流域の土器型式研究の成果を基準とし、沿海地方、サハリン、西部アムール流域、三江平原(中国黒龍江省)といった隣接地域の資料と比較することで、ロシア極東新石器時代土器編年の構築を目指す。初期・前期では沿海地方のウスチノフカ文化がオシポフカ文化Ⅳ群と共通する製作伝統を有し移行期に併行する。中期ではサハリンのアド・ティモボ2遺跡例がアムール編目文Ⅰ期に併行するが、Ⅱ期以降は島独自の宗仁文化が展開する。後期ではボズネセンスコエ式土器の文様や器形といった要素が沿海地方北部へ顕著に波及する。晩期では、松花江河口域のルチェイキⅡ群の流入・融合が無文土器群の定着を促したとする広域的な系統的再編の実態を指摘した。
 第12章では、広域編年を基礎にして、東部アムール流域を中心とした集団間の交渉実態とその社会的意義について、暦年較正年代値(cal BP)を基準にしながら考察する。新石器時代約1万年にわたる土器文化の動態は、初期の独自性、中期の情報の同期化、そして後期・晩期の系統の再編という三つの画期を経て展開した。土器製作伝統の維持と変容のプロセスは、単なる技術の伝播に留まらず、当時の社会構造や情報共有網の動態を如実に反映しているものと考えられる。東北アジア新石器社会特有の変容メカニズムを、情報共有の重層性と非連動性の観点から検討した。
 最後の第13章では、本論文の成果を総括し、今後の研究課題を四点に整理した。第一に、東部アムール流域を中心としたロシア極東地域における「移行期」の編年的空白を解消するための調査の必要性である。第二に、理化学的分析手法の導入により、装飾的属性と製作技術的属性の変容が社会的な情報共有とどのように相関していたかを定量的に検証することである。第三に、理化学分析による生業復元と集落構造の精査を並行し、土器型式の展開と生業、社会組織の変容との関係を多角的に解明することである。第四に、ロシア極東地域とシベリア・中国東北部とのさらなる比較を通じ、東北アジア新石器社会の変容プロセスをより包括的に解明することである。