本稿は、日本語の品詞体系において長らく議論の的となってきた「形容動詞」を対象に、認知文法、とりわけ使用基盤モデル(Usage-Based Model)の観点からその本質を再検討し、いわゆる「形容動詞論争」の解消を目指すものである。これまで形容動詞は、形態的特徴と意味機能の「不一致」がしばしば指摘されており、形式と意味のどちらの側面を重視するかによって、他の品詞(名詞や形容詞)の下位分類とするか、独立の品詞として認めるべきかが争われてきた。
 本稿は、従来の国語学・日本語学における分析が「一つの語彙項目は必ず単一の品詞に属さなければならない」という原則を暗黙の前提としてきたことを指摘する。この指摘のうえで、静的かつ固定的な品詞観を批判し、品詞とは文における構成要素の意味的貢献を反映したものであるとの立場をとる。そして、従来問題とされてきた形態と機能の不一致は、形容動詞の成員とされる語彙項目の多くが「多義的」に定着していると捉えることによって合理的に説明されると主張する。さらに、「すべての語彙項目に品詞を割り当てなければならない」という原則に縛られた結果、本来はいかなる品詞も割り当て不可能な、高度に抽象的な単位(上位スキーマ)にまで品詞区分を与えようとしたことが、分類上の不整合を招いていた事実を明らかにする。すなわち、品詞情報は語彙項目が本来的に有する不変の属性ではなく、形容動詞を構成する成員の知識もまた、他の構文群と同様に「動的な知識のネットワーク」として把握されることを論証する。
 本稿は全7章から構成される。第1章では、「形容動詞」という範疇が抱える根本的な問題の所在を提示する。形容動詞は、活用や形態的特徴において名詞と共通する振る舞いを見せる一方で、文法的・意味的機能においては形容詞と交錯するため、その品詞的地位をめぐって絶えず議論が交わされてきた。本章では、形容動詞の基本的な用法や歴史的変遷、さらに昭和期に至るまでの研究史を概観する。その上で、形態と機能の「不一致」という現象に対し、従来の研究がなぜ統一見解に至らず対立を繰り返してきたのかという問いを立て、認知文法の観点から新たな解決への糸口を提示するという、本研究の目的と全体の構成を述べる。
 第2章では、形容動詞に関するこれまでの主要な先行研究を概観する。まず国語学において、独立の品詞として認める立場(橋本進吉ら)、名詞とする立場(時枝誠記ら)、形容詞とする立場(三上章ら)などが、古典語の分析の系譜をいかに引き継ぎ、どのように分析を展開してきたかを整理する。さらに、日本語学、生成文法、認知言語学といった異なる枠組みを用いて形容動詞を扱った論者を分野ごとに紹介する。理論的枠組みを共有する論者間であっても、日本語の形容動詞の位置づけは一貫しておらず、分類上の混乱が生じている様相を明らかにする。そして、各論者がそれぞれいかなる統語的テストや、形態的・意味機能的特徴に注目してきたかを整理する。これらのアプローチは、いずれも語彙項目に内在する「本当の品詞」を特定しようとする試みであり、結果として、多様な振る舞いを示す語彙項目の実態を単一の枠組みに押し込めることの限界と、分類基準の恣意性を浮き彫りにする。
 第3章では、本稿の理論的基盤となる認知文法の品詞観を提示する。認知文法における意味による品詞規定は、認知言語学の枠組みの中にあっても特異な立場であり、これまで多くの批判に晒されてきた。しかし、そうした批判の多くは、認知文法において品詞を決定づける「意味」が、概念化の主体による「捉え方(construal)」という高度に抽象的な対象であることや、その意味の射程が他の理論に比べてはるかに広いことに対する理解の不足に起因している。本章ではこうした誤解の解消を図るとともに、使用基盤モデルに基づく認知文法の品詞論が、無制限に恣意的なカテゴリを生み出す危険性や、文内における統語的機能を度外視してしまう危険性を回避し得ることを示す。認知文法における品詞は、辞書的で抽象的な「語彙カテゴリ(語類)」のレベルで固定されるものではなく、実際の文における意味的貢献に基づく「文法カテゴリ(文法範疇)」のレベルで動的に規定されるものであることを強調する。
 第4章では、「形容詞」の意味について詳述する。まず、認知文法における品詞概念の認知的基盤を確認し、形容詞の認知的基盤のあり方が、何らかの対象をカテゴリ化する際の構造と一致することを、国語学の理論である川端文法の知見を援用して提示する。川端文法における「判断の構造(XをYとして知る)」と認知文法とを理論的に接続し、いかなる事態の把握の底流にも、川端文法のいう〈形容詞文〉に相当するカテゴリ化と一致するスーパースキーマが内在していることを主張する。さらに本章では、形容詞の典型的な意味である「属性」概念の特殊性について考察を深める。属性は常に「モノ」を主役とする関係として表現されるため、属性それ自体のプロトタイプを単独で語ることは困難である。したがって、属性に関する百科事典的知識はそれ自体が独立して存在するのではなく、「それがどのようなモノに属してきたか」という履歴の蓄積として形成されることを明らかにする。
 第5章では、使用基盤モデルを基盤としたネットワークモデルを援用し、形容動詞をめぐる形態と意味の「不一致」と呼ばれる現象が、語彙項目の「多義性」の反映として合理的に解消されることを示す。これに基づき、形容動詞が「名詞と形容詞の中間」に位置するとする従来の議論が成り立たないこと、ならびに、形容動詞に分類される語彙項目が名詞としても使用される事実が、形容動詞としての典型性を減じるものではないことを主張する。さらに、語類としての「形容動詞」は、単一の固定的な語彙カテゴリや活用パラダイムではなく、「イ形容詞の構文群には属さない形で、形容詞的機能を担う語彙項目群が緩やかに結びついた動的なネットワーク」として規定するのが妥当であると提案する。形容動詞の位置づけに見られた混乱は、実際の「文のレベルにおける機能」と、抽象的な知識である「語彙項目としての知識」とを混同したことに起因する。ある語彙項目がある文においていかなる意味的貢献を果たしているかは、他の構文における振る舞いとは独立して観察されなければならず、一部の事例からの一般化がすべての事例に一律に適用できると見誤ったことこそが、分類上の混乱の根本原因であることを明らかにする。
 第6章では、従来「名詞らしさ」などの形態的基準で測られてきた「名詞と形容動詞の連続性」という概念の妥当性を検証する。本章では、生産性の高い単一の構文環境である「Nすぎる」構文(例:天使すぎる、大人すぎる)を事例として取り上げる。この構文において生じている現象は、事物の〈モノ〉を参照点(reference point)として、その事物がもつ特定の〈属性〉へと焦点を移す「プロファイルシフト(メトニミー)」であると位置づける。そして、「トマトすぎる」のように文脈依存的で一時的な焦点化にとどまる段階から、「天使すぎる」のように特定の属性(可愛らしさ等)への焦点化が強く慣習化している段階に至るまでの、「プロファイルシフトの慣習化の度合い」こそが、名詞と形容動詞の連続性の正体であることを論じる。すなわち、連続性とは品詞カテゴリ全体に通底する客観的な指標ではなく、あくまで特定の構文環境における意味解釈の定着度の差異としてのみ記述可能であることを提示する。
 第7章では、本稿全体の総括と今後の展望を述べる。
 以上のように、本稿は、日本語学・国語学において長年課題となっていた「形容動詞」という品詞項目をめぐる問題に対し、認知文法、とりわけ使用基盤モデルという枠組みを導入することで、包括的かつ理論的に妥当な解決を提示した。そして、「一つの語彙項目は必ず単一の品詞に属さなければならない」という前提のもとで、品詞を語彙項目に固有の静的な属性であるとする従来の「分類のための分類」から脱却し、実際の言語使用において概念化の主体が対象をいかに捉え、当該の要素が文全体の意味にいかに貢献するかという、動的かつ認知的なプロセスの反映として品詞を再定義した。さらに本稿は、川端文法をはじめとする日本の伝統的な言語研究の知見と、認知言語学との理論的親和性を見出し、両者を統合的に解釈する視座を構築した。本稿の成果は、形容動詞にとどまらず、動詞や名詞など他の語類に見られる連続性や多義性の解明への応用も十分に期待される。