本論文の主題は、デューイの論理学と真理観を探ることにある。そこで重要な特徴は、第一に「探究の論理学」であること、そして第二に、実験主義である。前者は、一面で実際に行われた探究過程の研究によって、論理学に到達すべきことを主張するが、他面で論理学が探究に有益な影響を与えることを目指す。そこで例えば、「自殺志願者を論理学は"諌止"することが(どのようにして)可能か」という問いが生じる。このように、デューイ哲学においては、論理学を論じる場合にも、他方「倫理」や「実践」にも目を向けなければならない。そこには価値と事実の連続と言われる事態がある。デューイのこの倫理学的方面での方法論を、本論文は「小倫理主義」と名付け考察し、さらに論理学の視点からデューイの価値論を考察した。次に探究の諸局面について、(1)探究を開始させる状況をめぐる論争、(2)デューイ論理学の中心的方法である実験に関する思想問題、(3)探究結果として得られる真理の本性が、順に考察され、(4)論理学内における主観(主属的)要素と客観(主属的)要素の観点から探究のパターンがまとめられる。それらにおいて語られるテーマとしては、「単独の操作として仮説の検証を目指す実験が陥る後件肯定の誤謬を、プラグマティズムはいかにして脱するか」という論点や、可謬主義の「くつがえされ得る真理」論の検討が対立仮説を退けることで図られる原理的考察が含まれる。ここから、旧来の論理学の批判に移る。その最大のポイントは、実体化の批判である。「真理」概念の実体化批判は「クイズ的真理観」の批判を意味し、因果概念の実体化はヒューム哲学の再考察を促し、また自由論に対し一定の寄与をなす、など。他に(1)命題中心主義・(2)真理の対応説・(3)直観主義が批判され、旧来の立場が「過度の確実性を求める」ものとして退けられ、蓋然性の真理観を打ち立てねばならないと主張する。さらに社会科学との接点が模索される。その中で、合理性概念が「納得・説得」の問題として経済価値と結び付いた検討を受ける。また別に、同様の問題意識から、実験の後件肯定誤謬性を脱するための「頻出-蓋然性」概念を投票制度の考察に援用すること、これらが補論として試みられる。かくて現代においてこそ、デューイ哲学(論理学)は大きな役割を果たすことが主張される。