西村 明 教授(宗教学宗教史学研究室)

 私は宗教学宗教史学研究室に所属していますが、メインの研究テーマは戦争で亡くなった人々の慰霊・追悼の問題です。自己紹介で宗教学をやっていると言うと、「何教の研究ですか?」と尋ねられることも多いですが、個々の宗教伝統の枠に必ずしも収まらないこうしたテーマ設定でも、他との比較などを通して、フットワーク軽く取り組めるのがこの学問分野の魅力と言えます。
 フットワークという言葉を使いましたが、現地調査(フィールドワーク)でいろんな場所に出かけるのも私にとっては魅力の一つです。日常とは違った風を感じ、新たな何かとの出会いは一般的に旅の醍醐味ではあるのですが、調査旅行ではさらに、知的興奮をもたらすような発見に出くわすこともたびたびです。


「徳之島にて」
 
 実はこの文章は、鹿児島県の奄美群島にある徳之島で書いています。今回は調査が目的ではないのですが、20年近く通っている大切な調査先の一つです。奄美群島では、1950年代前半と70年代後半に、九学会連合調査という人文社会系の9つの学会が共同で行った大規模な現地調査が行われました。研究室に残る昔の写真や資料に、その痕跡を見つけることもあり、一世代、二世代前の研究者たちが、同じ地域に出向いてきたのだなという感慨を深くすることもあります。先行世代とのつながりにとどまらず、自分自身も長らく調査を続けるなかで、その地域の人たちとのつながりが生まれ、それが別の何かに発展していくという喜びもあります。今回の訪問では、東大と私の前任校の鹿児島大、それにこれまでの研究のネットワークから実現した、韓国・済州大、ボスニア・サラエボ大の学生たちを集め、ユースキャンプを行っています。地域の戦争の記憶に触れ、共に平和について考えるプログラムを、地元の方々の協力で実施しています。

 「徳之島資料室(ゲストハウスみち)にて」
 
 話を私の研究に戻せば、実際に現地で行われる慰霊の場では、今は亡き人々の「冥福」を祈ったり、世界平和の実現を祈ったりと、「祈念」の態度・実践が見られるだけでなく、厳粛な式次第に沿った「儀礼」的側面、歌や踊りなどのパフォーマンス、絵や彫刻・記念碑などの図像なども見られます。実にさまざまなものが、慰霊という現象を成り立たせていることがわかります。
 こうした複雑な現象の個々の要素に着目し、丁寧に分析していく上で、宗教学をはじめ文化人類学や社会学、歴史学や哲学など、関連分野の研究蓄積が大いに役立つこととなります。したがって、(これは文学部の学問全体に共通することですが)膨大な本や論文の世界に分け入って、ページや行間に潜む理解の糸口を見つけ出す作業も、ある意味ではインドアでできる別次元の調査旅行なのかもしれません。古本屋でふと出くわした(あるいはネットでたまたま見かけて思わずポチった)本が開示してくれる未知の世界との出会いにそそられた経験は数知れません。加えて、現地調査においても、過去の新聞記事を調べたり、インタビュー先で思いを綴った手記を提供してもらったり、戦争の体験などを思想と呼べるほどのまとまった考えに昇華させた文章に出会うと、旅から戻っても、それらを読み進めていくことでその事象への理解を深め、自分の思索も深めることにつながります。
 いま行われている慰霊の実践の背後には、時には何世代にもわたって記憶をつないできた地域の人々の目に見えない思いが潜んでいることがあります。ふとした語りの端々にそうした思いが顔を覗かせることがあります。容易にはデータ化できないそうした思いの襞に迫ることができるのも、文学部の学問ならではと言えます。
 
 
東京大学・教員紹介ページ
https://www.u-tokyo.ac.jp/focus/ja/people/people003219.html

文学部・教員紹介ページ
 https://www.l.u-tokyo.ac.jp/teacher/database/230.html