文学部とは、人が人について考える場所です。
ここでは、さまざまな人がさまざまな問題に取り組んでいます。
その多様性あふれる世界を、「文学部のひと」として、随時ご紹介します。
編集部が投げかけた質問はきわめてシンプル、
ひとつは「今、あなたは何に夢中ですか?」、
そして、もうひとつは「それを、学生にどのように伝えていますか?」。
白波瀬 佐和子教授(社会学研究室)

第1の答え
「いま夢中になっていることは何ですか」と問われて、少しばかり困ってしまいました。夢中などといわれると、わき目も振らず一心不乱に取り組んでいる状況が思い浮かびます。いま、おいしいアップルパイを焼くにはどうしたらよいのかと考えていますが夢中というほどではないし、昨日手にいれたKazuo Ishiguroの小説はとても面白く読んでいますが、ここで期待されている答えにはならないでしょう。おそらく私は、夢中という言葉に潜む一過性といった意味合いに違和感を持っているのです。そこで質問を少しだけ修正して、研究でずっと考えてきたことの一つについて述べることにします。
私の専門は社会学で、その中でも特に、階層・格差、不平等について研究をしています。そこでずっと考え続けていることは、「違い」についてです。違いには、善し悪しや望ましさといった社会的な意味あいが付与されています。富めるものもいれば貧しいものもいる、若くて働き盛りの者がいれば現役を退いた高齢者もいます。その一人ひとりの生き様は多様で、この多様さの中に階層性があります。しかしながら、違いに対して敏感でなければ、違い自体を見逃してしまうこともあります。他者との違いを感じとって、その違いとどう向き合うかを試行錯誤する。この悩ましくも刺激的な思考の過程はわくわくします。
第2の答え
では、私の夢中になっていることを学生たちにどうして伝えるのか。この問いにもまた答えに困ってしまいました。自分が夢中であることを学生たちに意識的に伝えようとしたことがないからです。私の授業では、私が教える人、あなたがた学ぶ人、という構図はありません。私が学ぶ人であり、思考錯誤の最中なのですから。したがって授業は必然的に議論が中心となり、私と違った考えや、少数派の意見であればなおさら、授業の中で発言が期待されます。大切なのは、さまざまな「違い」を頭ごなしに否定したり、見下したりしないこと。議論やそれに伴う思考の中で、学生自身が意外な自分に出会ったり、夢中になるきっかけをつかむことができれば、これ以上のことはありません。
主要著書: | 『日本の不平等を考える 少子高齢社会の国際比較研究』(東京大学出版会) |
---|---|
『生き方の不平等 お互いさまの社会に向けて』(岩波書店) |
過去に掲載した文学部のひとについてはこちらをご覧ください