文学部とは、人が人について考える場所です。
ここでは、さまざまな人がさまざまな問題に取り組んでいます。
その多様性あふれる世界を、「文学部のひと」として、随時ご紹介します。
編集部が投げかけた質問はきわめてシンプル
「ご自身の研究の魅力を学生に伝えてくださいませんか」。

陳 捷 教授(中国思想文化学研究室)

わたしの研究分野は中国の古典文献学と日中文化交流史であり、とくに東アジアを中心とする漢文文化圏における書物の交流史に関心をもって研究しております。

中国の歴史は長く、書物の歴史もとても古いものなのですが、二千年前の先秦時代から近代に至るまで、書き言葉の変化は比較的少なかったため、現代中国でも、中学、高校レベルの教育を受けた学生でしたら、例え『論語』や『孟子』のような古典であっても、その一部の内容を原文で読んで理解することができますし、現代日本の中学や高校でも漢文訓読の方法を通して、著名な漢詩や漢文を教えています。また、東アジアの現代語でも中国古典の影響が残っており、多くの人々がその出典を知らずに日常的に使っています。そのような意味において、中国の古典籍は中国のみならず、日本、朝鮮半島あるいはヴェトナムといったいわゆる漢文文化圏の人にとっては親しみやすく、それぞれ自国の歴史と文化を理解する上でも学ばなければならないものとなっています。

一方で、古代から近代までに成立した文献は、その成立後長い年月が経っていますので、現代の我々がその内容を正しく理解するためには、やはり専門的な知識が必要とされています。古典漢語や歴史、社会、文化に関する知識の他、古典籍の成立や、成立当時及び後世における流布状況などについても把握する必要があります。例えば、古典籍を読みたい場合に、数多くのテキストの中からどのように読むべきテキストを選択すべきなのか。特定の古典籍に対する先人の解釈を知りたい時に、どのような方法で文献を探すべきか。こういった、専門外の人でも必ず抱える疑問や難問を解決するためには、古典文献学の知識が必要とされます。そのため、中国では古代から、テキストの校合に関する研究や、テキストの源流に関する版本学の知識が、あらゆる学問を勉強する際の入門とされてきたわけなのです。

漢籍コーナーにて

漢籍コーナーにて

 

なお、各時代においてどのような新しい書物が現れ、どのような書物の需要が無くなり消え去ってしまったのか。また、現代まで残っている古代の書物は長い年月のなかにおいて、多くの人々によって書写され、また印刷技術が発明されてから何度も刊行されて伝わってきましたが、流布しているうちに書物の本文にどのような変化が生じて、相違点のある複数のテキストがどのような関係を有しているのか。さらには古代の書物が成立当時およびその後において、どのような読者によってどのように読まれ、どのように解釈され、どのような影響があったのか。こういった各時代の文化や学術の消長に関わる問題も、中国の古典文献学の研究対象なのであり、そういった意味において、古典文献学は中国古代の学術全般、さらには古典籍の歴史を考察し、古代文化の全体像を知るための学問でもあるのです。

以上のような、古代文献に関するさまざまな問題を研究する学問は古典文献学と呼ばれ、中国の前漢時代においてすでに始まっており、その内容は時間の経過とともに次第に豊富になり、19世紀後半以降においては、西洋の学術の影響を受けて近代的な学問へと変身していったのです。

漢籍コーナーにて

漢籍コーナーにて

 

さらに視野を広げて考えるならば、中国の古典籍は東アジアをはじめとして、漢文文化圏の歴史と文化に大きな影響を与えてきました。中国の書物がそれらの地域に伝えられたのち、それぞれの文化の土壌においてどのように受容されてきたのかということもたいへん興味深い問題であり、漢文文化圏に共通する問題や、各国、各地域におけるそれぞれの特質を考える際に、重要なヒントを与えてくれるものでもあります。

このような学問を知っていただくために、私の授業ではまず中国の古典文献学についての基本知識を系統的に紹介し、さらには、近代以前に書写あるいは印刷された古典籍の実物を手に取っていただき、その書誌の記録やテキストの校合などの研究の実技を学んでいただきます。皆さんにはこれらの勉強を通して徐々に中国の古典文献の世界に近づいていただき、近代以前の書物の調査方法や、文献資料に基づく実証的な研究方法を体得することによって、豊かな書籍文化の研究方法を身につけ、研究者としての基礎をしっかりと養成していただきたいと考えております。

先人たちが遺してくれた貴重な書物を通して、彼らの知識や精神的な世界を、ともに探求していこうではありませんか。

 

 

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