発表のポイント

情報技術やAIの急速な進展と共に、現代社会の情報環境は日々激しく変化する。数ヶ月前に最適だった選択が、今日の環境ではもはや「時代遅れの不適切な選択」であることも多い。
こうした「急激に変化する不確実な環境」において、人々が互いの行動を参照しあうプロセスが、社会的な決定を改善あるいは劣化させる条件を理論的に検討した。
私たちが他者の行動を参照するときの仕組み(「社会学習のアルゴリズム」)に着目し、質的に異なる2つの学習タイプが集団に共存することで、効率的かつ柔軟な意思決定が実現できることを示した。
本研究の知見は、人間とAIが共在する現代の情報空間において、多様性を活かした優れた社会的意思決定をデザインする原理について重要な示唆を与える。
 

概要

 東京大学大学院人文社会系研究科の菅沼秀蔵大学院生、産業技術総合研究所・人間情報インタラクション研究部門の片平健太郎研究グループ長、総合研究大学院大学・統合進化科学研究センターの大槻久教授、明治学院大学情報数理学部・情報科学融合領域センターの亀田達也教授(責任著者)らの研究グループは、急激に変化する情報環境において、人々が互いを参照する「社会学習」を通じ、同時達成の難しい「意思決定の効率性(良い選択肢への素早く効率的な集中)と柔軟性(選択肢の時間的変化への対応)」という2つの目標を両立・実現するメカニズムを理論的に明らかにしました。認知神経科学では、人々が互いを参照しあう社会学習のメカニズムとして、①価値形成(value shaping; VS)、②決定バイアス(decision biasing; DB)、と呼ばれる2つの対照的な仕組み(「アルゴリズム」)が提案されています。価値形成(VS)型の社会学習では、人は多くの人々が選択した「人気の選択肢」を、本当に価値の高い選択肢として評価します。たとえば、人気のレストランの料理をそのまま美味しいと感じるといった評価のしかたです。これに対して、決定バイアス(DB)型の社会学習では、「人気の選択肢」を選びやすくなる一方で、選択肢の価値は人気ではなく自分の実際の経験だけに基づいて評価します。たとえば、人気のレストランに自分も出かける一方、料理の味そのものは「自分の味覚」だけで独立に判断するという評価のしかたです。本研究では、VS型の社会学習を行う人々からなる集団は、安定した環境では優れた選択に迅速に収束できる反面、急速な変動が起きる環境では時代遅れの選択にいつまでも囚われてしまうことが明らかになりました。一方、DB型の社会学習を行う人々からなる集団は、安定した環境での効率性は下がるものの、急激な変動に対しても柔軟に対処できる(過去に囚われない)という特性を持ちます。本研究の重要なポイントは、これらの2つのタイプは集団の中で安定して共存でき(「進化的安定性」)、それぞれが互いの短所を補いあうことで、急速に変動する環境においても、集団全体としてより高いパフォーマンスを達成しうることを示した点です。本研究の知見は、人間とAIが共在しつつある現在・近未来の情報空間で、優れた集団での意思決定をデザインするための原理について重要な示唆を与えます。

本研究成果は、2025年11月24日に米国科学アカデミー紀要(Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America)にて公開されました。

◆プレスリリース全文

発表者・研究者等情報

東京大学 大学院人文社会系研究科
 菅沼 秀蔵 大学院生

産業技術総合研究所 人間情報インタラクション研究部門
 片平健太郎 研究グループ長

総合研究大学院大学 統合進化科学研究センター
 大槻久 教授

明治学院大学 情報科学融合領域センター
 亀田達也 センター長
(兼:明治学院大学情報数理学部 教授)