2022年4月に死生学応用倫理専門分野は開設されました。ちょうど人文社会系研究科で30番目の研究室になります。死生学応用倫理専門分野は、人間の死と生のあり方を探求し、倫理が問われるような現代的な諸問題を検討する能力を有する研究教育者・高度職業人を育成することを目的とします。その研究・教育の基本理念は以下の通りです。

人間の生活は急激に変わりつつあります。科学技術は便利さと膨大な情報をもたらし、多くの先進国は超高齢社会に突入しました。それに伴い、これまでは考えられなかった様々な問題が生じてきています。そのような問題状況を把握し、解決策を探ろうとする分野が応用倫理であり、それは生命倫理、臨床倫理、環境倫理、技術倫理、研究倫理、情報倫理、世代間倫理など、多様な分野を含みます。

一方、そのような状況は現に人間の生と死を変えつつあります。その変化を過去から現代に至るまでの歴史と思想をも踏まえて理解し、生と死をどのように捉えるべきなのかを考究する分野が死生学です。応用倫理は現代的状況に問題解決の視点から立ち向かい、死生学は総合的把握の立場から向かい合いますが、両者は分断された領域ではありません。死生学応用倫理専門分野は両方の方法論を統合することを目指します。

現代社会の中で現実に起こっている問題を扱う場合、ままならない現実に直面し、悩み苦しんでいる人々の声に耳を傾けることは絶対的に必要です。一方、その問題の原因を特定の要素や領域に限定する短絡的な思考は慎まなければなりません。問題は社会のシステムの中で起こっているのですから、政治制度、権力構造、経済体制への考察は欠かせません。但し、それと同程度に重要なことは、我々は多くの場合、自分も自覚しない思考枠組みや価値観に囚われており、それがシステムを生み出しているということです。問題状況の本当の淵源を明らかにするためには、自分の有する枠組みや価値観を相対化する必要があり、そのためには問題状況を歴史と文化の中に位置づけて考えなければなりません。そうすることで始めて、問題の真の原因を明らかにし、ではいかなるあり方を構築すべきなのかという課題に立ち向かえるのです。

つまり、死生学と応用倫理はともに現代的状況に向き合うだけでなく、それを社会システムとして理解し、人類の文化と思想の中に位置づけて解決しようとする点で、問題関心と方法論を共有しているのです。対象が社会・歴史・文化・思想の多方面にわたるため、死生学応用倫理の方法論は必然的に学際的、領域横断的なものになります。死生学応用倫理の研究者は他分野の研究者や市民と対話し、学知の共有を行っていかねばなりません。但し、それは単に異なる学知の併存に終わってはならないのであって、異なる学知を吸収した上で、それを新しい視座と方法論の創出につなげていかねばなりません。多くのディシプリンが出会い融合して、新しいディシプリンと研究分野の創出に至るのが、死生学応用倫理という“場”になります。

よって、死生学・応用倫理専門分野の教育と研究は、①現実の問題や現代の生死への関心から出発しつつ、②それを社会システムの問題として総合的に把握すると共に、③人類の哲学、思想、歴史に照らして、その意味を批判的に検討し、④多くのディシプリンを総合した新しい視点から現代に対する考究を行っていくものであると要約できます。それらの営為の上に、未来の生のための新しい人間的価値の創造が目指されるのであり、それは人文社会系の学問が本来目指しているものに他なりません。

 

関連施設:死生学・応用倫理センター