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本学文学部に美学講座が設立されたのは明治26(1893)年のことであり、以来100年以上にわたり、当研究室は日本の美学研究の世界をリードする役割を果たしてきたが、それだけでなく、日本の芸術文化に与えた影響にもまた大きいものがある。研究者や批評家は言うに及ばず、古くは、ビデオ・アートの父として世界的に知られたナム・ジュン・パイクから、映画監督の中島貞夫、脚本家の倉本聡、さらに近年では作家の小林恭二、映画監督の井坂聡といった若手にいたるまで、様々な人材を世に送り出してきた。

美学は、本来は美や芸術に関わる原理的探求を行う哲学的学問であるが、学問の性質からして、芸術諸ジャンルの具体的なあり方と切り離された抽象的な議論に終始するわけにはいかない。とりわけ近年においては、美や芸術といった概念そのものが、歴史的・社会的に形成され、変容しているものであり、それ自体のうちに西洋近代のイデオロギーを色濃く刻み込んでいるものであるというような見方が出てくるようになり、その成立をめぐる政治的・社会的な状況や、芸術の「現場」におけるその機能の仕方といった問題を具体的なレベルでフォローしてゆくことが強く求められるようになってきている。当研究室では、1971年に美学講座を「美学藝術学」に改組することによって、諸ジャンルの個別的研究にかかわる諸芸術学を包含する形での展開をはかるなど、そういう方向への拡大的な展開をはかってきた。最近の卒業論文のタイトルをみても、ゴジラ映画、『ゲゲゲの鬼太郎』、刺青の歴史等々、狭義の美学の枠に収まりきれない、多様な領域にわたる研究が展開されていることがわかる。

しかし他方で、当研究室の特徴が、そのような「何でもあり」的な個別研究の寄せ集めの世界とはかなり違うところにあることもまた確かである。単に個別的なジャンル史の研究や地域文化の研究であることをこえて、それらの現象を(狭義の「美」や「芸術」には還元できないにせよ)美や芸術に関わる文化という大きな枠組みの中においてみてみることによって、個別研究だけからではなかなかみえてこないような問題系が開かれてくる。音楽や文芸や、はたまた漫画や自然美にいたるまで、これだけ専門の異なる人間が集まっていながら、コミュニケーションが成立し、むしろ畑違いの人間同士でディスカッションをすることで視野の広がりが得られるという関係が成り立つのも、当研究室ならではのことである。また、当研究室の教育においては、伝統的に、とりわけ「古典」とされるような文献の厳密な読解が重視されてきた。ともすると表層的なことがらだけをみて物事を考えてしまいがちな今の状況の中で、あえてこのような世界に身をおいてみることによって、自分自身が知らぬうちに囚われていた固定観念から自由になることができたり、表層的な問題の奥底にあるものがみえてきて、かえって斬新な視点が得られるという体験をすることも少なくない。文化が多様化し、不透明になっている時代である今こそ、原理に立ちかえって物事を考えようとする学問が求められているとも言えるのではないだろうか。