TEL: 03-5841-3793
FAX: 03-5841-3793
教員 准教授:福田 正宏  根岸 洋  森先 一貴  助教:新井 才二

 (1)考古学とは

 考古学とは、遺跡や遺構、遺物の研究によって、人類の歴史を明らかにする学問である。文献を通じて歴史を明らかにする文献史学とともに、歴史学の一翼を担っている。文字のない時代や地域の研究は、考古学の独壇場である。では、文字のある時代は考古学の守備範囲でないかといえば、そうではない。例えば、古代国家の中枢である藤原宮跡や平城宮跡から発掘された多量の木簡は、編纂された文献史料からは知り得ない生々しい都の様子を明らかにしたし、東京大学本郷キャンパス構内でも江戸時代の加賀藩上屋敷に関連する遺構群が明らかになり、考古資料・文献史料の双方から近世大名屋敷のあり様を具体的に知ることに成功した。エジプトのピラミッドもヒエログリフという文字の時代だが、考古学の研究対象であることは言うまでもない。

 こうしたことからも分かるように、考古学が文献史学と大きく異なる点とは、「発掘調査」である。フィールドにおいて発掘調査を通じて遺構や遺物といった研究資料を獲得し、分析することにこそ、考古学の学問的な固有性がある。

 考古学が扱う分野は多岐にわたる。発掘調査を通じて遺跡周辺の古環境と人がどう関わってきたのかを扱う環境考古学、動物と人の関係史を研究する動物考古学、儀礼や祭祀などを扱う祭祀考古学、民族誌や現存する民族に分け入って考古事象と比較研究する民族考古学など、特定の名を冠したさまざまな研究分野がある。また、遺跡や遺物の年代決定には考古学独自の方法に加え、具体的な数値年代を得るための放射性炭素年代測定など各種の方法があり、今日では自然科学分野との連携が必須とされる。ほかにも、古人骨のDNA 分析をもとにした人類拡散の歴史や人間社会の親族組織の研究も進んでいるし、炭素・窒素同位体比分析から過去の人々の食性の傾向を評価する研究もある。考古学は文系の学問というイメージが強いが、理系の学問とも連動した学際的な文理融合の学問といえよう。

 このように考古学の裾野が際限ないほどに広がっているのは、考古学が過去の人類活動全般を研究対象としているからである。人類は数百万年という長い時間をかけて世界中に拡散し、森羅万象と関係しあいながら多種多様な文化、文明を築きあげてきた。今日、考古学は発掘調査を独自の方法として多岐にわたる分野を統合し、体系化することで、私たち人類が歩んできた過去すべてに迫る役割を担っているのである。

 (2)考古学では何を学ぶのか

 考古学専修課程の必修科目(括弧内は単位数)は、史学概論(2)、考古学概論(4)、考古学特殊講義(16)、考古学演習(6)、野外考古学(4)、卒業論文(12)である。

 さきに考古学独自の方法として発掘調査をあげたが、上のカリキュラムでは「野外考古学1・2」がそれに相当する。発掘は遺跡の掘削をおこなう以上、ある種の破壊をともなう。だからこそ遺跡の発掘には慎重に当たらなくてはならないし、発掘過程で得られた成果を厳密に記録する必要がある。そのための手順の習得が必須となる。

 また、発掘調査に際しては遺跡の位置や地形を正確に把握するとともに、検出遺構や出土遺物を正確に記録するための測量が必要であり、測量機器を使いこなせるようになる必要がある。発掘調査を進めるにあたっても、ただ闇雲に掘ればよいわけではなく、周辺の地質条件を把握し、遺構や遺物が包含される土層の堆積状況を精査しながら、図面や写真、三次元情報などを記録しつつ慎重に掘り下げていく。調査後はそうした記録を整理し、出土した遺物の水洗いや台帳作成を済ませ、接合して図面や写真、拓本をとり、必要な場合には三次元計測をしてから、調査研究成果を総括した発掘調査報告書を刊行する。このように、発掘調査によってやむなく失われていく情報は、できるかぎり正確な情報として記録され、この記録が遺跡や遺構、遺物を分析するための大事な基礎データとなるのである。

 野外考古学1は、野外調査のさまざまな基礎的技術を本郷キャンパスで学ぶ。野外考古学2は、北海道北見市常呂町のサロマ湖畔にある人文社会系研究科附属「北海文化研究常呂実習施設」で実施される。教員と大学院生、学生が専用の宿舎に滞在し、実際に遺跡の発掘調査や整理作業を経験する。机上の学習だけでは知り得ないフィールド調査の楽しさや調査技術の奥深さにふれる機会にもなるし、打ち解けた雰囲気で、教員、先輩の垣根を取り払って日頃抱いているさまざまな疑問をぶつけることもできるだろう。なお、学生諸君が慣れない環境でも日々の生活を快適に過ごせるよう、宿舎には各種設備が整えられている。日本の大学のなかでは他に類を見ない恵まれた環境で発掘実習に参加することができるので、堪能してほしい。

 発掘調査によって取得した遺構や遺物はそのままでは歴史を語ってはくれない。考古学的な方法論によって整然と分類、分析されて学術的な意味での歴史資料になる。なかでも最も基礎となる方法論は型式学である。型式学は物がもつ年代的、地方的特徴をとらえてその変化や相互関係を明らかにする。これとともに重視されるのが層位学で、地質学・堆積学的な理論と方法を参照しながら型式の組み合わせやその新旧関係を説明する方法である。いずれも編年や地域性といった、人類の歴史を考古学的に明らかにするために不可欠の方法である。さらに、遺構や遺物から往時の社会や文化を総合的に語るためには、物質文化から人間行動を読み解くために民族考古学や実験考古学がもたらすモデルを参照する必要がある。歴史時代では文献・絵画史料が同種の役割を果たす。地質学・堆積学・古生態学・古生物学などの諸分野と連携して実施される自然科学分析も今や不可欠である。それでも未発見あるいは見過ごされてきた情報があることも理解しながら、現時点で最も蓋然性が高い人類史を構築しようとするのが考古学の目標であり、そのためには多くの実践例を学ぶ必要がある。

 「考古学特殊講義」では、こうした考古学の方法論を中心にさまざまなテーマについて講義形式で、「考古学演習」ではすぐれた内外の文献にもとづいて方法論およびその具体的な実践方法を演習形式で学ぶ。

 守備範囲の広い考古学では、あらゆる理論と方法論をすべてにわたって教えることは不可能だが、書物などを通じて基礎的な知識を一通り身につけられるようにサポートする。さらに、専任教員だけではカバーできない専門的な知識については、学内外から専門家を非常勤講師としてお招きし、幅広い分野を学習することができる場を提供している。

 学部3年生までにこのような基礎を身につけたあと、4年生には卒業論文という大仕事がまっている。自らが選んだテーマを深く研究して論文にするのだが、研究史にもとづいて課題と目的を明確にし、解決に必要な資料の収集と分析方法の設定を行い、分析結果に基づく考察を加え、結論を導くという作業は準備に多大な時間を要する。しかし、この作業は4年間の学業の集大成であり、論理的思考と努力の結晶として一生の財産になるであろう。研究職を希望するにせよ、就職を希望するにせよ、この経験を大切にしてほしい。

 大学の外にも考古学を学ぶ場はさまざまにある。考古学研究室の教員は全員フィールド調査を行っており、大学院生を中心に希望者が参加している。海外を含め、各地で行われている発掘調査に、教員や先輩の紹介で参加する人もいる。他大学や博物館、あるいは埋蔵文化財センターなどで有志が集まり特定のテーマで開かれるシンポジウムやワークショップに出かけ、現在学界ではどのようなことが議論されているのかを把握しておくことも大切である。各地の博物館や資料館で、それまでに学んで関心を持った遺物を実際に見学して、これまでになかった新たな研究を模索することも効果的である。考古学はフィールドと実物の学である。実際の遺跡や遺物がいかに雄弁であるか、ぜひ実感してほしい。

 (3)教員の紹介

 福田准教授は、シベリア・ロシア極東・日本列島における土器出現期以降の先史文化について、環境への適応という視点から復元を試みている。また、広く東北アジア史のなかで日本列島の先史を捉えている。

 根岸准教授は、縄文時代から弥生時代への移行を専門分野とし、その過程を人類史の中に位置付ける研究を志向している。また、先史時代の文化・社会の解釈に役立てるため、民族考古学的研究にも取り組む。

 森先准教授は、日本列島を含む東アジアの旧石器時代が専門であり、人類がユーラシアから日本列島に進出し適応を果たした過程を研究する。また、考古遺跡をはじめとする文化財の保存・活用にも取り組む。

 新井助教の専門は動物考古学であり、西アジアや中央アジア、南コーカサスをフィールドに、牧畜の成立と内陸アジアへの拡散プロセスを探っている。

 考古学専修の専任教員ではないが、北海道にある常呂実習施設に勤務する熊木教授は北海道がおもなフィールドで、周辺の北方古代文化を視野に入れながら、アイヌ文化の成立過程を追究している。北見市常呂町でおこなわれる「野外考古学2」という発掘実習期間中の指導を担当する。

 総合研究博物館には西アジアの先史考古学を専門とする西秋教授、年代測定や同位体分析を専門とする考古科学の米田教授、人類化石の形態分析からアジアの人類史を研究する人類進化学の海部教授がいる。学内には大学施設の新設等に伴い事前の発掘調査を担当する埋蔵文化財調査室があるが、この調査室には近世江戸の考古学を専門とする堀内准教授がおり、「野外考古学1」を通して野外調査に必要な技術の手ほどきをしてくれる。このような方々は卒業論文などの相談にものってくれる。

 (4)進学を希望する諸君へ

 考古学は広義の歴史学の一分野だから、歴史関係の講義はできるだけ受講しておいてほしい。とくに歴史時代の考古学を専攻するためには、文献史学の素養を身につけておく必要がある。先史考古学では、人類学や生態学の知識が必要となる。外国考古学を志す者は、外国語がすべての基礎になるから、とくにその習得に努めてもらいたい。日本考古学を目指す者であっても、方法論を学ぶために外国語文献の講読は必須とされるから、その重要性に変わりはない。

 考古学に進学しようとする学生は、駒場Aセメスターに、必修科目となっている「考古学概論1」、「史学概論」の授業を必ずとるように注意してほしい。「考古学概論1」は本郷で開講されているが、「史学概論」は駒場での開講だから、とりそこなうと、本郷進学後も駒場に通うことになる。同じく駒場Aセメスターに開講される「人類学概説」は、必修科目ではないが考古学研究の基礎として重要なので、進学予定者にはできるだけ受講することを勧める。

  (5)卒業後の進路

 考古学専修課程のカリキュラムは、考古学研究の専門家を養成することを目的として組み立てられている。過去に生きた人間の学を通じて人間社会や文化のあり方について理解を深めること、また考古学特有の論理や思考法を駆使して卒業論文を計画し、文章を練り上げていくプロセス、そして座学のみでは得られない常呂での活動やチームワークが求められる発掘調査の経験は、考古学に関わる仕事を選択した場合はもちろんのこと、考古学と直接関わらない進路を選んだとしても、必ず糧になるはずである。

 卒業後、引き続き研究を続けていこうとする場合は大学院を目指し、そうでない場合は一般就職することが多い。近年の比率は1対3ほどで、就職のほうが多くなっている。就職先は、新聞社、テレビ局などマスコミ関係をはじめとして、銀行、商社、運輸、情報、地方公務員などさまざまである。マスコミで考古学出身という経歴をうまく活かしている卒業生もいる。

 修士課程進学者は、修了後一般就職する場合もあるが、その多くは博士課程に進学し、研究を続けるために大学や博物館、研究機関への就職をめざすことになる。理想を高く掲げそれに向かって突き進むことは大切だが、研究職への就職が容易でないことは考古学も例外ではない。専門を活かせる場として、都道府県や市町村など地方公共団体にも埋蔵文化財を保存・活用する部署が数多く存在する。この場合は、学部卒ないしは修士課程修了の段階でも就職することができる。

  (6)その他

 考古学研究室では独自のホームページを開設しているので、こちらも参照してほしい。

https://www.l.u-tokyo.ac.jp/archaeology/

 遠慮せずに研究室を訪問して先輩たちの話を聞くことが、実情を知るのには得策である。法文2号館の地下では先輩たちが学業に勤しんでいるので、一度訪ねてみてはいかがだろうか。