文学部とは、人が人について考える場所です。
ここでは、さまざまな人がさまざまな問題に取り組んでいます。
その多様性あふれる世界を、「文学部のひと」として、随時ご紹介します。
編集部が投げかけた質問はきわめてシンプル、
ひとつは「今、あなたは何に夢中ですか?」、
そして、もうひとつは「それを、学生にどのように伝えていますか?」。

高山 博 教授(西洋史学研究室)

第1の答え

これまで私を夢中にさせてきたものは数多くありました。宇宙、自然、人、音楽、芸術、学問、歴史。その中で、私の生涯の研究対象となり、人生を決定づけたのは、中世シチリアのノルマン王国でした。大学生の時、西洋中世世界とイスラム世界の文化交流に興味があった私は、両文化が接触していた地中海世界の歴史を紐解くことに、わくわくするような気持ちをいだきました。特に、2つの世界の交流から生まれた美しく華やかな文化の痕跡を今に残す中世スペインと中世シチリアに、強く心を惹かれました。その2つのうち、国際的に研究が進んでおらず不明な点の多かった中世シチリアを研究対象に選ぶことになりました。シチリアのノルマン王国では、ラテン文化、ビザンツ文化、イスラム文化が併存し、ラテン語、ギリシア語、アラビア語が公用語として使われており、多様な文化が重層する歴史の複雑さと多言語史料読解の困難さのために未解決の謎が多く、知的刺激に満ちていました。

 

当初は謎を解く楽しさに夢中になっていましたが、次第に、私の関心は、ノルマン王国の行政組織から、中世地中海の異文化接触・交流、中世ヨーロッパの統治システムの比較、地中海三大文化圏の比較、歴史における現在のグローバル化現象の位置づけなど、より広いテーマに広がっていきました。その過程で、歴史学のもつ意義を自覚し、歴史を学ぶことが現代社会を生きるうえで不可欠であることを強く意識するようになりました。

今、私たちは、グローバル化のさらなる進展、パンデミックの急速な拡大、主要国間の対立と緊張の高まりを目撃し、先が見えない不安のなかで生きている人も少なくないでしょう。今後、日本や世界がどうなっていくかを見通すには、現代だけを見ていても、日本だけを見ていても十分ではありません。日本を含めた世界の歴史を学ぶことで、現在私たちがどのような位置にいるかを知ることができ、将来を予測することもできます。歴史とは未来を照らす「熱なき光」だということを、強く感じるようになりました。そのような関心の変遷を経て現在に至っていますが、関心の広がりの一方で、40年以上にわたって私の研究の中心には常に中世シチリアがありました。このシチリアに生まれた王国がもつ多くの謎が私をとらえて離さなかったのです。その謎解きの楽しさ、わくわくする気持ちは、今も変わらず私のなかにあります。

 

第2の答え

「パッションは才能に勝る」。これは、私が教養課程、学部、大学院の授業でしばしば口にする言葉です。パッションは、日本語では、情熱、熱い思い、強い欲求ということになるでしょうか。パッションがあれば、才能はあるけれどもパッションのない人より、よい仕事ができるということを言ったものです。

才能は生まれつきのもののように誤解されがちですが、私が教えてきた学生たちは、パッションをもち目標に向かって頑張る過程で、当人が持っている能力が大幅に伸びるということを、教えてくれました。彼らは、自分のテーマを見つけそれを追及していく過程で、大きく成長します。だから、学生のみなさんには、何よりもまず、夢中になれるテーマや仕事を見つける努力をしてほしい。そして、もし運よくそれを見つけることができたら、それを大事にしてほしいと思っています。

 

主要著書: The Administration of the Norman Kingdom of Sicily (Brill 1993)
Sicily and the Mediterranean in the Middle Ages (Routledge 2019)

 

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