活動報告

臨床死生学・倫理研究会 2018~2024年度

2024年度

2024年4月17日(水) 「ACP の光と影 ―― なぜ実行されにくいのか?」 冲永 隆子 先生
(帝京大学 共通教育センター 教授)

【冲永隆子先生より自己紹介文と講演紹介文をいただきました】
4月1日付けで、帝京大学から帝京科学大学へ移籍しました。
専門は生命・医療倫理学で、研究テーマは終末期医療の事前指示、意思決定支援、ACP等です。拙書『終末期の意思決定』(晃洋書房、2022)では、ACP実現のために、ACP実施の障壁になっていることを幾つか示したうえで、ACPを求める人たちにとって何が課題かを考察してきました。最近では、研究協力者との哲学対話を経て「決められない、決まらないこと」「正解がないこと」や「ネガティブケイパビリティー」(帚木蓬生)、つまり、答えの出ない事態に耐える力について思索しています。
本講演では、ACP研究のきっかけとなった実父とACP当事者で共同研究者の事例を紹介しつつ、ACP実施を困難なものとしている、本人、家族、医療者との間のコミュニケーション齟齬の問題について示したいと思います。

2024年5月8日(水) 「エンドオブライフを支える京のまちづくり」 荒金 英樹 先生
(一般社団法人愛生会山科病院 外科 消化器外科部長)

【荒金英樹先生より自己紹介文と講演紹介文をいただきました】
一般社団法人愛生会山科病院 外科 消化器外科部長、京滋摂食嚥下を考える会 顧問、京介食推進協議会 会長
日頃は手術室で主に消化器がんの外科治療に携わる一方、周術期、重症患者から終末期までの栄養療法を研究しています。その縁もあり院内では多職種のスタッフと栄養サポートチームを編成し、様々な病態に対する栄養治療に長年取り組んできました。
そうした中、社会の高齢化から急増する誤嚥性肺炎は当院でも大きな問題となり、胃瘻をはじめとした様々な人工栄養の安全な実施に尽力する一方、口から食べるための様々な支援をしてきました。しかし、こうした院内の取り組みだけでは問題の解決は困難なことから、地域での多職種、施設間連携を目的に京都府、滋賀県の有志と共に「京滋摂食嚥下を考える会」を立ち上げ、様々な食の地域支援体制を整備してきました。
こうした地域の支援体制の整備に取り組む中で、生活の一部である「食」を医療介護業界だけが担うことへの問題も感じるようになり、京都の伝統食産業との連携に取り組み、それを「まちづくり」へと発展させることを目的に「京介食」というブランドを設立しました。病院の奥底で実施される外科手術に代表される疾患を治療するという医療から、街に飛び出し、End of lifeを含めた生活を支援する医療を目指し、模索している活動の一端を紹介させていただきます。

2024年5月29日(水) 「医療的ケア児を地域で支える」 紅谷 浩之 先生
(医療法人社団オレンジ 理事長)

【紅谷浩之先生より自己紹介文と講演紹介文をいただきました】
地域医療・在宅医療の現場で、0歳から100歳超の方の診療に携わっています。
暮らしの中で医療を必要とする人たちに伴走するには、医療が暮らしを支配せず、暮らしを豊かにするための医療の立ち位置を探ることが重要と考えています(社会の医療化ではなく医療の社会化)。さらに言えば、街づくりの視点も必要です。
医療的ケア児と呼ばれる暮らしの中に医療ケアが必要なこどもたちとの関わりの中で、彼らが地域に暮らしながら成長していくことに伴走し続ける中で、病気を持つ弱さよりも日々の生活を重ね成長していくエネルギーの強さに注目できるようになりました。今にも死にそうなくらい弱い子どもたちの本当の強さとはなにか、彼らに伴走する中で得られた気づきや課題感を共有し、よいディスカッションができればと思います。

2024年6月19日(水) “トリアージ”をめぐる共有すべき視点 櫻井 淳 先生
(日本大学医学部 救急医学系救急集中治療医学分野 診療教授)

【櫻井 淳先生より自己紹介文と講演紹介文をいただきました】
専門は救急医学、蘇生学、集中治療医学。日本大学医学部では心停止後脳障害の病態とその軽減を研究してきた。脳に興味があり、学会での決め台詞は”Do you love brain?”である。哲学本を読むことが趣味で、古代ギリシャ人の価値基準である真偽・善悪・美醜の判断軸と、心(想像界:心理学)・体(現実界:身体医学)・言葉(象徴界:哲学)の学問領域を彷徨っている。
コロナ禍で実際にトリアージ作成に関わった経験から、自分を含めてトリアージに対する理解が不十分であることに気がついた。その問題意識を解決するために、トリアージに関し改めて検討を行い、在宅救急医学会のシンポジウムから始まり障害者学、哲学の専門家を交えて議論を行ってきた。トリアージの多様性や文化との関わりをふまえ、人間の本質とは何かという問にぶつかったため、本講義で状況を共有した上で皆さんと議論できれば幸いである。

2024年7月3日(水) 不確実さとともに、進行するがんと生きる ―― 若年乳がん患者との関わりから 渡邊 知映 先生
(昭和大学 保健医療学部看護学科 成人看護学 教授)

【渡邊 知映先生より自己紹介文と講演紹介文をいただきました】
がん看護学を専門にしています。特に、AYA世代といわれる若年世代でがんを経験することの生きづらさに関する長期的な支援について研究・支援活動を行っています。
近年、がん薬物療法の進化にともない進行乳がんの治療選択は複雑化し、長期的予後も見込まれるようになりました。本講演では、さまざまな不確実性のなかに身を置く若年乳がん患者とその家族との関わりを通して感じる「意思を決定する」ことに対する当事者と医療者との視座の違いを遺伝・家族のあり方・ACPといった課題を例に考察していきたいと思います。

2023年度

2023年4月19日(水) 「チームKISA2隊の軌跡と奇跡」 守上 佳樹 先生
(よしき往診クリニック院長、総合内科医・老年病専門医
KISA2 隊(Kansai Intensive Area Care Unit for SARS-CoV-2 対策部隊)オヤカタ)

【守上先生から以下の自己紹介文とご講演内容をいただきました】
1980年3月生まれ。43歳。37歳で医院開業。
コロナ流行の早期から関西若手医師連合「KISA2隊」を率いて全国16都道府県で活動を牽引しております。
2021年、2022年と、医療者では初めて2年連続でTV「情熱大陸」にもとりあげていただきました。
本講演では、「医療者たちのチームビルドの経過を、いままでの多くの書籍でみるような理想的なチーム形成の過程を、具体的に行ったらどうなったのか」をお話できたらと思います。
おそらく、各研究会や活動などにも、波及性の高い思考回路への一助となると思います。

2023年5月10日(水) 「患者さんに寄り添うということ ― ケアの倫理を実践する」 石垣 靖子 先生
(北海道医療大学名誉教授、看護学)

【石垣先生のご紹介】
石垣先生のご専門は看護学、看護管理、緩和ケア、臨床倫理です。石垣先生は北海道大学附属病院副看護部長などを経て、1986 年から東札幌病院で看護部長、副院長、理事を歴任なさいました。
日本におけるホスピス、緩和ケアの発展・普及にご尽力なさり、多大な貢献をしてこられました。患者さんとご家族にとってできる限り良好なQOLを実現するために自ら実践し、そしてその知見を活かした教育を続けておられます。
今回のご講演では、先生の豊かな看護実践の経験をもとに、ケアの倫理についてご教示いただきます。

2023年5月24日(水) 「認知症の人と家族ケアのパラダイムシフト」 清家 理 先生
(立命館大学スポーツ健康科学部 教授(応用健康科学・社会医学・老年学)、MSW)

【清家先生より以下の自己紹介文と講演紹介文をいただきました】
立命館大学スポーツ健康科学部教授
京都大学大学院農学研究科、国立長寿医療研究センターもの忘れセンター研究員を兼務。
専門は、社会医学、老年学、医療福祉学。
最近の研究テーマの3本柱の1つは、「超高齢社会における軽度認知障害の人、認知症の人と家族に対するWell-being獲得・促進の手法開発」です。
超高齢社会に関わる医療福祉課題に対し、(1) 課題の背景の探索、(2)解決に向けたニーズ調査、(3)試行的介入のプロセスを経たアプローチ、(4)政策提言につながる介入の効果の提示のプロセスで、アクションリサーチを用い、課題解決手法の社会実装を目標としています。最近は、MCI・認知症の人と家族に対する非薬物介入プログラムの開発で、吉本興業さんや行政等、産官学民連携で進めています。
本講演では、近年の認知症政策動向および政策に基づく新たな支援の変遷を紹介するとともに、ケアの現場で生じている倫理的葛藤をお話していきます。また、「エビデンスに基づくケア」が求められている現在、実際の臨床研究で発生しているジレンマと対処方法についてもお話したいと思います。

2023年6月7日(水) 「精神科リエゾンの視点からみたがん療養 ―― 患者、家族の言葉から見えるもの」 赤穂 理絵 先生
(東京女子医科大学 精神医学講座 准教授)

【赤穂先生より以下の自己紹介文と講演紹介文をいただきました】
私は精神科の医師です。身体疾患治療中の患者さんの心理状態を支援するリエゾン精神医学を専門としています。身体疾患ごとに異なる経過、異なるストレスがありますが、私は 20年間、がんの専門病院に勤務した経験から、多くのがん患者さん、ご家族と接する経験を得ました。
 本講演では、患者さんの言葉からキャッチすることができた、がん療養にまつわるストレス、気持ちのつらさについて、ご紹介します。また家族ケア外来を実践した経験から、お互いを思いやりながらも行き違いが生じてしまうことがある、患者さんと家族の関係性についてもお話します。

2023年6月28日(水) 「透析の見合わせと終了に関する法的視点」 小川 義龍 先生
(小川綜合法律事務所 所長、弁護士)

【小川先生より以下の自己紹介文と講演紹介文をいただきました】
 小川綜合法律事務所所長、弁護士(東京弁護士会)
 昭和62年早稲田大学法学部卒 平成3年司法試験合格(最高裁判所 司法研修所46期)
 専門は一般民事刑事。日本透析医学会顧問。「透析の開始と継続に関する意思決定プロセスについての提言」(日本透析医学会2020年)作成委員会委員。「維持血液透析療法の開始と見合わせに関する意思決定プロセスについての提言」(同2014年)コンセンサス・カンファレンス協力委員。
 本講演では、「透析の見合わせと終了に対する法的視点」について私見を含めて講じます。医療行為に対して法的責任が追及される場面は、患者の同意(意思決定・自己決定権)の問題にほかならないこと、また、患者の同意さえあればいいわけではなく、医療行為自体の社会的コンセンサスも重要であることなど、皆様には馴染みのない法的考え方の基本的なところをお伝えしたいと思います。そして、透析の見合わせと終了という、患者の死に近接した場面における患者本人及び家族並びに医療・ケア従事者との共同意思決定と法的責任問題の構造について、裁判例やJSDT提言(ガイドライン)などを踏まえて法的考察をしたいと思います。

2023年10月11日(水) 「重い精神疾患をもつ人の医療上の意思決定への関わり」 井藤 佳恵 先生
(東京都健康長寿医療センター研究所 福祉と生活ケア研究チーム 研究部長、精神科医)

【井藤先生より自己紹介文と講演紹介文をいただきました】
 専門は老年精神医学です。臨床と研究の間を行ったり来たりしながら、重い精神疾患を抱えた人たちがもつ権利について考えてきました。
 重い精神疾患を抱える人たちの生や死が語られることはあまりありません。彼らが生きる世界がそれだけ、私たちの日常から隔絶されているのだと思います。新型コロナウイルス感染症の流行は、精神科病院における身体医療、その先にある死の課題を浮き彫りにしました。しかしそれらに対する世間の関心も、瞬く間に失われていきました。
 本講演では、重い精神疾患をもつ人の医療上の意思決定をテーマにお話しします。判断能力が不十分であるとされ、それゆえに多くの制約を受けながら生きる彼らもまた、私たちと同じように自分の人生を引き受け、自分の人生を歩む人たちであることに、思いを寄せていただければと思います。

2023年10月25日(水) 「患者が医療者に望むこと ―― 33年の活動経験から」 山口 育子 先生
(認定NPO法人ささえあい医療人権センターCOML理事長)

【山口育子先生のご紹介】
 山口育子先生は、認定NPO法人ささえあい医療人権センターCOML理事長として、医療現場における医療者と患者のコニュニケーションという課題に取り組んでこられました。山口先生はご自身の患者体験をきっかけに、医療現場におけるコミュニケーションの重要性を痛感され、COMLの活動に参加されるようになりました。現在はCOML理事長として、電話相談や病院探検隊、模擬患者、各種講座の開催など様々な活動にご尽力されています。
 COMLの電話相談には、多くの患者さんから医療者とのコミュニケーションギャップに関するお悩みが寄せられるそうです。コミュニケーションは医療者だけの努力では成り立ちません。そこで、山口先生はCOMLを通じて、患者・医療者双方のコミュニケーション能力を高める活動に取り組んでいらっしゃいます。

2023年11月8日(水) 「神経難病高齢者のエンドオブライフ・ケア」 髙道 香織 先生
(国立病院機構医王病院 北陸脳神経筋疾患センター、老人看護専門看護師)

【髙道先生より自己紹介文と講演紹介文をいただきました】
 1993年、金沢大学医療技術短期大学部看護学科を卒業し、金沢大学附属病院、石川県立看護大学で勤務。その後石川県立看護大学大学院修士課程を修了し、2008年、老人看護専門看護師に認定。国立病院機構金沢医療センター、国立長寿医療研究センターを経て、2018年~国立病院機構医王病院に所属。当院は県の神経難病拠点病院にて、神経難病特有の病の軌跡を辿る高齢者との関わり合いが主となっています。
 1990年、看護基礎教育の改変により、老人看護論が授業に初めて取り入れられ、当時、看護学生だった私は興味深く学びました。以後現在まで老人看護に関心があり、実践し考え続けています。
 看護師としてベッドサイドで様々な語りや声を聞き、その方の願いに気づくことがあります。それを叶えるにはどうすべきか、現在でも葛藤します。昨今、エンドオブライフケアという言葉が聞かれるようになり、その考えを取り入れ、最善を尽くすことも重要だと考えています。それについてお示しし、皆さまからのご意見も得て今後の参考にできればと思います。

2023年12月6日(水) 「口から支えるエンドオブライフ」 大野 友久 先生
(浜松市リハビリテーション病院 歯科部長)

【大野先生より自己紹介文と講演紹介文をいただきました】
 1998年東京医科歯科大学歯学部卒業、2019年より浜松市リハビリテーション病院歯科にて勤務。 専門は高齢者歯科学、摂食嚥下リハビリテーション学。高齢者、特に病院に入院している高齢者の口腔管理に関わっており、急性期、回復期、終末期(エンドオブライフ期)患者における臨床経験があります。
 エンドオブライフ期にある患者さんは口腔内環境が悪くなりやすく、最期のクオリティオブライフをなるべくよい状態でお過ごしいただくためには適切な口腔管理が必要です。また「食べることは生きること」であり、なるべくよい経口摂取状況を口腔管理で支えることも大切です。
 本講演は学術的・哲学的な内容ではありませんが、エンドオブライフ期にある患者さんの口腔内がどのようになっていて、現場ではどのように対応しているのかをご紹介したいと思います。

2023年12月20日(水) 「死別の悲しみを学ぶ ―― 悲嘆学入門」 坂口 幸弘 先生
(関西学院大学人間福祉学部 教授、悲嘆と死別の研究センター・センター長)

【坂口先生より自己紹介文と講演紹介文をいただきました】
 関西学院大学人間福祉学部人間科学科教授。同大学「悲嘆と死別の研究センター」センター長。
専門は臨床死生学、悲嘆学。死別後の悲嘆とグリーフケアをテーマに、主に心理学的な観点から研究・教育に携わる一方で、ホスピスや当事者団体、葬儀社、保健所などと協力・連携してグリーフケアの実践活動を行ってきました。最近は、当方の研究センターでの連続講座やオンラインサロン、「グリーフを考える日」の制定など、支援者の養成や啓蒙活動に力を入れています。
 本講演では、死別に伴う悲嘆に関する概念や研究知見と、グリーフケアをめぐる考え方や最近の動向を概観するとともに、社会に求められるグリーフ・リテラシーについて考えたい。

2022年度

2022年4月20日(水) 集学的痛みセンターの誕生までの道のりとその意義(多職種集学的痛み診療)加藤 実
(春日部市立医療センター ペインクリニック科 主任部長、日本大学医学部麻酔科学系麻酔科学分野 臨床教授)

【加藤 実先生より以下の自己紹介文とご講演内容主旨をいただきました】
 専門は麻酔科学、疼痛学。麻酔科医の仕事は、患者さんの安全を確保しながら手術前、手術中、手術後の身体的苦痛と心理社会的苦痛に対する予防と治療、外科系医師には安心して手術に集中できる環境の提供を通じて、患者さんが早期に日常生活を取り戻すことを目的とした周術期管理をしてきました。
 ペインクリニック医としては、従来から非がん及びがんの痛みで困っている患者さん並びにお子さんの痛み治療に携わり、2014年に日本大学医学部附属板橋病院に、痛み治療の最後の砦の部門として、難治性慢性痛患者さんを対象に多職種集学的痛みセンター外来を新設しました。看護師、薬剤師、精神科医、ペインクリニック医の順番で診察し、患者さんの語りを引き出しながら、痛みに関する身体的要因と心理社会的要因の情報収集と両者の関わりの評価を通じて痛みの原因と痛みの対応法を見つけ、患者さんの主体的な痛み対応力獲得に向けた関わりをしています。本講演では当痛みセンター外来診察の実際を紹介しながら、痛みの多面性について皆様と情報共有ができればと思います。

2022年5月11日(水) 在宅医療における意思決定支援 ― MSWの役割 阿部葉子
(在宅ケアクリニック川岸町 医療ソーシャルワーカー、居宅介護支援事業所かわぎし町 主任介護支援専門員)

【阿部葉子先生より以下の自己紹介文とご講演内容主旨をいただきました】
 総合病院、ホスピスでの医療ソーシャルワーカー経験を経た後、居宅介護支援事業所での介護支援専門員、地域包括支援センターでの社会福祉士として、地域を拠点としたソーシャルワークを展開しておりました。
 2009年から、現職である、新潟市内の在宅療養支援診療所の開設時より、医療ソーシャルワーカーとして勤務しています。当院の理念でもある「在宅緩和ケアが一つの選択肢」となり得る地域づくりを目指し、日々ソーシャルワーク実践を行っています。兼務している主任介護支援専門員として、地域の介護支援専門員の指導にあたったり、医療・介護連携促進のための多職種ネットワークの立ち上げなども行っており、取り組みの紹介をふまえ、チームで行う意思決定支援の実際をお伝えできたらと思います。


2022年5月25日(水) ハイデガーの「死」の概念と他者理解の問題 ― ケアの現象学に向けて 田村未希
(東京大学大学院人文社会系研究科 死生学・応用倫理センター 上廣死生学・応用倫理講座 特任助教)

【講演者による自己紹介文と講演概要】
 専門は哲学・現象学で、マルティン・ハイデガーの哲学を中心に研究しています。ハイデガーは、人間の事実的な生のあり方をありのままに記述、分析しようとした哲学者として知られています。その中でも私はまず知の問題、現象学の文脈では他者理解に関する分析に注目しています。人それぞれ社会的・文化的背景や生い立ちが異なる状況の中で「相手を理解すること」は困難な課題ですが、臨床倫理的に適切な意思決定支援を行っていくためには極めて重要なものです。人はどうしても自分の見える世界の中だけで相手を理解しようとする傾向を持ってしまっています。その中でどうすれば真正な理解を目指すことができるのかという問題にハイデガーは真摯に向き合ってきました。今回の研究会では、このハイデガー現象学における分析を概観した上で、ケアの場面での考察を試みます。またハイデガーは「死」を、有限な生を生きる人間のあり方の問題として哲学の中心問題に据えた哲学者としても知られています。「死」は人間の生を限界づける現象ですが、実はこれが他者理解の問題と密接に関係しています。このことについても、研究会の中でお話しできればと考えております。

2022年6月15日(水) 慢性腎臓病・透析医療におけるSDM(shared decision-making)の現況と課題 小松 康宏 先生
(群馬大学大学院医学系研究科 医療の質・安全学講座 教授)

【小松先生から以下の自己紹介文とご講演内容をいただきました】
専門は臨床腎臓病学(小児・成人)ならびに医療の質・安全学です。医療の質・安全学は、諸科学の成果を応用し、現行の保険医療制度のなかで提供できるはずの医療と現実の医療の較差、エビデンス・プラクティス・ギャップを縮めようとするものです。患者の価値観、ニーズの理解なしに質の高い医療を提供することはできません。群馬大学では患者参加型医療をすすめていますが、共同意思決定はその要でもあります。腎臓病SDM推進協会の代表幹事として、これまで約2000名以上の医師、看護師を対象としたSDMのワークショップも開催してきました。
講演では、医療の質・安全学の視点から、EBMと患者中心の医療をとらえるとともに、腎臓・透析医療における共同意思決定の現状と課題について考えたいと思います。

2022年6月29日(水) 身体抑制のないケアを目指して 出村 淳子 先生
(金沢大学附属病院 看護部 副看護部長(臨床倫理担当))

【出村先生から以下の自己紹介文とご講演内容をいただきました】
 金沢大学就職後、消化器外科、手術部、血液内科・呼吸器内科、外来、乳腺科・産婦人科を経験し、耳鼻咽喉科頭頚部外科の看護師長を経て2020年より現職にいたる。看護部内の臨床倫理の委員会を運営し、臨床倫理コンサルテーションチームのコアメンバーとして、院内の倫理的問題にも対応している。
 本講義は、高度急性期医療を行っている当院が取り組んできた抑制に頼らない看護について紹介します。抑制は、人間としての尊厳を尊重することを責務とする看護師が、医療現場において大きな葛藤を感じる倫理的問題の一つだと思います。安全も守りながら、尊厳も重んじるケアができないかに取り組んだ当院の臨床倫理の歩みについてお話させていただきます。

2022年10月12日(水) COVID-19 パンデミックと公衆衛生倫理 大北 全俊 先生
(東北大学大学院医学系研究科・医療倫理学分野 准教授)

【大北先生から以下の自己紹介文とご講演内容をいただきました】
 専門は、哲学、倫理学、生命倫理学。F. ナイチンゲールの『看護覚書』の読解、そしてHIV感染症の検査や相談事業への関わりを通して、感染症対策など公衆衛生に関して哲学・倫理学の視点から研究に従事するようになりました。
 公衆衛生というのは、実際は日々の生活に非常に身近でありつつも、注意を向けられることのあまりない営みだったかと思います。しかし、公衆衛生の諸対策は、COVID-19によって世界中の人々に切実なものとして経験されるようになりました。本講演では、公衆衛生倫理と呼ばれる領域について紹介しつつ、COVID-19で生じている諸事象について考えたいと思います。

2022年11月2日(水) おたるワンチーム(ICT)を活用した終末期医療の取り組み 髙村 一郎 先生
(髙村内科医院 院長)

【髙村先生から以下の自己紹介文とご講演内容をいただきました】
 1981年金沢大学医学部卒業しました。北海道大学循環器内科で研修、勤務したのは札幌市立病院救急部、室蘭日鋼記念病院、釧路医師会病院等救急疾患を主に診療する職場です。1993年に小樽市で無床診療所を開業(内科、循環器科)。途中から求められて木曜午後のみ2週間に1回の往診を開始しています。2010年頃から在宅での終末期医療に関与し始め、2012年に緩和医療の講習会に参加(PIECE) したことをきっかけに翌年に終末期医療考える会を小樽で結成、市民向けの講演会を開催するとともに多職種連携の会を年数回開催してきました。2017年から北海道の在宅医療提供体制強化事業に応募しています。
 当院の診療の中心は一般の外来診療です。他の病院からの依頼に応じて終末期の患者さんの在宅緩和治療・在宅看取りを実施しています。定期的な訪問は2週間に一度木曜の午後だけです。開業医が片手間に訪問診療も実施しているいわゆる午後から往診と言ったスタイルです。オピオイドの持続皮下注/静注による疼痛緩和や鎮静も実施しています。ICTによる多職種連携が在宅療養には不可欠と考え推進しています。

2022年11月16日(水) 「CKM(保存的腎臓療法)の現状と今後の課題」 岡田 浩一 先生
(埼玉医科大学 腎臓内科 教授)

【岡田先生から以下の自己紹介文とご講演内容をいただきました】
  専門は腎臓内科学。透析診療にも長く関わってきましたが、高齢化とともに身体合併症や認知症などから、透析導入や継続が難しい腎不全患者が増えてきました。そして透析を行わないという選択肢、そしてその場合の全身管理の具体的な方法について、真剣に議論する必要があると感じていました。
 本講演では、2019~2021年のAMED長寿科学研究開発事業で作成した「高齢腎不全患者のための保存的腎臓療法―CKMの考え方と実践―」をテキストに、これまでタブー視されがちであった舞台裏の診療である透析を行わない末期腎不全管理について、その周辺の実情も含めてご紹介したいと思います。

2022年12月7日(水) 「“弱さ” の倫理学」 宮坂 道夫 先生
(新潟大学大学院 保健学研究科 教授)

【宮坂先生から以下の自己紹介文とご講演内容をいただきました】
  年明けに、『弱さの倫理学 - 不完全な存在である私たちについて』という本を出す予定です。講演では、この本を書きながら考えたことをお話しします。最初に、私たちの弱さというものを考えます。私たちは脆く(fragile)、有限(finite)な身体と、何事も自ら決めなければならない心を持つ、弱い存在です。一人では生きられず、他者に依存し、手段化し、ときには他者と争います。どうやら、私たちの弱さは、私たちが生きているがゆえに持っている強さ(すぐれた特徴)の代償と言えそうです。近現代の医療や科学技術は、私たちが生き物としての弱さに甘んじず、技術の力を使ってそれに抵抗してきた歴史として捉えることができ、そこで生じてきた倫理的問題を、私たちは医療倫理、技術倫理、環境倫理等と呼んできました。果たして、弱い存在である他者(患者かもしれませんし、動植物かもしれません。あるいは自分自身かもしれません)を前にして、私たちはいかに振る舞うべきなのか。そんなことを考えたいと思います。

2022年12月21日(水) 「“ 老年的超越” の現在」 増井 幸恵 先生
(東京都健康長寿医療センター研究所 福祉と生活ケア研究チーム 研究員)

【増井先生から以下の自己紹介文とご講演内容をいただきました】
 専門は高齢者心理学です。主に、高齢者、特に今後急増することが確実な85歳以上の高齢者に関わるテーマを心理学的な視点から研究しています。例えば、健康長寿達成への性格の影響を調べる研究や、高齢期の幸福感に影響を及ぼす要因にはどのようなものがあるのかなどを研究してきました。
 12年前から、東京都や兵庫県の70歳から90歳の人達約300人を対象とした長期縦断研究を行い(参加者の中には90歳から参加し、100歳に到達した方もいらっしゃいます)、地域の方々が長い高齢期をどんなことを思い、考え、どのように過ごして行かれるのかを、心理学のみならず医学、歯学、運動学などの側面を包括的にとらえた研究を行っています。
 今回の講演では、高齢期の幸福感を高めることに大きな影響を及ぼすと考えられる『老年的超越』という「ものの考え方や感じ方の変化」について紹介し、それが高齢期にどのように発達していくかや、幸福感へどのような影響を及ぼしているかを、長期縦断研究のデータを用いて、お話したいと思います。


2021年度

2021年4月21日(水)“役に立つ” とはどういうことか――超高齢社会の〈老い方〉を考える 森下直貴(老成学研究所 理事長/浜松医科大名誉教授)

昨年、『新版「生きるに値しない命」とは誰のことか』(中央公論新社)を出版し、障害者施設殺傷事件、安楽死論争、トリアージに通底する「役に立つ/役に立たない」という社会集団の価値基準を問い直しました。死の前には老いがあります。講義では、寝たきりと認知症に直面する高齢者を範例として、制度と生きがいの両面を考慮しつつ、その種の価値基準を組み換える方向を探ります。浜松医大名誉教授、京都府立医大客員教授。

2021年5月12日(水)コロナ禍の日本人論 竹内整一(東京大学名誉教授)

専門は倫理学、日本思想史、死生学。日本人の精神の歴史を辿り直しながら、それが現在に生きるわれわれにどのように繋がっているかを考えています。著書に、『魂と無常』(春秋社)、『花びらは散る 花は散らない』(角川選書)、『「やさしさ」と日本人』(ちくま学芸文庫)、『ありてなければ』(角川ソフィア文庫)など。
(講演主旨)辻風・旱魃・地震・疫病など「災禍の頻繁でしかも全く予測し難い国土に住むものにとっては天然の無常は遠い遠い祖先からの遺伝的記憶となって五臓六腑にしみ渡っている」(寺田寅彦)といわれる日本人の災禍論を、自然と人為との関与という点を中心に、自粛論・自発論・正義論(+「鬼滅の刃」)論などとして考えてみます。

2021年5月26日(水)口腔医学が拡げる医療の幅 ― 臨床死生学・倫理学との接点 曽我 賢彦(岡山大学病院 医療支援歯科治療部 部長・准教授)

 専門は歯周病学、がん口腔支持療法、周術期(手術前後の時期)の口腔内の管理。歯科の専門性を医療全体の質の向上に活かすための日常臨床、研究、そして教育に携わっています。
 歯科医療に対する一般的なイメージは、歯あるいは口腔疾患を治す技術的なものが強いものと想像します。一方で現在、歯科医療は、口腔を全身の一臓器として捉え、口腔の健康が全身の健康にどのように役立つか、そして役立てるためのアプローチはどうあるべきかという内容が論じられるようになり、いわば口腔医学として医療の幅を拡げるための潮流が加速しています。
 本講演では、歯科の専門性が様々な医療現場でどのように役立つか、そして口腔医学がどのように医療の幅を拡げつつあるのかを自身の日常臨床や研究からご紹介するとともに、その過程で必然的に生じる臨床死生学・倫理学との接点について示したいと思います。

2021年6月9日(水)コロナ禍における看取り ― 「ホームホスピスかあさんの家」にて 市原 美穂(認定特定非営利活動法人ホームホスピス宮崎 理事長/一般社団法人全国ホームホスピス協会 理事長)

 家で最期まで暮らしたいけど介護力がない、医療の依存度が高くて施設でも受け入れられない等の相談が寄せられ、2004年「ホームホスピスかあさんの家」を開設した。一人暮らしが困難になった時、少人数で共に暮らし安心して居ることのできる居場所づくりで、その後この仕組みは全国の医療・介護関係者の間に広がり、現在58軒開設されている。
 今回の講演では、コロナ禍の中での「かあさんの家」の実践を報告する。2020年春以来、人生最期の時に大切な人を看取ることができない、家族との面会ができないために症状が悪化するという事態が起き、生老病死が医療に任されて、いのちの尊厳が見失われているなと感じた。コロナ感染のリスクだけで、大切なものを手放してはならないと、感染管理と日常生活の維持をどう両立させていくかを考え、ご家族の面会を制限せず、また看取りの時にはご家族に寄り添ってもらった、それぞれの物語をお伝えしたい。

2021年6月23日(水)生と死のグラデーション ー 死生観の再構築 広井 良典(京都大学こころの未来研究センター 教授)

【広井良典先生より以下の自己紹介文とご講演内容主旨をいただきました】
 私の専攻領域は公共政策と科学哲学となりますが、大きくは「人間についての探究」と「社会に関する構想」を架橋することが基本的な関心です。そうした問題意識からこれまで行ってきたのは、第一に医療や福祉、社会保障などの分野に関する政策研究で、これは次第に環境、地域再生等の領域に広がっていきました。
 第二は死生観や時間、ケア、コミュニティなどのテーマに関する原理的な考察で、自分の中では関心の核に位置しています。第三は以上の二つをつなぐもので、具体的には「定常型社会=持続可能な福祉社会」と呼びうるような社会像の構想です。
 本講義では、上記の第二の柱にそくして、近年のテクノロジーがもたらす「現代版“不老不死”の夢」とも呼ぶべき動きを出発点に、ミクロレベルでの「生と死のグラデーション」等という視点、また人類の歴史において「無」や「死」がどのように理解されてきたかというマクロレベルの視点を踏まえながら、死生観のあり方を考えてみたいと思います。

2021年10月13日(水)広々と気持ちよく出すことを叶える「うんこ文化」学の創成榊原千秋
(うんこ文化センターおまかせうんチッチ代表、一般社団法人日本うんこ文化学会代表理事、保健学博士(排便ケアの人材育成)、訪問看護ステーションややのいえ統括所長)

【榊原千秋先生より以下の自己紹介文とご講演内容主旨をいただきました】
 気持ちよく出すことを叶える排便ケアを基軸にコミュニティケアの実践ができる人材「POO(プー)マスター」の育成を行っています。便を気持ちよく出す文化の創成と発展を目指し、日本うんこ文化学会を設立しました。排便習慣は、身体的・心理的背景だけでなく、食事や生活習慣、思想、社会環境、自然環境などからの影響も受けています。「気持ちよく出す」文化の創成は、学際的分野(医学、薬学、看護学、介護福祉学、社会福祉学、社会学、栄養学、保健学、教育学、建築学、文化人類学、人生哲学、心理学、宗教学等)や行政、企業、報道関係者と、すべての人と共に協働し問題解決アプローチを行う新しいパラダイムシフトになると考えております。
 本講演では、「広々とした視点で「うんこ文化」学の創成にいたった社会背景や「気持ちよく出す」ことを叶えるための排便ケアの実践知についてお話したいと思います。


2021年10月27日(水)選択される命―出生をめぐる民俗鈴木由利子
(宮城学院女子大学 非常勤講師)

【鈴木由利子先生より以下の自己紹介文とご講演内容主旨をいただきました】
 専門は日本民俗学、研究分野は産育習俗。近代以降を対象として、胎児観や霊魂観についての調査研究を行っています。近年は、流産・死産・新生児死を経験した方達からの聞き取りも行っています。
 本発表では、「産む・産まない」「育てる・育てない」をめぐる子どもの命の選択に関して、「産まない」「育てない」の視点から考察します。
 妊娠・出産の抑制方法は、堕胎・間引きの時代を経て、戦後は人工妊娠中絶・避妊へと変化しました。1970年代半ば以降には、超音波断層装置の産科利用が始まり、母体内の胎児が可視化されました。このような中、人びとは胎児の命や霊魂を強く意識するようになって行きます。それら変化の経緯について、具体的事例を紹介しながら読み解きます。
 生殖補助医療の進展が著しい現在、胎児の命を考えるための一助になれば幸いです。 

2021年11月17日(水)コロナ禍におけるニューヨークの医療現場でのAdvance Care Planning の役割百武 美沙
(慶應義塾大学医学部 医学教育統轄センター 助教)

【百武美沙先生より以下の自己紹介文とご講演内容主旨をいただきました】
 慶應義塾大学医学部を卒業後、聖路加国際病院での研修を経て、米国・ニューヨーク州にて米国内科専門医を取得、同州・マウントサイナイ医科大学病院にて老年内科・緩和ケア科の臨床フェローシップを2021年6月末に修了し帰国。
 この度は、2020年春から夏にかけて新型コロナ感染症の感染爆発が最も深刻だったニューヨーク・マンハッタンでの老年内科および緩和ケアの医療現場の実際、またどのようにACP(Advance Care Planning)に変化があったか、についてご説明させていただきたいと思います。
 なかなか世界的にコロナ禍から抜け出せない状況が続いていますが、日本の医療現場にも参考になるお話やディスカッションが出来れば幸いです。

2021年12月8日(水)人生における取捨選択―在宅と救急の現場から井上淑恵
(医療法人社団悠翔会在宅クリニック品川・藤沢市民病院救命救急センター 医師)

【井上淑恵先生より以下の自己紹介文とご講演内容主旨をいただきました】
 悠翔会在宅クリニック品川 医師、藤沢市民病院救命救急センター 非常勤医師。医学博士。日本救急医学会救急科専門医、日本内科学会総合内科専門医。 2020年より日本医科大学総合医療学 非常勤講師。2006年香川大学卒。日本医科大学付属病院集中治療室での国内留学を経て現職。
 本講演では私が在宅医療と救急医療の二足の草鞋を履くことで見えてきた現場における問題点や、今回新しく明らかとなったAdvance Care Planning (ACP)の研究内容をご紹介いたします。
 その中で培った経験を踏まえ、例えば人がどのようにして意思決定をして自身の望む人生を生き抜いていくか、そしてその人の意思決定を支援する側(家族・介護者・医療者など)のコミュニケーションのコツに関してなどをお話したいと思います。
 どうぞよろしくお願いいたします。

2021年12月22日(水)尊厳を思想史から考える小島 毅
(東京大学大学院人文社会系研究科 次世代人文学開発センター 教授)

【小島 毅先生より以下の自己紹介文とご講演内容主旨をいただきました】
 専門は中国思想史、儒教史、東アジア王権論、文化交流史。西暦11~17世紀の中国儒教における政治秩序構想の展開とその日本への影響を中心的課題として研究しています。最近は尊厳概念についての共同研究に加わって東アジア伝統思想の人間論を分析し、人権問題など現代的課題にかかわる内容に取り組んでいます。
 著書に『天皇と儒教思想』(光文社新書)、『中国思想と宗教の奔流』(講談社学術文庫)、『朱子学と陽明学』(ちくま学芸文庫)、共編著に『東アジアの尊厳概念』(法政大学出版会)など。
 本講演では、西洋思想史における尊厳(dignitas)概念を概観したあと、儒教においてこれに相当する語彙について紹介し、それが文化的伝統として私たちの人間観とどう関わっているかお話しします。

2020年度

2020年10月14日(水)「いのちを哲学する。西田幾多郎からのヒント」中岡 成文(一般社団法人 哲学相談おんころ 代表理事/元 大阪大学大学院文学研究科 臨床哲学教授)

【自己紹介と内容の紹介】
 専門は哲学。ヘーゲルから出発し、コミュニケーション論や医の倫理学を研究しました。「臨床哲学」という切り口から、医療や教育の現場にかかわり、哲学カフェ・哲学対話の活動を大阪から始めました。近年は、がんや難病の患者・家族、医療者を対象とする哲学対話(おんころカフェ)の進行役を務め、ALSと共に生きる人々とも哲学対話をしています。
  本講演では、人生そのものと格闘して哲学に高めようとした、西田幾多郎の思想をわかりやすく解説します。「矛盾的自己同一」という思想を中心に取り上げ、つねに創造的に自分を作り上げ、世界に働きかける、前向きな態度を学びます。「私と出会うための西田幾多郎」という拙著のタイトルに事寄せれば、哲学を知識として勉強するというより、西田が与えるヒントに従って、みなさんが自分自身と出会うことを祈ります。

2020年11月4日(水)「新型コロナウイルス感染症とエンドオブライフ・ケア」三浦 久幸 (国立長寿医療研究センター 在宅医療・地域医療連携推進部長)

【自己紹介と内容の紹介】 【自己紹介と内容の紹介】
 専門は老年医学、臨床倫理学、在宅医学。実地臨床では主に認知症の人の内科疾患への対応や退院後の自宅訪問(移行期ケア)に携わっています。2014、2015年の厚生労働省の「人生の最終段階における医療体制整備事業」では、評価実施機関の担当者として国内へのACP導入に関わりました。現在、日本老年医学会の倫理委員会及びEOL小委員会メンバーとして、高齢者医療における臨床倫理のありかたを検討しています。
 本講演では、新型コロナウイルス感染症流行期におけるエンドオブライフ・ケア(EOLC)についての海外からの報告をもとに、EOLCの意義を考察します。さらに今後、国内において予想される事態において、海外とは異なる国内の制度や臨床倫理の枠組みの中で、我々には何ができるか、について考えたいと思います。

2020年11月25日(水)「透析中止を希望した患者とその家族への意思決定支援」田中 順也 (堺市立総合医療センター 慢性疾患看護専門看護師)

【自己紹介と内容の紹介】
 平成20年、大阪府立大学大学院看護学研究科博士前期課程終了し、慢性疾患看護専門看護師の資格を取得。平成21年に市立堺病院(現 堺市立総合医療センター)に入職。腎代謝免疫内科病棟、人工透析室を経て、平成27年から看護局師長に就任。現在、組織横断的に活動中。平成24年から腎不全保存期外来を医師とともに立ち上げ、腎代替療法の意思決定支援を開始。近年、透析非導入や透析中止の意思決定を院内・院外の多職種とともに支援している。今回の事例は、一度透析導入を希望したが、数回透析後、透析中止を希望した患者と、継続を望んだ家族に対する支援である。私は多職種とともに、患者の揺れ動く感情や意思を何度も確認し、患者・家族の価値観の相違を調整した。患者は、最終的に中止を決断し、家族も了承し約1か月後に亡くなった。透析中止の決断は患者・家族ともに難しい決断であり、どのような意思決定支援が必要なのかを皆様と一緒に考えたい。

2020年12月9日(水)「コロナ禍における死の消費」磯野 真穂 (文化人類学・医療人類学者/慶應大学大学院 健康マネジメント研究科 研究員)

【自己紹介と内容の紹介】
 人類学者。専門は文化人類学・医療人類学。博士(文学)国際医療福祉大学大学院准教授を経て2020年より独立。著書に『なぜふつうに食べられないのか――拒食と過食の文化人類学』(春秋社)、『医療者が語る答えなき世界――「いのちの守り人」の人類学』(ちくま新書)、『ダイエット幻想――やせること、愛されること』(ちくまプリマ―新書)、宮野真生子との共著に『急に具合が悪くなる』(晶文社)がある。
(オフィシャルサイト:www.mahoisono.com / Blog: http://blog.mahoisono.com)

2020年12月23日(水)「救命救急センターにおけるエンドオブライフ・ケア」塩見 直人 (済生会滋賀県病院 救命救急センター長/久留米大学医学部救急医学講座 准教授)

【自己紹介と内容の紹介】
  専門は救急初期診療、とくに外傷初期診療(頭部外傷)です。救急医としてあらゆる傷病の患者を診療していますが、頭部外傷の初期診療・集中治療をライフワークとしており、頭部外傷患者の転帰向上を目的とした臨床研究に取り組んでいます。近年は高齢者の救急患者が激増しており、救命救急センターにおけるエンド・オブ・ライフケアについての取り組みを始めました。
 現在わが国では、本来は自宅で看取るべき高齢者が、救命救急センターに搬送され、希望していない蘇生処置、延命治療を受けるケースが多発しています。いったん始めた延命治療は中止できないという考えのもと、本人・家族に大きな負担を強いているケースも見受けられます。当院では、臨床倫理コンサルテーションチームが介入し、本人・家族の意向に沿って延命治療の中止を行っています。本講演では、当院での取り組みを紹介し、人間のより良い終末期のあり方について議論したいと考えています。

2021年1月13日(水)「コロナ時代のメンタルヘルスと対話の可能性」斎藤 環 (筑波大学医学医療系 社会精神保健学 教授/精神科医 オープンダイアローグ・ネットワーク・ジャパン(ODNJP)共同代表)

【自己紹介と内容の紹介】
精神科医。医学博士。2013年より現職。専門は思春期・青年期の精神病理学。「ひきこもり」の支援・治療・啓蒙活動でも知られる。主な著書に『文脈病ーラカン・ベイトソン・マトゥラーナ』青土社、『社会的ひきこもり』PHP新書、『生き延びるためのラカン』ちくま文庫、『「社会的うつ病」の治し方』新潮選書、『承認をめぐる病』日本評論社、『世界が土曜の夜の夢なら』角川書店(第11回角川財団学芸賞)、『「ひきこもり」救出マニュアル〈実践編〉』ちくま文庫、『オープンダイアローグとは何か』(医学書院)、他多数。
2020年、『心を病んだらいけないの? うつ病社会の処方箋』(新潮選書)にて第19回小林秀雄賞を受賞。

2019年度

2019年4月24日(水)「高齢社会における自己決定権」加藤 尚武(京都大学名誉教授)

【講師のご紹介】
加藤先生は、東京大学文学部哲学科を卒業後、同大学院の博士課程、東京大学助手を経て、山形大学・東北大学・千葉大学にて教鞭をとられた後、京都大学教授として長年教育に携わってこられました。公立鳥取環境大学の初代学長、東京大学医学系研究科生命・医療倫理人材養成ユニット特任教授、人間総合科学大学教授を歴任され、紫綬褒章を受章、瑞宝中綬章を叙勲されておられます。ヘーゲル哲学の大家であると共に、応用倫理学の大家で、環境倫理、生命科学、医療、社会経済など幅広い生活圏の問題を倫理的に考察するかを探究され、わかりやすい言葉で難解な哲学を解読し日常的な倫理的課題について考えることへと誘ってくれる、日本では非常に貴重な存在の先生です。
【ご講演内容のご紹介(加藤先生より)】
高齢社会では判断能力があると確定できない人の自己決定権が問題になる。「法律上は同意の書名があればいい」事例について、実質的に尊重すべきものは何かが問われる。ケアはキュアよりも深い。生物学の中心がDNA還元論からエピジェネティックスに向かうと、ケアの根源性があきらかになる。エピジェネティックスからみた生命倫理学を構想する。

2019年5月15日(水)「医療と生活をつなぐ歯科医療
―“ 自分らしく生きている” を亡くなる瞬間まで感じられる生活支援を目指して」
遠藤 眞美(日本大学 松戸歯学部 障害者歯科学講座 専任講師)

要介護者のケアプランに介護者や医療者の意見だけが反映されていると感じる場合は多い。本人を中心とした対話が十分できなかった結果だと思う。対話とは言葉を交わす単なる行為ではく、生きている証としてお互いの存在に思いやりと興味と理解を持って信頼の中で時間を共有することだと思う。多様な人生を過ごしてきた方へ疾病学に基づいた画一的な対応をしても良好な結果はうまれない。
口腔機能は食事、会話,表情といった生活そのものである。口腔の専門家である歯科医療者は自然と生活に寄り添え,家族や介護者,時にはご本人すら気付かなかった理想の生き方の発見者になりうる。また、歯科治療を介して要介護者だけでなく介護者とも対話することとなり,各々が思う“自分らしい”生活に対する想いを共有し、希望の乖離を埋める役割を担えることがある。
本研究会では、歯科医療を通して“自分らしく生きている”と感じられる生活支援の可能性について考えたい。
研究業績に関しては こちら をご参照ください。

2019年6月12日(水)「法律実務で臨床倫理が交錯する場面での法律・司法の限界と役割」木下 正一郎(きのした法律事務所 弁護士)

【講師の自己紹介(木下先生より)】
2001年弁護士登録。患者側で活動する弁護士の団体である医療問題弁護団入団し,医療裁判,患者の権利の確立及び医療の安全に関わる運動に取り組む。
現在,現公益社団法人日本医療社会福祉協会の監事および「人生の最終段階における意思決定支援研修会」の講師を務める。
医療事故などの法律実務において臨床倫理に関する事案が取り扱われることがあります。法律や司法が臨床倫理に関する事項を取り扱うには,問題や限界がある一方,果たすべき重要な役割もあると考えます。
この点につき,生殖医療や終末期医療に関する事案を題材に発表します。

2019年7月3日(水)「救命集中治療終末期医療における日米の違い」伊藤 香(帝京大学 救急医学講座 講師)

【発表者の自己紹介と内容の紹介】
米国にて外科専門医・外科集中治療専門医として11年間の臨床留学を経験した後、2016年10月に現職に着任し、日本ではほとんど誰も「事前指示書」を持っていないこと、救急集中治療終末期診療に緩和ケア科やホスピス科の介入が一切ないことに衝撃を受けました。
米国では、患者が患者の望むようなQOLを保つだけの機能的予後を見込まれない状況で侵襲的な延命治療を継続することは患者の尊厳を損ねることになるという認識がありました。今回は、米国での救急集中治療終末期診療の経験を紹介し、日本の現場での問題点に関して考察します。

2019年7月17日(水)「死別の悲しみは癒やすものではなく一生の宝物」中野 貞彦(がん遺族会 青空の会 共同代表/日本ホスピス・在宅ケア研究会 理事)

【発表者の自己紹介と内容の紹介】
妻を4年余の闘病で亡くす。妻ががん患者会会員であった関係で、遺族の会・青空の会立ち上げに参加する。会は年4回のつどいを開催、体験発表と交流を続けている(現在103回)。会の運営に係わることで、多くのことに気付かされた。がんの闘病・介護の期間や死別後の心の状態は人生の大きな危機であり、特に死別後は周囲から励まされ、立ち直ったかどうか、見守られていることが多い。しかし私は最近、「死別の悲しみは癒やすものではなく一生の宝物」という心境になっている。

2019年10月9日(水)「その人らしい意思決定を支えるケア ―患者が希望する場所で療養するための支援―」松本幸絵(地方独立行政法人栃木県立がんセンター がん看護専門看護師・がん化学療法看護認定看護師)
寺脇立子(地方独立行政法人栃木県立がんセンター 医療ソーシャルワーカー)

【自己紹介と内容の紹介】
《松本先生より》
私が所属する施設では、医師が病状や治療方針について患者へ説明する面談に、専門看護師や認定看護師が同席し、患者が今後の方向性を決定することができるよう支援を行っています。2018年にがん看護専門看護師を取得後、患者の意思決定を支えていくうえで関係性を構築し価値観を知ることが重要と考え、日々対話を重ねることに努めています。  今回、面談同席を機に介入した患者の中で、医療ソーシャルワーカーをはじめ多職種と連携した事例を紹介し、「その人らしさ」を支える支援について皆さんと共有できればと考えております。
《寺脇先生より》
私たち医療ソーシャルワーカーは、患者さんご本人が望む医療や療養の場等について、時には実現不可能なご希望を提示されることがあっても、ご本人にとってのその希望の意味を教えていただきながら共に考えたいと思っています。そのためには自分に何が必要なのか、仲間と学び合い探し求めています。また、常に患者さんご本人を取り巻く生活環境の中にどのような人が存在するのか、また存在してほしいのか考え連携を深めています。今回はその実践を少しでもお伝えできればと思っています。

2019年10月30日(水)「臓器移植をめぐる医療倫理とリエゾン精神医学」西村勝治(東京女子医科大学 精神医学講座 教授)

高度医療の現場ではさまざまなメンタルヘルスの問題が生じます。内科や外科の医療者と連携して、これらの問題に取り組むのがリエゾン精神医学です。リエゾンとは連携、橋渡しの意味です。
なかでも臓器移植は臓器を提供する人(ドナー)と受け取る人(レシピエント)の両者が存在してはじめて成り立つ特殊な医療です。特有の精神医学的な問題がレシピエント、ドナー、家族、医療者に生じ、しばしば倫理的、法的側面とも結びつきます。臓器移植の倫理というと、これまで脳死がとり上がられることが多かったと思いますが、日本で幅広く行われている生体間移植においても数多くの倫理的な課題があります。
本講演では、日本を代表する多臓器移植施行病院においてリエゾン精神科医としてかかわってきた経験を踏まえ、臓器移植の医療倫理を皆様といっしょに考えたいと思います。

2019年12月18日(水)「心臓移植はいかに受け入れられたか」小久保亜早子(練馬光が丘病院 整形外科 医師 / 医学博士・政治学博士)

【ご講演の内容と講演者の自己紹介】
整形外科医として新潟や東京などで勤務しながら、経済学部と法学部政治学科を卒業し、法医学の研究で医学博士を取得し、監察医としても勤務してきました。さらに国際関係を研究して政治学博士を取得しました。
本講演では、政治学の博士論文の要約をお話ししたいと思います。私の関心は、日本ではなぜ、「和田移植から心臓移植再開まで30年かかったのか」でした。冷戦下で行われた心臓移植を、国際関係論、科学技術社会論、医学史という複数の学問領域の視点から多角的に分析しました。

2020年1月8日(水)「カントに基づく人間の尊厳概念とその現代的意義」平出喜代恵(京都大学倫理学研究室・日本学術振興会特別研究員)

【ご講演の内容と講演者の自己紹介】
私の専門は哲学です。とくに18世紀ドイツの哲学者イマヌエル・カントの道徳哲学の研究をしています。そしてまた、これを批判的に援用し、現代の具体的な倫理的問題にも取り組んでいます。
カントは「人間の尊厳」を倫理学の中心的概念にまで高めた思想家として知られています。この概念は現代にいたるまで規範的な役割を担い続けてきました。しかし他方、その内実は不明瞭であるという批判にもさらされ続けてきました。本講演では、人間の尊厳という概念が本来持っていた意義と現代において担うべき役割についてお話します。

2018年度

2018年4月18日(水)「ケアの倫理学」早川 正祐(東京大学大学院人文社会系研究科 上廣死生学・応用倫理講座 特任准教授)

2018年5月9日(水)「臨床倫理コンサルテーションの活動と役割」長尾 式子(北里大学看護学部 看護システム学 准教授)

慢性疾患の急性増悪を繰り返す人が、療養生活の制限を強いられながら治療を続けることに対して悩みながら看護師として働いてきました。看護師経験で正しい、善いと信じていた医療ケアの考え方が大きく変わったことをきっかけに、医療の正しさ/善さ、不正/悪さとは何なのか、取り組みたいと考え、医療倫理学を学びました。
医療技術は進歩し、専門性が高くなり、治療の適応は拡大、多様化していますが、治療の受け手である患者や家族、社会が幸福となっているのか、常に医療の正しさ/善さ、不正/悪さが問われています。昨今の医療現場は、病院組織の効率性、医療保障の公益性が問われ、医療の安全管理が強調されることで、医療従事者は自身の判断と行為に萎縮していることも少なくありません。そのような状況に対して、客観的に医療の正しさ/善さを再構築する仕組みに倫理コンサルテーションがあります。この仕組みが倫理の支援として医療現場でどのように発展し、役割を担っているのか、紹介したいと思います。

2018年5月30日(水)「認知症高齢者におけるフレイルの評価と意義」杉本 大貴(国立長寿医療研究センター もの忘れセンター研究員、神戸大学大学院保健学研究科 日本学術振興会特別研究員)

私は、神戸大学で理学療法士の免許を取得後、在宅分野にて高齢者のリハビリテーションの経験を積みながら、神戸大学大学院保健学研究科に進学し、現在博士課程に在学中です。また、修士課程2年次からご縁をいただき国立長寿医療研究センターもの忘れセンターで認知症高齢者のフレイルに関する研究をしています。
本発表では、フレイルの考え方から認知症高齢者におけるフレイルの意義まで、これまでの研究によって明らかになったことをまとめ、皆様に話題提供できればと存じます。どうぞよろしくお願いいたします。

2018年6月20日(水)「医療崩壊の夕張から学ぶ、市民の意識改革」森田 洋之(南日本ヘルスリサーチラボ 代表/鹿児島県参与)

財政破綻により病院がなくなってしまった夕張市、しかも高齢化率は市として日本一。しかし、財政破綻後のデータは、夕張市民に健康被害が出ていないことを示していました。救急出動も半分に、医療費も減少、何よりも夕張市民は「笑顔」で暮らしていたのです。「病院がなくなっても市民は幸せに暮らせる!」 それが事実なら、それはなぜなのか? 講演では、その要因について財政破綻前後のデータ紹介を中心に、写真・動画を用いて解説します。

2018年7月11日(水)「治癒に寄与する「倫理」 —オープンダイアローグの可能性—」斎藤 環(筑波大学医学医療系 社会精神保健学 教授)

精神科医。医学博士。2013年より現職。専門は思春期・青年期の精神病理学。「ひきこもり」の支援・治療・啓蒙活動で知られる。主な著書に『文脈病ーラカン・ベイトソン・マトゥラーナ』青土社、『社会的ひきこもり』PHP新書、『生き延びるためのラカン』ちくま文庫、『「社会的うつ病」の治し方』新潮選書、『承認をめぐる病』日本評論社、『世界が土曜の夜の夢なら』角川書店(第11回角川財団学芸賞)、『「ひきこもり」救出マニュアル〈実践編〉』ちくま文庫、他多数。
従来の精神医療を越える、フィンランド発の「オープンダイアローグ(開かれた対話)」が近年話題をよんでいます。対話におけるプロセスを尊重しつつ、双方向で「オープンに話し合う」という手法で、統合失調症を始め、うつ病、PTSDなどの治療実践に成果をあげ、その有効性を証明するエビデンスも着々と積み上げられている段階にあります。今回は、「オープンダイアローグ」を日本に紹介した第一人者である斎藤環氏に、「治癒に寄与する「倫理」ーオープンダイアローグの可能性ー」と題したご講演をいただきます。

2018年9月26日(水)「痛みをどう表現するか:身体・比喩・造形」池田 喬(明治大学 文学部哲学専攻 准教授)

痛みに襲われると、人はまるで言葉を習得する前の子どもに戻ってしまったかのように「ううー」や「ああ!」といった声をだすことしかできなくなる。あるいは、少し落ち着いて言葉で痛みを説明しようとすれば、今度は「刺すような」といった比喩に訴えるしかない。痛みをきちんと表現することは不可能かのようだーー。本講演では、こうした発想に対し、現象学や言語行為論などの現代哲学を活用しながら、発声は無意味な音ではなく、比喩も単なる代用品ではなく、痛みを豊かに表現する有益なツールであることを論じる。さらに、痛みの造形化を通じて痛みの言語を獲得する試みを紹介し、痛みの表現可能性を多面的に検討したい。

2018年10月17日(水)「精神科臨床におけるニューロエンハンスメント」榊原 英輔(東京大学医学部附属病院 精神神経科 助教)

医学部学生時代より独学で哲学を学び、精神科の臨床・研究・教育指導の傍ら、2012年頃より「精神医学の哲学」に取り組んでいます。
研究業績に関してはこちらをご参照ください。
向精神薬などの生物医学的な手段を用いて、人間の精神機能を治療の範囲を超えて向上させるために用いることは「ニューロエンハンスメント(neuroenhancement)」と呼ばれています。倫理学の領域では、人間の性格を根本から変えてしまう薬や、特定の記憶を消し去る薬など、近未来のややSF的な可能性をもとに、その倫理学的な含意が議論されてきました。一方で私は、現代の精神医療はニューロエンハンスメントの領域に気づかぬうちに足を踏み入れてしまっていると考えています。本講演では、現代の精神医療がニューロエンハンスメントと交錯する領域について、その倫理学的な含意を考察していきたいと考えています。

2018年11月14日(水)「認知症高齢者と看護職者のケアリングについて」小松 美砂(三重県立看護大学 看護学部 教授)

老年看護学の教員として、学生と共に高齢者へのケアに携わっています。また、本学は認知症看護認定看護師の教育課程を有しているため、看護職者への認知症看護に関する教育も行っています。
研究活動としては、高齢者と看護学生の関係や、認知症高齢者と看護職者の関係を検討する中で、認知症看護においてケアリングに着目する必要性を感じています。
今回の発表では、認知症高齢者が他者をケアする存在であることを示し、認知症高齢者と看護職者間の双方向の関係性について考えていきたいと思います。

2018年12月5日(水)「臨床宗教師の人材育成とその活動」大下 大圓(飛騨千光寺 住職、認定臨床宗教師、京都大学医学研究科非常勤講師)

飛騨高山に生まれ、12歳で出家高野山で修行(現在高野山傳燈大阿闍梨)。高野山大学卒後にスリランカへ留学し、仏教瞑想(シャマタ・ヴィバッサナー)を習得。
京都大学こころの未来研究センターで瞑想の臨床応用を研究し、「臨床瞑想法」のメソッドを開発、現在普及活動。
30年来の臨床スピリチュアルケアの実践経験から、大学、NPOで人材育成を手がける。現在日本スピリチュアルケア学会理事や日本臨床宗教師会でも専門職養成に尽力している。
臨床宗教師とは「公共空間で宗教勧誘をしないで、心のケアをする宗教家」のことです。2011年の東北震災後に東北大学がいち早く人材育成に乗り出し、現在8つの大学やNPOで日本臨床宗教師会の認定する教育養成機関で、人材育成と実践活動をしている。それらの活動や実態について、発表します。

2019年1月16日(水)「『ケア』をやまと言葉で考える」竹内 整一(鎌倉女子大学教授、東京大学名誉教授)

竹内先生は、東京大学教授(人文社会系研究科・文学部)を経て、2015年まで日本倫理学会会長を務められました。これまでに、日本哲学系諸学会連合(JFPS)代表、日本学術会議哲学委員会「いのちと心を考える分科会」部会長、NHK高校講座「倫理」講師、「サイエンス・ゼロ」コメンテーター、「日めくり万葉集」選者等も歴任されて来られました。ご専門は、倫理学・日本思想で、日本人の精神の歴史を辿りながら、それが現在を生きる日本人にもどのようにつながっているのかについて、長年探究を続けておられます。『「かなしみ」の哲学』 (NHKブックス)、『「やさしさ」と日本人: 日本精神史入門 』(ちくま学芸文庫)など著書、多数。
以下、ご講演の主旨について、竹内先生からの紹介文です。
「いたみ」や「かなしみ」はそれ自体が倫理的である。「いたわる」とは、「いたむ」相手を「いたましく」「いたわしく」思って営む働きである。自己の「かなしみ」は、やがて他者への「かなしみ」である。とかくカタカナ用語になりやすいケアの現場での言葉を、やまと言葉から考えてみたい。