ソシオロゴス 46号 (2022年11月発行)

百瀬 由璃絵 日本の若者における社会的排除構造のコーホート比較
+ 抄録を表示
本稿では、社会的排除を構成する経済的側面・社会的側面・政治的側面・文化的側面を取り入れたパネルデータによる潜在クラス分析を試みることで、日本における若者の社会的排除構造を明らかにした。さらに、2007年と2017年の30代のコーホートを比較した。分析の結果、5つの潜在クラスが確認され、日本社会における若者の過半数以上の人々が何かしらの不利な状態にあることが判明した。特に社会的排除が深刻な「4側面不利型社会的排除」「安定労働に隠れた社会的排除」「多次元的不利型自営業等」の3クラスが確認された。コーホートを比較した結果、2017年よりも2007年の30代のほうが社会的排除の状況は深刻であった。すなわち、2007年の30代は、10年違うだけで年齢との関わりが深い労働市場での採用や若者就労支援の対象から外されてきた可能性が高い世代であり、その結果が社会的排除の問題として浮上していることが示唆された。
江島 ゆう花 複数のケアの受け手と与え手を包括する「感覚的活動」概念の構築
+ 抄録を表示
本稿の目的は、ケアの認知的な側面に関する研究群のうち、ジェニファー・メイソンの「感覚的活動」概念に着目し、同概念を日本社会において母親という女性ケアラーが家族の食事を用意・調理するケアの分析枠組とする利点と課題を、諸概念との比較を通じて整理することである。感覚的活動とはケアについて感知し思考する活動を指す。本稿は、同概念の特徴をアクターが交わすケア行為の個別性や関係性に着目する点、同概念の利点をケアの分担の困難とされてきたケア関係ごとの差異を感覚的活動の特質としてとらえ直す点にみる。同概念の課題としては、感覚的活動を行う多様なアクターの範囲と関わり方を探知することとし、感覚的活動を行うアクターを、家族・親族内の女性ケアラーや能動的なアクター、そして与え手と受け手とのダイアド関係に閉じることなく検証する必要性を確認する。
堀 智久 英国障害者団体ALLFIEのインクルーシブ教育運動の思想と実践
+ 抄録を表示
本研究の目的は、英国の障害者団体ALLFIEを対象とし、この団体がいかなるインクルーシブ教育運動を展開してきたのか、その思想と実践を明らかにすることである。ALLFIEのインクルーシブ教育の立場の思想的基盤となっているのは、障害の社会モデルである。そこでは普通学校の根本的な変革が行われるなら、普通学校で学べない子どもは存在しないという見方がとられている。ALLFIEのインクルーシブ教育運動では、とくに障害の重い子どもの強制的分離を引き起こす「特別な教育的ニーズと障害」の法的枠組みの不十分さや差別性が指摘され、また障害者権利条約に沿う法制度改革の必要性が主張されてきた。また、既存の学校のあり方に対する批判的な捉え直しもなされており、普通学校の様々なバリアが明るみにされてきた。こうしたALLFIEのインクルーシブ教育運動の思想と実践は、日本の就学運動の固有性をも浮き彫りにするものとなっている。
服部 恵典 ポルノグラフィ・ファンは誰に何を語るのか
+ 抄録を表示
ポルノグラフィ消費を孤独な営みであるとする理解に対し、ポルノファンもコミュニティを構築していることが注目され始めている。特に、1人でポルノを楽しめる時間と空間の獲得によって女性のポルノ視聴者の増加を説明する枠組みに対して、日本の女性向けAVを視聴するファンが集い、語る場を得ていることが指摘されている。しかし、先行研究に共通する問題として、ポルノファンの語りの場をコミュニティ内部に限定している点がある。これに対して本稿は、女性向けAVを視聴するファンが、コミュニティ内外の聴き手に対し、AVや性について何をどのように語っているのかに着目した。これによって、ポルノ消費を「個人」か「(1つの)ファン・コミュニティ」かという大掴みな図式で捉える場合に見落とされる、ファンと非ファンの間の摩擦や、多様な語りのニーズを持つファン同士の緊張関係、そしてそれを乗り越えるためのファンの語りの戦略を明らかにした。
有賀 ゆうアニース 「ハーフ」は偏見・差別経験をいかに語りうるのか
+ 抄録を表示
多人種的背景を持つ人々とその経験への注目が高まっている一方、彼らが人種的経験を語るという実践自体がいかに達成されているのかについては十分に明らかにされていない。この課題に取り組むべく、当事者が自らの人種主義的経験を語っている相互行為場面を会話分析の視点から分析した。分析により次の知見を得た。人種主義的経験の語り手は、非当事者の聞き手との連携的関係の構築・維持、その関係に対する潜在的脅威としての不服の制御という課題に指向している。その指向のもと、(1)ユーモアや笑い、(2)評価の一般化可能性の統制といった方法を通じて、聞き手との連携を管理している。以上の知見は、人種主義経験を語るという行為が局所的な相互行為秩序に連動していること、人種主義の社会学的探究の方途として会話分析が有望であることを示唆している。
正井 佐知 差異有標化の実践と社会参加
+ 抄録を表示
コミュニケーション上の障害がある人の研究は、有効な療育・訓練・治療方法の開発、有効な支援の方法の解明を目的とした研究が多く行われてきた。これに対して、本稿の主な関心は、従来のような福祉や訓練という観点ではなく社会参加という観点から、コミュニケーション上の障害のある人を含む社会集団のメンバーが、どのように相互行為に参加しているのかを見ることにある。本稿では、協調性・同調性という障害者の参加を困難にする性質を持つとされるオーケストラの練習場面に焦点を当てて相互行為分析を行った。分析の結果、団員は、障害のある奏者の注目可能な発話に無標化や有標化といった方法で対応をしていた。有標化は、障害のある奏者の会話に周囲の人たちが乗り、自然なままに会話を進行させる装置の一つとして働いていた。したがって、先行研究と異なり、本稿における有標化は必ずしもいじめのような排除のツールというわけではなかった。ただし、メンバーをより十分な参加へ方向づける働きと障害者カテゴリへの帰属を潜在的に方向付けする可能性を両義的に含むものでもあった。これにより、メンバーごとに参加における複数のスタンスが生み出されていることが明らかとなった。
鈴木 菖 障害者青年学級における知的障害者への自律支援の過程
+ 抄録を表示
本稿の目的は、障害者青年学級を取り上げ、支援者らがそこに通う知的障害者たちの自律に向けてどのような支援を行っているのかを明らかにし、その過程に寄与する障害者青年学級の役割を再考することにある。インタビュー調査とフィールド調査を通して、関係的自律(relational autonomy)の概念を手がかりに分析した結果、知的障害者らが社会文化的影響を受けつつも、援助を受けて自分のことを他者に語るようになる過程が明らかとなった。同時に、支援者の関わりによって知的障害者が能動的に自律を目指していく過程も示された。調査結果から、障害者青年学級における知的障害者の意思表示の土台作りという新たな役割が示され、支援者が知的障害者の自律を促すために彼らとの関係性を書き換えている姿が描き出された。
長江 侑紀 「ルーツ」を通した構築主義的なエスニシティ理解と保育実践
+ 抄録を表示
本研究は、多様なエスニック背景の人々の共生を目指す保育園でのフィールド調査に基づき、保育の場で実践者は多様性をどのようにまなざし、実践を行っているかについて検討した。これまでエスニシティの本質主義的カテゴリーとされてきた「ルーツ」に焦点を当てる。事例の保育園では、エスニック構成の変容がありながらもマイノリティの可視化を目指す中でルーツ概念が構築され、ルーツによって保育者は子どもの複数的かつ重層的なエスニック・アイデンティティを拾い上げようとしていた。ルーツを実践に応用することで、子ども同士の異文化理解や子どものホーム感を創造するような保育者の取り組みが引き出されていた。ルーツにルートが含意されることで、エスニック背景や移住経緯などを実践で重要な情報として保育者が理解する機会が生まれていた。これらの考察を通じて、「ルーツ」という概念を保育・教育実践に組み込むことの意義と可能性について論じた。
岡田 航 都市農地保全をめぐる地元農業者の論理
+ 抄録を表示
近年都市農地をめぐっては、そこを持続可能なものとしていくため、地元農業者に加え、市民や専門家による協働をもとにした維持管理が注目を集めている。しかしその際重視される新しい担い手と、歴史的に農地を利用してきた農業者との間にすれ違いが起こり、うまくいかないことも少なくない。本稿は協働が「失敗」したと一般的にみなされている事例から、農業者にとって農地がどのような空間として認知されているのか、その一端を示した。多摩ニュータウンでは開発の途上、農業者と専門家グループとの間で農業公園構想が提起され、社会的に広く注目された。しかしこの構想は農業者の協働からの離脱によって頓挫する。その背景を把握するため農業者たちの生活史を分析した結果、彼/彼女らにとって「空間の履歴」が刻まれた農地の持続こそが重要なのであり、協働への参画もそこからの離脱も、そのための試行錯誤としての主体的実践だったことが明らかになった。
永田 大輔・松永 伸太朗 女性アニメーターとして歩むキャリアとライフコース
+ 抄録を表示
クリエイティブ産業ではフリーランス的な働き方が多く上位の工程ほど、女性の比率が低くなる傾向がある。日本のアニメーターでも同様にフリーランスが中心だが、新卒からアニメーターになるものが多く、雇用中心的な規範から自由なわけではない。本稿では、女性アニメーターのライフコースに着目し、彼女たちが生活移行をめぐってどのような問題に直面しているのかをアニメーターという仕事の特性に根差した形で明らかにする。アニメ産業では、実力主義的な規範が機能しており、それが将来展望を与えるとは限らないにもかかわらず、準拠すべきものとしてアニメーターに経験されていた。保育所などの雇用労働者を中心に整備された制度を利用する際に、こうした職業規範と雇用をめぐる規範の板挟みとなる状況が生じていたが、女性アニメーターは生活移行を経験しても実力主義と一定の距離を保った形で就業継続を可能としていた。
宮地 俊介・中野 航綺 ラジオ体操の地域社会学
+ 抄録を表示
本稿の目的は、集団としてのルールが緩く、メンバーシップが無くとも定期的に参加できる「緩やか」な集まりが、どのように維持されているのかを明らかにすることである。本稿では根津神社境内におけるラジオ体操を事例として、活動をその現場の空間的な性質と不可分のものとして捉える立場から、エスノグラフィを行った。その結果、(1)人々が参加理由の違いに基づいて自然と棲み分けを行ったり、体操の相互チェックを会話の資源として用いたりすることで、活動現場が運動だけでなく交流を行える場所として維持されていることがわかった。また、(2)神社境内という空間が、集まって活動できたり、ルーティン的な参拝や散歩の途中で人々と簡単なコミュニケーションをとれたりする場所として意味づけられていることもわかった。地域の「緩やか」な繋がりの持続を、活動や空間の性質から考察した本稿の知見は、「居場所」づくりの実践にも示唆を与えるものだろう。
ロゴスとミュートス(4) 山本泰氏インタビュー:社会学との葛藤、社会学への帰還
+ 抄録を表示
今号では、社会学に魅了されながらも、現象学への関心を深め、のちにサモアでのフィールドワークにもとづく人類学的成果を生み出した山本泰氏へのインタビューを掲載する。 山本氏の研究業績は、これらに加えて、サンフランシスコの下層研究、日本各地の地域社会調査と多岐にわたる。同時に、アメリカ滞在の経験を機に、社会学の「理論」を教える授業の実践、普及に精力的に進めてきたことで知られる。このような多彩な氏の経歴の背景には、社会学への恋、失恋、葛藤、そして帰還という人生物語がある。 この物語を通じて私たち読者が知ることができるのは、社会学の奥の深さの体得には常に新しい分野への挑戦が必要だということである。「社会は社会学よりもずっと深い」と言う。不断の挑戦の出発点に、「文化革命」としての本誌『ソシオロゴス』の創刊があった。本号のインタビューでは、学問活動と行政活動の双方を通じて独自の社会学のスタイルを切り開いていく歴史の一端に迫っていく。

『ソシオロゴス』

新しい社会学を希求する人々の冒険の媒体として1977年に創刊された『ソシオロゴス』は、意欲的で発見に満ちた論文を発表する場を与えることにより、新しい社会学を発信していく媒体としてその先頭を走り続けています。

投稿募集

創刊以来公開の場において投稿者と査読者が直接顔をあわせて査読を進めていくというスタイルによって、新しいパラダイムにもとづく議論、大胆な冒険を行うための開かれた学術誌を目指して参りました。多くご寄稿をお待ちしております。

掲載論文アーカイブ

冊子の公刊後1年を目処に、掲載論文をウェブ上に無料で公開しております。創刊号(1977年)以降のすべての掲載論文を自由にご覧いただけます。